チートがあるなら活用しよう
俺は図書館を出た。
閉館時間よりもだいぶ早い。
「今日も、随分早く帰るのね」
カレッタには怪しまれたが、あんまり遅くなるとミリアにいろいろ言われるのだから、仕方ない。
コンペに向けて何を作るのべきなのか。
いいアイディアが思い浮かばない。
けれど、問題は、何を作るかが決まっていない事の他にもある。
何を作るか決めるのは第一段階。
発表するなら実際に作成しなければならないのだ。
試作が間に合わないとしても、せめて設計図ぐらいは書いておかなくては示しがつかない。
すると、自然とできることの幅はせばまってくる。
なぜなら、一度も手がけたことのない物はできないからだ。
今まで考えたこともなかった物の設計図なんて、書けるわけがない。
何か作ろうとしたら、それについてよく調べて、よく考えなければいけないのだ。
一年後ならまだしも、数十日後では……新しい何かにチャレンジするのは無謀だ。
ミリアのようなのが別格なのだ。
知りもしない分野の魔術の設計図を、神懸かり的に書いてしまうなんて。
あんなのチートだ。
まてよ?
そのミリアは、現在俺の管理下にある。
つまり……ミリアを正しく運用できれば、好きなだけ設計図が手に入る可能性がある?
いや、それは人としてどうなのだ?
宮廷魔術師になるのは俺であって、ミリアではない。
あー、でも別にいいか。
俺とミリアがセットで宮廷魔術師。
設計図を書くのはミリア。
表に立つのは俺。
そんな扱いでもミリアはたぶん文句を言わないだろうし……。
そうだな、それでいこう。
そうと決まれば、すぐ行動しよう。
最初の実験は……せっかくだから、飛行装置にしよう。
というわけで、俺は図書館に戻って、何枚かの設計図を選びだし、貸し出し処理をしてもらった。
それを持って、急いで家に帰る。
「クズマさん、おかえりなさい。……あれ? なんですかそれは」
「設計図だよ」
俺は製図板にそれらの設計図を並べる。
「図書館で借りてきたものだから、汚したりしないでくれよ」
「しませんよ。でも、なんで広げるんですか?」
「おまえが見やすいように、さ」
ミリアはよく意味が分かっていないのか、首を傾げるだけだ。
「私が、これを覚えなきゃいけないんですか?」
「理解する必要はない。ただ、ちゃんと隅から隅まで見ておくんだ」
「はぁ。やれというならやりますけど、こんなの、私にはわかりませんよ」
渋々と言った感じで、ミリアは設計図を眺めている。
「一応、説明しておくか。これは風の魔術を操る装置だ」
「風を? 暑い日に便利そうですね」
行き成り何を言い出すんだこいつ。
「いや、そんなの団扇でいいだろ」
「そうですか? この魔術で風を起こしたら、一人でたくさんの人を涼しくできますよ?」
「そりゃ、そうかもしれないけど……どこで誰が使うんだよ。貴族か何かか?」
そんな人たちは、それこそ奴隷か何かに団扇を持たせるんじゃないかな。
「クズマさんが使えばいいじゃないですか。ほら、製図の時にはペンと定規で両手がふさがってるでしょ? その時は他人に扇いでもらうんですか? だったら、魔術に頼ってもいいと思うんですけど……」
「ううむ?」
おかしいな。
ミリアのトンデモ発言が、なぜか有効なアイディアに思えてきてしまう。
いやいや、こんな事をしている場合ではない。
素人のに騙されていては、宮廷魔術師なんかにはなれないぞ。
「次の魔術だ。この設計図は強化機だ。大量のエネルギーを蓄積しておいて、必要なときに強引に魔術回路に流し込む」
「もしかして、二つセットで使うと、強い風が起こせるんですか?」
「そうかもしれないが……何に使うんだよ」
団扇の変わりか?
製図どころじゃなくなるぞ。
「私の故郷の村って、突風で建物が吹き飛ばされて大変な事になって……、私が奴隷落ちしたのも、それが原因なんですけど……」
「お、おう」
「あれと同じ風を魔術で起こせるなら、兵器に使えなくもないと思いますけど」
「おまえは自分の故郷を壊滅させたような物を再現したいのか?」
「じゃ、じゃあ……逆向きの風をだして、突風を打ち消すって言うのはどうでしょう? そうですよ! それがあれば、私の村も無事だったかも……」
「ううん?」
なんでそう、方向性のおかしいアイディアばっかり出てくるんだ?
必要なエネルギーを知らないゆえの自由思考だろうか。
「次の設計図に行こう。これは、風を片方向にだけ通す物だ」
「わかった、三つを組み合わせて帆船にとりつければ、凄い勢いで進めるんですね」
「ああ……もうそれでいいよ」
なんかマジメにやるのが面倒くさくなってきた。
でも、これでいい。
この前だって、ミリアは設計図を書けた。
それが何なのか全く理解もせずに、自分でも何に使うのか良くわからない物をだ。
ミリア自身が理解している必要はない。
第五位が作ったのは、たぶんそう言う魔術だ。
「じゃ、そろそろ夕飯にしようか」
メニューは、鶏肉を鍋で煮込んだ物に、野菜ソースをかけた物だ。
「今日は肉料理ですか? 随分と豪華なんですね」
「まあな。そんな気分だったんだ。これも飲め」
ミリアにちょっとキツメの酒を飲ませる。
酔い潰すためだ。
ミリアは一口飲んだだけで視線が泳ぎ始めた。
「ちょっ、ちょっと待ってください。私お酒とか大丈夫な年齢でしたっけ?」
「設定上はそういう事になっている可能性があるよ」
「設定とか言っても私はごまかされませんよ」
「じゃあ本当は何歳なんだよ。俺は知らないぞ」
「私の故郷と、こっちでは数え方が違うみたいでよくわかりません」
「それなら問題ないな」
「その理屈はおかしくないですか?」
料理はおいしかった。
ミリアも喜んでいたようだ。
もっとも、食事の後半は酔って何がなんだかわからなくなりつつあるようだったけれど。
「なんか、頭が……くらくらしてきました」
「よしよし」
俺はミリアの胸を撫でる。
決して大きくはないが、俺を心地よくするだけの価値はある。
「にゃっ、クズマしゃん? にゃにしてるんれすか? だれのゆるしでそんなことを……」
「嫌なのか」
「そうではにゃいけど、じゅんばんをむししちゃだめなんれす」
そうか、じゃあ今夜は順番どおりにやってみよう。
「ミリア、聞いてくれ」
「にゃんれすか?」
「好きだよ」
「ひゃぁ?」
「うれしい?」
「うれしいれす」
「キスしてもいいかな?」
「はい」
した。
「やろうか?」
「はい」
やった。
翌朝、顔を真っ赤にしたミリアにぽかぽか殴られた。
なぜだろう?
「そら殴られますわ」