五、城へ
五、城へ
二人は、昼下がりに、ローナの東口へ辿り着いた。そして、大通りを進んだ。
ネイルは、田舎者のように、きょろきょろと見回した。すると、バニ族の細身の女店員が、店先に並ぶ色とりどりの花へ水を撒いている花屋や軒先で、兎の耳が垂れたバニ族の小太りの店主が、山積みの葉物野菜やニジンという橙色の根菜を整理がてら、陳列している八百屋。その斜交いでは、バニ族の恰幅の良い女店主が、男勝りの声を張り上げながら、呼び込みをしている日用品を扱っている道具屋等の商店が建ち並んでいるのを視認した。そして、「ここは、バニ族が、目立つなぁ」と、何の気無しに、印象を述べた。心無しか、他の種族よりも、バニ族の者が、目立つからだ。
「ええ。ネイル様の仰られる通り、ローナで暮らすバニ族は、ライランス大陸でも、一、二を争うくらいの多さですわ。特別、他の種族の方々を排斥している訳ではないのですが…」と、ジェリアが、右隣から、回答した。
「なるほど」と、ネイルは、納得した。そして、「ま、何処の国でも、そうだろうけど、統治者が、同種族だと、気分的に、住み心地が、良いのだろうな」と、見解を述べた。統治者と同じ種族だと、差別や迫害をされないで安心して暮らせるからだ。
その瞬間、ジェリアが、表情を曇らせるなり、「今は、良いかも知れません。でも、私の代になって、ローナが寂れてしまったら、どうしましょう…」と、不安を口にした。
「先の事は、分かりませんよ。成るようにしかならないだろうし、現段階では、ジェリア様の代になってからの事を心配しても、仕方が無いですからね。今は、御父上に、ジェリア様の元気な御姿を見せて上げる事が、一番の特効薬だと思いますよ」と、ネイルは、励ました。先の事を案ずるよりも、今と、どう向き合うかが、大切だからだ。
「そうですね。その時になってから、悩めば良いんですよね」
「そう言う事ですよ」と、ネイルは、微笑み掛けた。
「はい!」と、ジェリアも、不安を吹っ切るように、力強く返事をして、屈託の無い笑顔になった。
しばらくして、二人は、広く場所を占拠するように聳え建つ薄茶色い煉瓦造りの楕円形の建造物に、突き当たった。
「ジェリア様、あの建物は、何ですか?」と、ネイルは、右手で、指しながら、尋ねた。今まで、見た事が無いからだ。
「私にも、分かりません…」と、ジェリアも、頭を振った。そして、「私が、留学する前は、七色の菫花が、咲き乱れる広場でしたわ…」と、寂しげな顔で、言葉を続けた。
「そうですか…」と、ネイルは、言葉を詰まらせた。ジェリアの表情からして、大切な場所が、無くなった事に、心を痛めているのだと、察したからだ。
少しして、二人は、無言のまま、建造物の手前を、右へ曲がり、そのまま、武具や飲食店の並ぶ通りを、真っ直ぐ進んだ。しばらくして、白い石造りの堅牢な高い塀が見えて来た。
「ジェリア様、あの塀は?」と、ネイルは、尋ねた。一応、確認をしておきたいからだ。
「バニテンシュタイン城の城壁ですわ」と、ジェリアが、回答した。
「このまま、あそこを目指しましょう」と、ネイルは、右手で、城壁を指した。その塀を目指して、直進した方が、正門へ行き着き易いからだ。
「はい」と、ジェリアが、すぐに、返事をした。
やがて、二人は、城壁の手前の堀に差し掛かると、それに沿って、左へ曲がった。少し進んだ所で、斧の付いた槍を構える革鎧を着た二人の衛兵が、勇ましく両脇を固めた場所の奥に、馬車が、余裕で通れるくらいの幅広い跳ね橋を架けた城門に行き当たった。そして、衛兵達と向き合うように、立ち止まった。
「おい! お前達、この城へは、何用だ? 王様が、病の為、下々の者は、立ち入る事は、罷りならんのだ! 早々に、立ち去られよ!」と、右側の狼の頭が特徴の灰色い毛並みのウルフ族の衛兵が、頭ごなしに、強い口調で、威圧した。
「おいおい。王様が、御病気なのは、知っているさ。俺は、こちらのジェリア様を、ここまで、連れて来たんだぜ。いきなり、門前払いってこたぁ無いよな?」と、ネイルは、睨みを利かせながら、反論した。そうですかと、素直に従える道理ではないからだ。
「もっと、ましな嘘をつけよな。本物のジェリア様だったら、歩いてなど帰らずに、馬車で帰って来る筈だぜ。三日程、遅れているようだけどな」と、左側の茶色髪の若い衛兵が、嘲るように、口を挟んだ。
「信じる信じないは、勝手だが、ターカルって言う老従者に、ジェリア様を送り届けてくれって、頼まれたんだがなっ!」と、ネイルは、些か、ムッとなって、語気を荒らげた。頭ごなしに、信じて貰えない事に、苛立ったからだ。
「出任せを言うな! ターカル様が、お前のような下賤な者に、姫様を託す訳が無いだろう! これ以上、でたらめを申すと、地下牢へ、放り込むぞ!」と、ウルフ族の衛兵が、凄んだ。
「ネイル様、一先ず、引き返しましょう」と、ジェリアが、提言した。
ネイルは、ジェリアを見やり、「ジェリア様、何を仰られるんですか。俺達は、間違っていないんですよ。引き返す必要は、無いんですっ!」と、鼻息を荒くして、熱っぽく告げた。ジェリアの身分を証明する物は無いにせよ、ターカルに頼まれたのは、事実だからだ。そして、衛兵達と睨み合いが続いた。
しばらくして、「これ以上、睨み合っても、埒が明かないから、ディール様に、お伺いを立てるのは、どうだろう?」と、茶色髪の若い衛兵が、見据えたままで、ウルフ族の衛兵へ、提案した。
「ああ。その方が、賢明だろうな」と、ウルフ族の衛兵も、視線を逸らさないで、すんなり同意した。
「じゃあ、決まりだ。ちょっくら、ディール様を呼んで来らぁ」と、茶色髪の若い衛兵が、背を向けて、瞬く間に、跳ね橋を渡り、城門の奥へと立ち去った。
「ジェリア様、後少しの辛抱ですよ」と、ネイルは、ウルフ族の衛兵を見据えたままで、声を掛けた。本物だと認められれば、入城が、許されるからだ。
「ええ」
「へ、お前らが、偽者だと判明すれば、地下牢へ入って貰うまでた。そして、容赦無く、お前達の後ろに在る闘技場で、 公開処刑となるだろうな」と、ウルフ族の衛兵が、薄笑いを浮かべながら、告げた。そして、「逃げるのなら、今の内だぜ」と、忠告した。
「それは、ご親切に、どうも。俺達は、偽者じゃないので、逃げる気なんて、更々無いよ。むしろ、本物だと証明された時、あんたの身の振り方でも考えておいた方が、良いんじゃないのか?」と、ネイルも、不敵な笑みを浮かべながら、負けじと言い返した。誰に何と言われようとも、ジェリアを本物だと信じているからだ。
「ネイル様、不快な思いをさせて、申し訳ありません…」と、ジェリアが、弱々しく詫びた。
「ジェリア様が謝る事なんて、ありませんよ。俺達は、堂々と待って居れば良いんですから」と、ネイルは、穏やかな口調で、応えた。別に、ジェリアに、非が有る訳じゃないからだ。そして、「強いて、俺に謝るのは、そこの衛兵の方だよ」と、素っ気無い態度で、言葉を付け足した。
「何を!」と、ウルフ族の衛兵が、語気を荒らげた。
突然、「何だ! 騒々しい!」と、別の若い男の声が、割って入った。
その瞬間、ウルフ族の衛兵が、すぐさま振り返るなり、「ディ、ディール様…」と、急に、大人しくなった。
ネイルも、ウルフ族の衛兵の向いた先に、視線を向けた。すると、茶色髪の衛兵が、先頭に立ち、すぐ後ろに、自分と年の差のあまり無さそうな金髪で、端正な顔立ちの曇り一つ無い白銀の甲冑を纏った若い騎士と、その右斜め後ろから、漆黒の裾の無い長衣の頭巾を目深に被った口元と紫水晶の杖の柄を持った左手しか出ていない不気味な背の高い痩身の男と、その左隣には、頭髪の無い断崖絶壁を想像させる頭の形状をしているにたついた人相の見慣れぬ紋章を銀糸で刺繍された黒い法衣の恰幅の良い男が、跳ね橋を渡っているのを視認した。
少しして、茶色髪の衛兵が、元の場所へ戻るなり、「ささ、ディール様。この二人が、そうです」と、騎士に向かって、恭しく告げた。
「うむ」と、ディールが、詰め寄るなり、無言のまま、鋭い眼光で、品定めでもするかのように、じろじろと見回して来た。
ネイルは、その視線にたじろぐ事も無く、幾らでも調べろと言うように、堂々としていた。幾ら詮議をされても、疚しい事など、何一つ無いからだ。そして、「黙って、じろじろ見回して居ないで、結論を出してくれないか?」と、促した。いつまで見回されて居ても、埒が明かないからだ。
「分かった。じゃあ、一つだけ、質問をさせて貰うとしよう」
「ああ、良いぜ。但し、俺が、答えられる事ならな」と、ネイルは、予防線を張るように、答えた。意地悪な質問で、難癖を付けられたくないからだ。
「ターカル殿は、今、どうしているのか、お聞かせ願いたい」
「ターカルって従者は、この国の国境沿いの峠の麓の村の宿で、療養中だよ」と、ネイルは、さらりと回答した。そして、この三日間の経緯をかいつまんで話した。
しばらくして、「なるほど。真偽の程は、後ほど、部下を差し向けて調べれば、判る事だ。一先ず、貴殿の話を信じるとしよう。では、ジェリア様を引き取らせて貰うとしよう」
ネイルは、ジェリアを見やり、「ジェリア様、良かったですね」と、微笑んだ。ようやく、本物と認められたからだ。
「ええ」と、ジェリアも、安堵の笑みを浮かべながら、頷いた。
「ジェリア様、これで、御別れですね」と、ネイルは、別れを切り出した。これで、自分の役目が終わったからだ。そして、「御元気で…」と、よそよそしく一礼をして、すぐに、踵を返して、歩き出そうとした。
その直後、「ネイル様、待って下さい!」と、ジェリアが、呼び止めて来た。そして、「どうか、今日は、城に、お泊まり下さい」と、続け様に、申し出た。
次の瞬間、ネイルは、立ち止まるなり、すぐに、振り返った。そして、「しかし…」と、返事を逡巡した。申し出は嬉しいが、役目が終わって、係わりが無くなったので、軽々しく受諾する訳にはいかないからだ。
「ディール殿、この者を、そのまま帰すのは、非礼と言うものでは? 王様に、恥をかかせる事にもなりかねませぬぞ」と、黒い法衣の恰幅の良い男が、にたつきながら、口を開いた。
ディールが、振り返り、「しかし、余所者を城内へ招き入れるのは、ちょっと…」と、渋った。
「ディール殿、王様の病状が、回復した時に、この事を御知りになられましたら、大いに、御嘆きになられるでしょう。ましてや、姫様の護衛をした者を、そのまま帰したとなれば、尚更ですよ」と、頭巾を目深に被った痩身の男が、追い討ちを掛けるように、言葉を被せた。
「そうですね。王様の代行の二人が申されるのでしたら、私も、異論は有りません。ジェリア様の御気持ちも、尊重しましょう」と、ディールも、仕方が無いと言うように、承諾した。そして、向き直るなり、「お聞きの通り、貴殿の入城の許しが出ました。どうぞ、我らに、付いて来て下さい」と、頭を下げながら、告げた。
後ろの二人も、揃って、一礼した。
少しして、三人が、頭を上げて、踵を返した。
少し後れて、ネイルとジェリアも、一瞥し合って、その後に続いた。
突然、「ディール、御父様の容態は、どうなのですか? ターカルの話ですと、危篤だと伺ったのですが…」と、ジェリアが、真剣な顔で、尋ねた。
「そ、それは…」と、ディールが、口ごもった。
「私から御答えさせて頂きましょう。私が、王様の治療官を務めさせて頂いてますのでね」と、黒い法衣の恰幅の良い男が、振り向きながら、申し出た。
「あなたは?」と、ジェリアが、小首を傾いだ。
「私は、ダ・マーハと申します」と、ダ・マーハが、にこやかに名乗った。
「ダ・マーハ、御父様は、どうなのですか? 御目通りは、出来るんですか?」
「御目通りは、無理です…」と、ダ・マーハが、申し訳無いと言うように、沈痛な面持ちで、頭を振った。
「そうですか…」と、ジェリアが、覚悟をしていたかのように、しんみりとした表情で、項垂れるなり、落胆した。
「ジェリア様、勘違いをなされているようですが、王様が患っておられるのは、バニ族にしか伝染しない病なのですよ。ジェリア様に、御病気が、うつらないようにとの配慮から、そう申し上げたまでです」と、ダ・マーハが、苦笑しながら、釈明した。
次の瞬間、「そうなのですか…」と、ジェリアが、顔を上げるなり、安堵の表情を浮かべた。
その直後、「む?」と、ネイルは、一瞬、眉を顰めて、疑念を抱いた。風土病的な伝染病は、聞いた事は有るが、特定の種族に伝染する病など、聞いたことが無いからだ。
「では、参りましょい」と、ダ・マーハが、正面を向いた。
少しして、一同は、跳ね橋を渡って、城門を潜り抜けるのだった。




