マジックハンター
今宵は月が雲に隠れ、辺りは漆黒の闇に満ちている。夜は私の身を隠し、おかげで誰にも見付からずに目的地へと忍び込めた。
そして、それにより勇気が湧いてくる。まだ十代の女子である私でも、一人前の大人と同じように活躍できるような気がしてきた。
その自信を胸にこの廃墟と化した城を手探りで進みつつ、頭に鳴り響く心臓の音への雑念を振り払う。私と同じ目的で来ている人が、どこからか私を狙っているかもしれない。いつ襲われても対抗できるよう常にナイフを構え、音を立てないよう一歩ずつ慎重に進み、階段も踏み外さないよう這いながら上った。
そして今、私は大きなドアの目の前にいる。脳内に見取り図を描きながら進んだ結果、この先が最後の部屋であることは明白だわ。
ようやく着いたという喜びから、つい声を出してしまいそうになるのを堪えた。ここまで辿り着くのに苦労したから、どうしても心が躍ってしまう。思えばこの薄暗い城の中を手探りで探索し続け、ここに来てからもう何時間経ったのかしら? でも、そこまでしてでも手に入れたいものがあったから、私はここまで来ることができた。
各地へ散らばるマジックと呼ばれる秘宝……それらは所有者へと魔力を授ける。実しやかに囁かれるその噂は、私を含め若者たちにとっては好奇心を強く揺さぶる内容だ。もちろん、その魅力と同時に計り知れない危険が待っているから、大人たちはそれに関わらないようにと言い聞かせる。けれど、マジックハンターとして暗躍する人々に、私はどうしても憧れを抑えきることができなかった。だからこそ、一人暮らしをきっかけにその道へ踏み入ってしまったのよね。誰にも裏の顔を知られずに済むという環境は、私の背中を後押しするには充分だった。
そしていよいよ、私は自力でそれを手に入れる。
意を決してドアを開けたが、部屋はやはり真っ暗だ。部屋には何者の気配もなく、宝がどこにあるのかもわからない。
と、その時、部屋が一瞬だけ照らし出された。月が雲の間から僅かに顔を出したらしく、そのおかげで床に転がる半透明の球体を見つけた。
間違いない、あれがこの城に眠るマジックだわ。
ここまで来るのは大変だったけれど、これで……。
「ほう、俺の他にもここへ辿り着く者がいたとは……」
「誰!?」
背後からの声に慌ててナイフを構えたけれど、振り向いたその先にはただただ闇が広がっているだけ。けれど、声の雰囲気から何となくわかる。私と同じくらいの歳の男性に違いないわ。
「名乗るつもりはない。単刀直入に言おう。その宝、俺に渡してもらおうか」
「何ですって!? これは私が見つけたのよ? 渡すわけないじゃない!」
そうよ、なぜ渡さなければならないのよ! ここまで来るのがどれ程大変だったことか……。
ここで宝を渡しては、何のためにここまで来たのかわからないじゃない!
何としてでも、これは私が持ち帰るわよ!
「それなら仕方無い……。女性を苦しめるのは趣味ではないが、力ずくでも渡してもらおう!」
「いいわ! このマジックを持ち帰るため、悪いけれどあなたには消えてもらうわ!」
「それならこちらも容赦はせん!」
その言葉の直後、青白い球体が光を放った。それによりようやく相手の姿が映し出され、私はそれを一瞬で目に焼き付けた。髪は白銀に輝き、青い瞳からは吸い込まれそうな力を感じる。どこまでも深いその眼差しは真っ直ぐ私へ向けられている。そしてその顔は、おとぎ話の王子様のように美しかった。
それを見た途端、私は自分の頬が熱くなるのを感じた。目の前の男性が気になり、戦いに集中しようと思ってもそれができない。ほとんど同じ年齢なはずなのに、その容姿はとても大人びている。落ち着いた様子と背の高さ、美男子という言葉がこれ程似合う人はそうそういないわ。
速くなる鼓動を落ち着けようとしていると、敵の持つマジックは一層強い光を放った。
「ライトニング!」
まずいわ、詠唱を完了されてしまった!
発動されたマジックにより部屋を強烈な稲光が包み込み、激しい雷鳴が響いている! そして、白い閃光が目にも止まらない速さでこちらへ向かってきた!
「きゃあ! 雷が……って、うわ!」
……痛い、頭を思いっきり打った。
目を見開いて周囲を確認すると、見慣れた光景がそこにはあった。すぐ横にあるベッド、その先にあるピンクのカーテン、反対側には丸いテーブルと椅子、奥には洗面台とメイク道具……。言うまでもなく、ここは私の家ね。
さっきのはただの夢だったみたい。せっかくもう少しでマジックが手に入りそうだったのにというがっかりと、夢だったおかげで死なずに済んだという安心で複雑な気分。
立ち上がってカーテンを開くと、空は茜色に染まっていた。もうすぐ夜が来てしまう。早く準備を済ませて、マジックハンターとしての仕事に向かわないと……!
そう、そのことは夢じゃなくて現実なんだから。肌身離さず持っている『ファイア』のマジックもそのことを証明してくれている。
それを手に取り窓の外に広がる綺麗な夕焼けにかざしてみた。球体の中で揺らめく炎が、日の光に呼応し少し勢いを増した。
そしてそれを胸に当ててみる。少しだけ勇気は湧いてくるが、自信は一欠けらも与えてもらえない。なぜならこれは自分の力で手に入れたものではなく、実家にあったものを勝手に持ち出したものだから。それがなぜ家にあったのかは私にはわからない。けれど、そんなことは気にしなくていいわ。
さて、無駄に時間を過ごすのはこれくらいにして、早く準備をしなくては。忘れずにカーテンを閉めてから、着替えて、顔を洗って、変装も兼ねたメイクをする。茶髪のロングストレートを金髪ツインテールにして、たれ目もアイシャドウで凛々しく見せる。鏡に映る私は、十六歳とはとても思えない程大人びて見えた。
そういえば、さっき夢で会った男の人……どうしてもまだ気になってしまう。自分の顔を眺め、その記憶と比較してみる。私も同じくらい美しく見えるようにメイクできたかな……?
なんて、そんなこと考えても仕方ないわね。メイクの目的は他にあるんだから。少しやり過ぎな気もしてくるけど、これくらいで丁度いいはずよ。しっかり別人に見せないと、私の正体がバレてしまうわ。
マジックハンターは世間一般に合法的に認められているものではなく、怪盗などと同じ扱いを受けることとなる。だからこそ、絶対にその素顔を晒してはならない。もちろん、本名も隠す必要があるから、私たちマジックハンターはお互いをハンターネームという偽名で呼ぶのが常識。誰かに本当の名前で呼ばれたとしても、絶対に反応してはダメ。
しっかり言い聞かせておかないと……。私はアリスではなくフローラ、アリスではなくフローラ、アリスではなく……。
よし、これで自己暗示は充分だわ。早速向かうとしましょうか。