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盗賊団から盗む



闇夜だ。

闇に思い入れはないがちょうどいい。

他人の建物に不法侵入するなら、暗い方が都合がいいからだ。


天才魔術師であるこの俺、クズマ・ジ・メケーは、首都の下町のある建物に侵入していた。


ここは盗賊団のアジトと目されている。

本来、盗賊団とは他人の家に盗みに入る物。

しかし、今日はその盗賊団が盗みの被害者となる。


これが天才である者にのみ可能な逆転の発想。

君たちには思いも寄るまい?

これにより俺は勝利を掴むのだ。


目立たぬように黒っぽいマントを身につけ……

石壁の隙間に鉄爪をひっかけながら、壁を上って……

窓の鍵をメタルカッターで破壊して建物内に忍び込む。


そんな魔術師っぽさの欠片もない手段を駆使して、俺は潜入に成功した。


天才はこの世の全てを有効活用する。

故に、魔術の使用に固執しない。


入り込んだ部屋は、何かの倉庫のようだった。

ガラクタばかりが詰め込まれている。

いや、この箱とか、なんかいい物が入ってそうな気配があるな。

ちょっと漁っておくか。



さてと。

せっかくなので、ちょっと裏事情を説明しておこう。


先日、第五位宮廷魔術師が死んだ。

屋敷に忍び込んだ強盗によって殺されてしまったのだ。


第五位の屋敷からは金目の物があらかた盗まれ、研究資料もかなり紛失していた。


そして、第五位が作り出したと噂されていた『究極の魔術』

それも屋敷から姿を消していた。


全て盗まれたのだ。

この頭の悪そうな盗賊団に。


俺はその『究極の魔術』に興味があった。

いや、魔術の道に携わるものなら、誰だって興味があるだろう。

だって『究極』だぞ。究極。


第五位本人もその詳細については語らなかった。

だが、近い内に正式発表されるだろうと、そしてその功績によって宮廷魔術師の順位が入れ替わるかもしれないと、噂されていたのだ。

とてつもない物に違いない。


それが盗まれたのだ。

一大事である。


俺は盗賊団から『究極の魔術』を取り戻す。


そして『究極の魔術』が俺の研究成果であるかのように発表し名声を得る。

そうすれば、俺が次の宮廷魔術師だ!


そんなわけで、偶然にも近所に住んでいてこのアジトを知っていた俺は、侵入を決意したのだった。


俺を私利私欲の人と誤解するなかれ。

俺はただ魔術を愛しているのだ。


だから、第五位が魂を込めて生み出した『究極の魔術』がこのようなで朽ちていくのを見るに忍びないと思い、あえてこのような……


おっと、この箱には大きな宝石が隠してあった。

魔術とは何の関係もないけど、もらって置こう。



さてと。

この部屋の中の荷物はだいたい漁ったと思うが『窮極の魔術』らしき物は見つからない。

他の部屋を当たってみるべきだろうか。


廊下に出たとたん、そこにいた盗賊と鉢合わせ、というのは困る。

扉に耳を当てて、人の気配がないのを伺ってから、そっと扉を押す。


廊下は無人だ。

耳を澄ますと、建物のどこかから騒いでいる声が聞こえてくる。

どうやら盗賊団の面々は、一階に集まって酒盛りをしているようだ。


楽しいだろうな。

事が終わったら通報してやるから、せめてそれまで楽しく生きろ。


俺が通報すれば、警備兵たちは即座にこの建物を取り囲むだろう。

この国の警備兵は優秀だ。

逃げられない、必ず全員捕まる。


この盗賊達は、捕まればおそらく縛り首になるだろう。

第五位を殺した事だけでも、死刑以外、ありえない。


盗賊達にうらみはないが、この世から消えてもらう。

そうしなければ、将来、宮廷魔術師になった俺の家に盗みに入るかも知れないからな。


盗賊団の運命について思いを馳せるのはやめて、俺は廊下に並んだ扉を一つずつ順番に開けて、中にある物を調べていく。

どの部屋も、さっきと同じだ。

何処かから盗み出した物か、武器などの備品か、何に使うのかもわからないガラクタ。

そんな物が整理もされずに押し込まれている。


四つ目の部屋を調べているときに、ようやく見つけた。

紙に書かれた何かの設計図と数式。

俺が普段やっている製図した物とも共通点がある。


描かれているのは、見たこともない装置。

設計図通りに組み立てると、小指ぐらいの大きさになりそうだ。

微弱な電流を発生させる機能があるらしい。


こんな物、何に使うんだ?


これが究極の魔術なのだろうか?

違うかも知れないけれど、第五位の屋敷から盗み出された物なのはほぼ確実なので、もらっていくことにする。


その後も、室内をあちこち調べていると、出てくる出てくる。

設計図、設計図、設計図。

第五位の研究成果が丸ごとあるのではないかと思うぐらいだ。


おかしいな?

なんでこんなに設計図ばかり盗んできたんだ?


俺からすれば価値ある物だが、魔術に興味ない人間からしたら、ただの紙だ。

既に書き込まれているからメモ用紙にも使えない。

盗賊団が、人を殺してまで盗むだろうか?


「……まさか?」


誰か依頼人がいるのか?

魔術師の依頼人が?


その魔術師は、第五位から『究極の魔術』を奪いたかったが、自分の手は汚したくなかった。

だから盗賊団にやらせた。


「許せん……」


なんて酷い奴なんだ。

そんな悪人に、第五位の研究成果を渡してはならない。

この設計図は全部俺がもらっていこう。


俺は見つけた設計図を綺麗に折り畳んで、鞄の中に押し込んだ。


これで、目的の大半は達成できた事になる。

だが、まだ帰るわけには行かない。

もし『究極の魔術』の現物があるなら、それも回収していかなければ。


俺は同じ階にある他の部屋も調べてみたが、それらしい物はなかった。


そりゃそうだ。

第五位から盗んできた物をまとめて置いてある部屋になかったんだから、あるわけがない。

だが、全ての部屋を調べずに帰るわけにも行かない。


一番貴重な物だけ、隠し部屋においてあるとか。

あと、もう少し金目の物を確保しておきたい。


俺は下の音に気をつけながら、階段を下りる。

盗賊たちの声が近くなった。


二階の探索は、すぐに終わった。

雑魚寝するためのスペースがあるだけだ。

貴重品をおいて置くような場所は見当たらない。


一階だって、食堂と台所ぐらいしかないだろうし……。

だとするともう探すところがない。


いや、まてよ……?


俺は物音を建てないように気をつけながら一階まで降りた。

壁を一枚挟んだ向こうで盗賊たちが騒いでいる。


誰かがトイレのために部屋を出て来たりしないことを祈りつつ、一つ一つの扉を開けて中を覗いていく。

すぐに見つかった、下へと続く階段が。


俺は狭い階段を下りる。

階段を下りた先は地下室だ。


地下室は、とても狭苦しい印象を受けた。

天井から肉の塊がぶら下がっていたり、壁際には酒樽が積まれていたり……。


地下は温度が安定しているからな、酒や食料を保管するのにはちょうどいいのだろう。

奥には木箱のような物が積み上げられている。


あの箱のどれかに、貴重品が隠されていたりしないだろうか?

それで見つからないようなら、諦めよう。


俺は、いくつかの木箱を開けてみる。

果物が押し込まれているが、俺が探しているような物はない。

うん、やっぱりそうだよな。


もう帰ろうかな、と思った時、カタカタと鎖が揺れるような音がした。


「そこに、誰かいるんですか……」


誰かの声。

俺は動きを止めて息を潜める。

どうする?

人がいるとは思わなかった。

このまま音を立てなければ気のせいだと思ってくれるか?

無理か。


それに、盗賊に見つかったのとは違う状況のようだ。

女の子の声だった。


俺は改めて地下室の中を見渡す。

人影はない。

ただ、地下室の奥が、木の板を並べて作られた壁なのに気づいた。


俺はその壁の隙間に爪を立てて、横に引っ張った。

スライドした。

視界をふさぐためだけのダミーの壁なのだ。


壁の向こう側にはまだ部屋が続いていて、奥の壁に寄りかかるように、一人の少女が座っていた。


今にも泣き出しそうな灰色の瞳が、こっちを見上げていた。

黒いボサボサの髪と気の弱そうな眉。

柔らかそうな頬、少しとがった顎……


どこからどう見ても、美少女だった。


少女は白っぽいワンピースを着ている。

足は裸足。

片手には手錠がはめられていて、鎖で壁に繋がれていた。


少女は、俺の顔を見つめた後、首を傾げる。


「えっと、誰ですか……」

「君こそ誰だよ?」

「私はミリアです。あなた、盗賊の人じゃ、ないですよね?」

「ああ。俺は……まあ誰でもいいんだ」


名前を名乗る必要を感じなかったので、名乗らない。

変なところから足が着くのも困るしね。


「人に名前を聞いたくせに自分は名乗らないつもりですか?」

「静かに。上に聞こえる」


俺が言うと、ミリアも無言で頷く。

理解が早くて助かる。


俺はミリアに近づく。

こんな状況で拘束されて少し顔色が悪い。

気遣う降りをして体を触ってみると、胸はやわらかかった。


ミリアは、文句なしの美少女だ。


でも、正直に言うと、ちょっとおしっこ臭かった。

たぶんここに繋がれたまま、トイレとか行かせてもらえてないんだろうな。


「あの、私を助けに来てくれたんですか?」

「それは違う。けど、せっかくだから解放してあげよう」


メタルカッターで鎖を切断してみる。

……、窓の鍵より固いな、ちょっと時間かかるかも。


「ありがとうござます。本当、酷い目にあいましたよ」

「そうだな。こんなにかわいい女の子だもんな。盗賊団はむさくて魅力のない男ばかりだろうし、さぞかし酷い目にあったんだな」

「なっ! 変な目で見るのはやめてください。私まだ何もされてませんよ!」


少女は意地になって叫ぶ。


「いやいや。こんな女の子が盗賊団に捕まって何もされてない? ……ご冗談を」 

「う、売るから、手は出さないって……」


へぇ、そうなのか。

でもわからない振りをして聞いてみる。


「後で売るとしても、やらない理由にはならないんじゃない?」

「男を知らないと高くなるからって……。か、確認されただけで、何もされてませんよぅ」

「……ふむ」


なるほど。

確認のために、下着をおろされて足を広げられたあと、もしかしたら指ぐらいは突っ込まれたかもしれない。

でも、何もされていない、と。


俺は善人なのだ。

かわいそうだから、追求はしないでおいてあげよう。

ただ、家に帰ってから妄想するだけだ。

こんな美少女がそんな事をされたかもしれないなんて……考えるだけでも興奮する。


いや、俺にとってもこの子はかなり好みだし……いっそ男として卒業させてもらいたい所なんだけれど。

盗賊に見つかったら即殺されかねない状況でそんな事に勤しむ気にはなれない。


どうせ宮廷魔術師になったら、女に困ったりはしないだろうからな。

ここで焦る必要はないし、この少女に拘る理由にもならない。


「よし、切れたぞ」


鎖を切断して少女は自由になった。


「ほら、寒いだろ? これを着ていくといい」


俺は身につけていた黒いマントを外すと、裏返して少女の体にかけてやる。

黒いマントの裏側は炎のように真っ赤。

闇夜とは言え、目立つだろう。


万が一の時は、この少女が囮になって俺を逃がしてくれるという仕組みだ。

そんな事も知らずに少女は喜んでいる。


「すごい色、なんか暖かいです」


少女はゆっくりと立ち上がった。

しばらく足を動かしていなかったのか、少しふらふらしているが、歩けそうだ。


と、階段を降りてくる足音がする。


「だ、誰か来てます?」

「静かにしろ」


盗賊だ。

見つかったら殺し合いが始まってしまう。


ああ、くそ!

欲をかいて地下室なんかに来るんじゃなかった。

唯一の出入り口である階段をふさがれたら、逃げ場がないじゃないか!


せめて俺に気づいたわけではなく、酒を取りに来たとかそういう目的であって欲しい。

そして気づかずに上に戻ってくれ。


「へっ、へっ、へっ……。親分は手を出すなって言ったけどな。口でやらせるだけなら商品価値は下がらないと思うんだよなぁ」


階段を下りてきた盗賊その1の、下品すぎる独り言であった。


あ、これ終わったな。

俺はため息を突きながら、部屋の端にしゃがんで、見つかった場合に備えて短杖を握りしめる。


盗賊その1は、ミリアの姿を目にして、瞬きする。


「……ああん? 鎖はどうした? その赤いのは何だ? 待て、そこに誰かいるのか?」


盗賊は、三秒で俺の存在に気づいた。

俺は立ち上がり、短杖を盗賊に向ける。

魔術の発動だ。


「デス・スパーク!」


青白い稲妻が走る。

盗賊その1は死んだ。


「ぐぎゃあああああああああっ」


ただし、ものすごい断末魔をあげて、上で騒いでいた盗賊に俺の存在を教えながら、だ。


ああもう。

どうせ死ぬなら無音で即死してくれよ。



始まっちゃったよ。

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