設計、設計、また設計
今朝、ミリアが書いた設計図は、俺の期待していたとおり、飛行装置の設計図だった。
出力を計算して見たが、やはり飛べない。
正確には、これを飛べるだけの魔力を強引に注ぎ込むと、廃熱が追いつかなくて装置が火の玉になる。
それは設計前から想定されていた事なので何の問題もない。
つまりミリアの設計図は有効だとわかった。
だから俺は宣言する。
「コンペで勝つための方針を決定しよう」
状況は思ったほど悪くない。
ミリアを利用すれば、だいたい予想通りの内容の設計図を入手できそうだ。
これは魔術開発において、革命が起こったことを意味する。
普通、魔術を開発する時は、まず何を作るのかを決める。
目的物に関する情報を十分に集めてから、考えに考えて設計図を書く。
それの受けがいいかどうかは、その時の情勢にもよるので、リスクがある。
しかしミリアがいるならその逆ができる。
設計図を何枚も書かせて、その中から一番いいと思った物をブラッシュアップして提出すればいい。
割と無茶なものでも取りあえず書かせてみる事はできるし、飛行装置のような、やる前から理屈で無理とわかっている物は予め避ければいい。
「あの、クズマさん。ちょっと疑問が一つあるんですけど」
「なんだ?」
「その計画って、私が全面的に協力するっていう前提のもとでしか成立しませんよね?」
「そうだな」
まさか協力を拒もうというのか?
犯すぞ。
「でも協力しても犯されるんですよ?」
「なるほど。言われてみればそうだった」
「だいたい、脅して協力させようっていう魂胆が良くないと思います」
それもそうだな。
俺だって脅されたら協力したくなくなる。
「報酬は何がいい?」
「えっ? 報酬ですか?」
俺は普通の質問をしただけなのに、ミリアはなぜか戸惑っている。
何かおかしいことを言ったかな?
「俺が宮廷魔術師になることによって、得をするのは俺だけだ。それに協力してもらおうというなら、そして秘密を守ってもらうなら、おまえにもそれなりの報酬を用意する必要がある。その程度の常識なら俺も持っている」
口止め料とも言う。
「クズマさん、待ってください。私はそんな……」
「ミリア、俺は君がいなければダメなんだ」
俺はミリアの手を取るとひざまずいた。
俺はクズだ。
しかし人を騙すためなら、誠実さの固まりのような人間だって演じてみせる。
「あっ、あのクズマさん」
「俺はダメな奴なんだ。せっかく宮廷魔術師になれるチャンスが巡ってきたというのに……自分で設計図を書くどころか、何を作ればいいのかすら決めることができない。君の力がなければ、何もできないんだ」
「クズマさん、やめてください。私は……」
「お願いだ。俺のために、協力してくれ」
ミリアは椅子から降りてしゃがむ。
目線の高さを俺に合わせるためだろうか。
結果として、二人して手を握り合ったままテーブルの下に隠れるという、意味不明な状態になった。
「その、私は別に報酬なんていらないし、命の恩人を売るようなまねもしませんよ……ただ」
「ただ?」
「ずっと、ここに住まわせてくれて、おいしい食べ物と、ちゃんとした服を用意してくれれば……それだけでいいんですけど」
ここってどこだよ。
テーブルの下か?
違うか。
「この部屋に、ずっとか? 宮廷魔術師になったら、俺はたぶん引っ越すけど、その時は?」
「その時はもちろんついていきます」
ふむ。
ほとんど何も支払う必要がないと言っているのに等しいな。
家賃はミリアがいても変わらない。
食べ物と服は当然の維持費だし、ミリアを保有する価値としては安すぎる。
強いて言うなら、女を連れ込もうという時に支障が出ることぐらいだが、その分はミリアで発散すればいいや。
「あ、ちょっと待ってください。今なんか嫌な予感が……」
「よし。わかった。ミリアの希望は、衣食住の確保。それだけだな?」
「え、ええ。でも無理はしない方針で」
「わかっている、最初からそのつもりだ」
「本当ですか?」
「とりあえずは現状維持だけれど、俺が宮廷魔術師になった日には、俺の生活ランクが上がったのと同じ分だけ、ランクが上がる。それでいいんだな?」
「あの、無理って言ったのはクズマさんのお財布事情じゃなくて、私に無理をさせないで欲しいって言う意味ですけど」
「何が? 今でも有給だらけみたいなもんだろ?」
「そうでしょうか?」
ミリアは実に安い女だな。
いや待てよ?
よく考えたら、実質、将来の収入の半分を与えると約束しているに等しくね?
そう考えると実はもの凄く高くね?
「じゃ、さっそく図書館に行って、新しい設計図を借りてくるよ」
「え? もうやるんですか?」
「当然だ。宮廷魔術師のコンペがいつだかは知らないけど、一日でも早く作る物を決めなきゃいけない」
「明日からじゃダメですか?」
「後回しにすると、一日辺りの負担が大きくなるけどそれはわかってる?」
「……わかりました。あきらめて従います」
よろしい。
それに、こっちにだって都合があるのだ。
周りの人間はミリアの事を知らない。
だから、コンセプトを決めてから設計図を書いたと誤解する。
俺からしたら、コンペ前日に決めたっていいのだが、周囲はそうは思ってくれないだろう。
完成品が凄いものであればあるほど、不自然さが大きくなってしまう。
調べられたらすぐにバレてしまう。
だから、できるだけ怪しまれないように気をつける必要があるのだ。
図書館で十枚ほどの設計図を借りてきて、ダッシュで戻ってくる。
途中でカレッタに声を掛けられたけど、適当にごまかして逃げてきた。
製図板に設計図を広げて、その前にミリアを座らせる。
「じゃ、一枚目からいこうか。これは、割とオーソドックスな魔術だ」
「どんな魔術なんですか?」
「大量の魔力を一カ所に集めた後、破壊エネルギーに変換して放出する。ただし、破壊エネルギーによって装置自体も壊れる」
「壊れちゃうんですか……」
「使い捨てだよ。爆弾と同じさ」
「そんなの役に立つんですか?」
「もちろん。兵器は宮廷魔術師のお家芸みたいな所があるから、そこから攻めていこう」
そんな感じで十枚の設計図を見せて、簡単な解説をする。
魔術師にとっては、今では当たり前になっている物が、ミリアの視点で見直すと斬新な解釈が飛び出してきて、驚かされる。
楽しい時間だった。
そのあと滅茶苦茶SEXした。
昼食の後から初めて、夕食の前には、三枚の設計図が完成していた。
服を着直す事もせずに三枚目の設計図を書き上げたミリアは、力なく笑う。
「ちょっと疲れました」
「そうだな。今日は、もう十分だろう」
時間的にも体力的にも限界だ。
裸のままで寒そうに見えたので、俺はミリアの体に毛布を巻き付けて、後ろから抱きしめた。
「はぁ……」
ミリアは深いため息をつく。
よほど疲れていたのだろう。
朝よりも少し顔色が悪く見えた。
「ごめんな。無理させちゃって」
「大丈夫ですよ」
「それならいいけど」
ここでミリアが熱でも出したりしたら、全てがおしまいになる。
ちゃんと労ってやらないと。
「ねえ。髪、とかしてくださいよ」
「いいよ」
俺は櫛で、ミリアの少し乱れた髪を整えてやる。
やはりこの髪は、とてもさわり心地がいい。
やってる時は、できるだけ頭に触らないようにしていた。
たぶん大丈夫だろうとは思っていても、頭に刺さった魔術具に触れてしまうのが怖い。
「よくわからないまま、書いてましたけど、今日の三つの魔術具って、何に使う物なんですか?」
「俺もまだよく確かめてないんだ。一緒に見てみようか」
「はい」
最初の設計図を広げてから、俺はミリアの隣に座る。
「これは、基本構造は爆弾に似ているな」
「爆弾ですか」
「そうだ。この部分で魔力を蓄積して、この部分から放出する。ただし、なんだか爆発以外の機能も多い」
「どう言うことなんでしょう」
書いたおまえにわからないなら、世界の誰にもわからないぞ。
「ここにあるのが、通信系の装置だ。通信を受け取ると、起爆装置に信号が流れる。つまり……リモコン爆弾だな」
「新発明ですか?」
「いや、物自体は前からあるよ。ただ、あまり使い道がないから、滅多に話題に上らない」
「じゃあ、使えないんですね」
ミリアは残念そうに言う。
「いや、この設計図のよくわからないのは、まだ他にも機能がついているってことだ。たとえばここ、爆破と同時に防御系の呪文が発動するようになっている」
「爆弾に防御っておかしくないですか?」
「これのせいで、爆発の威力が半減しているんだ。そこまでして、何から防御しようって言うんだ?」
「もしかして、使い捨て爆弾が使い捨てじゃなくなったんですか?」
たぶんミリアの言うとおりだ。
でも、二回爆発できる爆弾って、需要はあるのか?
「まあ最初だし、こんな物だろう。次に行ってみよう」
「はい」
二つ目の設計図を広げる。
「これはフィールド発生系の魔術だ。たぶん、範囲内の音を消す効果がある」
「新発明ですか?」
「いや、物としては割と初歩的なやつだったりする。ただ、簡単に計算した限りでは、今までの物よりも大きな音を消せるはずだ」
「消せる音に限度があるんですか?」
「ああ。今までの物では、小枝を踏み折った音を消せるかどうかが精一杯だった。ミリアが書いた物なら、たぶん爆弾が爆発しても誰も気づかないよ」
「凄いじゃないですか」
「ただ、この構造だとこの装置自体が騒音を発する可能性が高いな。しかも装置自体が発する音を消す事はできない」
「じゃあ、コソコソはできないんですね」
「そうだな。使い所が限られる」
爆弾が爆発したのに爆発音がしなかったら、不気味ではあるだろう。
でもそれだけだ。
三つ目の設計図を広げる。
「これが、よくわからない」
「わからないんですか?」
「火の弾を指定した位置に落とす魔術と、攻撃から身を守るフィールドを展開する魔術。そこに俺が作った動力機関が合成されている」
「三つが組み合わさると、どうなるんでしょう?」
「よくわからないけど、攻撃と防御を両立させながら、戦場を走り回れるんだろうな。魔術騎馬隊に近いが、それをもっと強化したような感じだろう」
「強いんですか?」
「魔術騎馬隊は強いけれど、特別な精鋭部隊だ。それを機械として量産できるなら、戦場の形が変わるかもしれない」
「凄いじゃないですか」
「……ただ、残念な事に、これの想定出力に耐えられる材料がないって事だな。あっという間に火の玉になって自滅する」
「魔術って、難しいんですね」
夕食を食べる。
昨日の鶏肉の残りを、卵でとじた物だ。
ミリアは何かぼーっとした様子で、窓から星空を眺めていた。
俺はその隣の壁に寄りかかって、自分の部屋を眺める
「俺は……ここから出て行くことができるのか、ミリアのおかげで」
「そんなに凄い事なんですか?」
「殆どの魔術師は、この場所から脱出できないんだ。どんなに嫌でも、ここで生きていくしかない」
俺は夜空を見上げるミリアを後ろから抱きしめる。
「ミリア」
「なんですか?」
「君がいてくれて、俺はほんとうに幸せだよ」
「も、もう……そんな事言われたって、今日はもうやりませんよ」
「うん。今夜はちゃんと休もう。その分、明日がんばろうな」
「はぁい」
ああ、早く明日にならないかな。
「思考が完全にヒモのそれである」