六、来訪者
六、来訪者
ネイルは、ジェリアの帰還を祝うささやかな晩餐会が済んだ後、城の東側に在る木造二階建ての兵舎に繋がる渡り廊下に隣接する角部屋で、寝台に、横たわって寛いでいた。
突然、ゆっくりと、数回、扉を小突かれた。
少し間を置いて、「ネイル様、ジェリアです」と、ジェリアの声が、して来た。そして、「ネイル様、お邪魔をさせて頂いても宜しいでしょうか?」と、続け様に、申し出た。
ネイルは、思わず息を呑み、「ジェ、ジェリア様、少し御待ち下さい!」と、慌てて、一声掛けた。逆夜這いをされるとは、思ってもみなかったからだ。そして、素早く起き上がるなり、裸足のままで寝台から下りて、速やかに、戸口へと歩み寄った。少しして、扉の前に立った。その直後、ゆっくりと扉を引くなり、「ジェ、ジェリア様…。こ、このような時間に、何用で…?」と、やや狼狽え気味に、声を低くして、問うた。
「ネイル様、ご迷惑でしたら、失礼しますが…」と、ジェリアが、表情を曇らせた。
「い、いや! 迷惑なんて、とんでもない!」と、ネイルは、頭を振りながら返答した。迷惑と言うよりも、わざわざ来てくれたのを、むげに追い返すのも、気の毒だからだ。そして、「ここで、立ち話も何ですから、中へ、どうぞ」と、入室を促した。短い時間の入室ならば、城内の者に見られても、何ら、不都合は無いだろうと、判断したからだ。
「はいっ」と、ジェリアが、嬉々として、入室した。
その直後、ネイルは、素早く扉を閉めるなり、「ジェリア様、どうぞ、御掛け下さい」と、右手で寝台を指しながら、腰を掛けるように勧めた。立たせて話をするのも、非礼な気がしたからだ。
「はい」と、ジェリアが、寝台へしずしずと歩を進めて、腰を下ろした。
ネイルは、ジェリアに向いて、腕組みをしながら、右肩で、扉に寄り掛かり、「ジェリア様、どうなかなされたのですか?」と、穏やかな口調で尋ねた。何かしらの理由が有って、来たのだと思ったからだ。
ジェリアが、急に、真顔になり、「ネイル様、おかしいと思われるかも知れませんが、この城には、私の居場所が無いのです…」と、不安を吐露するかのように、切り出した。
「おかしいとは思いませんよ。そりゃあ、五年振りに帰られたのですから、そのように思われるのは、当たり前だと思いますよ。それに、ジェリア様の御顔すら、ろくに知らない無礼な奴らも居りますからね。不安な気持ちも、分かりますよ」
「それも有りますけど、ネイル様に、この三日間は、対等に接して頂いて、楽しかったですわ。でも、戻って感じたのは、城内の方々が、身分の上での付き合いでしか接して頂けないのが、妙に寂しいと申しましょうか…」と、ジェリアが、城の者達のよそよそしい態度に、困惑しているという悩みを打ち明けた。
「そうですか。俺だって、ジェリア様が、王女様だと知って居れば、身分の上での御付き合いでしか、接しなかったでしょうね。それに、俺は、賞金稼ぎという卑しい身分だし、ジェリア様との三日間は、良い思い出ですよ」と、ネイルは、三日間を思い浮かべて、目を細めた。こうして、ジェリアと面と向かって話すのも、これで最後の機会かも知れないからだ。
「いいえ。ネイル様には、城に残って貰いますわ。明日の朝、早くにでも、ダ・マーハに、私の警護の役職に就けるように、申しましょう」と、ジェリアが、ネイルの答えを待たずに、結論を出した。
「ジェリア様、それでは、ディールの立場が…」と、ネイルは、困惑した。そのような言い分が通れば、ディールを始め、城の者達の反感を買うのは、必至だからだ。
「そうと決まれば、こうしては、居られません!」と、ジェリアが、急に、元気を取り戻し、ネイルの言葉が聞こえない様子で、意気込んで立ち上がった。そして、「明日の為に、早く休ませて頂きます!」と、一礼をした。その直後、突進するように、勢い良く迫って来た。
「ジェリア様…!」と、ネイルは、面食らった表情で、慌てて道を譲るように、体勢を立て直して、扉を引き開けた。
少しして、ジェリアが、勢いそのままに、戸口を通り過ぎる際、「ネイル様、お休みなさい」と、挨拶を交わして、出て行った。
「ジェリア様、お休みなさい」と、ネイルも、反射的に、挨拶を返した。そして、後を追うように、廊下へ出た。その直後、すぐさま、右を向いた。次の瞬間、ジェリアの後ろ姿が、視界に入った。やがて、城の奥へ消えた。少しして、踵を返して、扉を閉めるなり、その足で、寝台へ歩を進めて、腰を下ろした。その刹那、溜め息を吐いた。明日からが、思いやられそうだからだ。
突然、再び、扉を軽く叩かれる音がして来た。
「開いてますよ」と、ネイルは、やんわりした口調で応じた。ジェリアが、何か言い忘れて、戻って来たと思ったからだ。
「ネイル殿、失礼するよ」と、ダ・マーハの落ち着いた声がした。
その直後、扉が開くなり、ダ・マーハと頭巾を目深に被った痩身の男が、順々に入室した。そして、扉を閉めようともせずに、づかづかと踏み込んで来た。少しして、数歩手前で、横並びになって、立ち止まった。
「お二人さん、何か用かい?」と、ネイルは、何食わぬ顔で、問い掛けた。今時分に押し掛けて来られるような心当たりが無いからだ。
「ネイル殿、我々は、あなたには、明日の早朝に、お発ちになって頂きたいのですよ」と、ダ・マーハが、相も変わらぬにたついた顔で、通告した。
「おいおい。まるで、部外者は、さっさと出て行けって聞こえるんだがな」と、ネイルは、しかめっ面で、指摘した。言い方が、気に食わないからだ。
「如何にも」と、ダ・マーハが、すんなりと頷いた。そして、「ジェリア様の手前、あなたを客人として、招き入れたまでです」と、冷淡な口調で、言葉を続けた。
「王様の代行が、ジェリア様の意見も聞かずに、勝手な事をして良いのか?」
「勝手な事? それは、また、面白い事を申される。何処の誰とも判らん素性の知れない奴を、一晩泊めてやるだけでも、寛大な処置だぞ。下賤の者が、ジェリア様を連れて帰ったくらいで、付け上がるでないぞ」と、ダ・マーハが、上から目線で、告げた。そして、「これ以上、居座られては、我々やジェリア様に、迷惑が掛かる。報酬を受け取ったら、ジェリア様の目に付かない内に、出て行ってくれよ」と、冷ややかに言った。その直後、右隣の頭巾を目深に被った痩身の男を見やり、「おい、ネデ・リムシー。例の物を…」と、顎をしゃくり上げて、指図した。
その直後、ネデ・リムシーが、懐から白い布の小袋を右手で取り出すなり、無愛想に差し出した。
ダ・マーハが、再び、顔を向けるなり、「ネイル殿、ジェリア様を送り届けてくれた成功報酬として、中には、五リマ金貨を二十枚入れておる。賞金稼ぎのそなたにとっては、有り余るくらいの額だろう。卑しい身分のそなたにとっては、しばらく遊んで暮らせる額だぞ」と、蔑むように、告げた。
「俺を見くびるな! そんな物、受け取れるか!
」と、ネイルは、語気を荒げて拒んだ。ダ・マーハの見下した物言いに、むかっ腹が立ったからだ。
「ふ、強がりおって」と、ダ・マーハが、含み笑いを浮かべた。そして、「ネイル殿、これで、話は以上だ」と、打ち切った。その直後、ネデ・リムシーを一瞥し、「ネデ・リムシーよ、そこら辺にでも、袋を置いておけ。わしらが居なくなれば、袋を拾い上げるだろう。下賤の者のする事など、大体の想像が出来るからのう」と、予想を語った。
その刹那、ネデ・リムシーが、小袋を放り投げた。
少しして、布の小袋が、足下で、細かい金属音を立てて、転がった。
「では、二度と会う事は、無いだろうから、ご機嫌よう。はーはっはっ!」と、ダ・マーハが、嫌味ったらしく声高に言った。そして、踏んぞりながら、踵を返した。
少し後れて、ネデ・リムシーも、会釈一つせずに、背を向けて、その後に続いた。
少しして、二人が、扉も閉めずに、悠然と部屋を去って行った。
次の瞬間、ネイルは、立ち上がって、戸口まで行くなり、「扉くらい閉めて行け!」と、聞こえるように、怒鳴った。そして、間髪容れずに、怒りをぶつけるように、左手で、扉を力任せに閉めた。虚仮にされた事が、腹立たしいからだ。その直後、寝台へ戻る際に、「くそっ!」と、右足で、布の小袋を踏みにじった。少し間を置いて、寝台へ仰向けに寝転がると、頭の下に、腕を組んだ姿勢で、天井を見つめながら、明朝に去る事を決意した。ダ・マーハの言葉を聞き入れるのも癪だが、自分が残れば、ジェリアの立場も、悪くなるかも知れないからだ。その後、しばらくは、怒りで気持ちが昂って、眠られなかった。




