四、ジェリアの正体
四、ジェリアの正体
ネイルとジェリアは、麓の村から出発して、二日間を、朝から晩まで歩き通した。そして、三日目の昼前、木々の枝葉のざわつくだけの殺風景な上り坂の頂点に着いた。その直後、優しく頬を撫でて来るように、湿った涼風が吹いて来た。少しして、緩やかな下り坂に差し掛かった。すると、眼下には、照り返す深緑色掛かった湖の水面が、まるで、宝石箱の中で、煌めくエメラルドを錯覚させるくらいの絶景が、広がっていた。だが、その湖の真ん中程の草の生い茂った小島に、景観には、似つかわしくないくすんだ色の円屋根が在った。それと同時に、湖畔を右へ迂回するように、街道が延びており、その先には、少し霞む王都の街並みが、眺望出来た。
急に、後ろを歩いていたジェリアが、立ち止まり、「ようやく、帰って来れたのですね…」と、しみじみと、感慨深げに、言葉を発した。
少し後れて、ネイルも、振り返り、「君、何だか、何年も、帰っていないような口振りだな?」と、きょとんとして、問い掛けた。何と無く、大袈裟に、聞こえたからだ。
「ええ。およそ、五年振りの里帰りですから…」と、ジェリアが、嬉々として答えた。
「なるほど」と、ネイルは、納得した。五年も故郷を離れていれば、そのような言葉が出ても、不思議ではないからだ。
「ネイル様の故郷は、どちらですの? 偶には、帰られて居られるのですか?」と、と、ジェリアが、興味津々で、尋ねた。
「俺の故郷は、ドファリーム大陸に在ったものでね。一度も、帰っていないよ」と、ネイルは、仏頂面で、素っ気無くはぐらかした。物心の付いた頃に、デヘル帝国の進軍で焼き払われて、故郷は、もう存在しないからだ。
「遠い所なのですね…」
「まあな…」と、ネイルは、淡々と答えた。そして、「そう言えば、爺さんに、君を、城に連れて行けとだけ頼まれたのだが、君は、何者なんだ?」と、話題を変えるように、問うた。故郷の事よりも、せっかく、会話が続けているので、この機に、素性を聞いておこうと思ったからだ。
「私は、ソリム国王女、ジェリア・キュリナークですわ」と、ジェリアが、さらりと、身分を明かした。そして、「信じて貰えますか?」と、真顔になった。
その途端、ネイルは、顔面蒼白で、思わず息を呑んだ。ジェリアが、王女だとすると、知らぬ事とはいえ、この数日間、無下に扱ったので、どのような罰を受けるのかと思うと、ゾッとするからだ。そして、「信じるしかないだろう…。いや、でしょうね」と、言い直した。これからは、言葉遣いにも、注意を払わなければいけないからだ。
「どうかなさいましたか?」と、ジェリアが、身を案じるかのように、問い掛けた。
「ははは…。君も、人が悪いな…。俺は、世間知らずの金持ちのお嬢様かと思っていたんですが、まさか、王女様だとは…。爺さんも、肝心な所は言わないで、気絶しちまうんですからな。ま、俺も、城と言う言葉で気が付くべきだったんですがな…」と、ネイルは、自嘲した。今頃になって、ターカルの言葉の意味を理解したからだ。そして、「き、君…。いや、ジェリア様は、何用で、ローナへ?」と、動揺した口調で、質問した。送り届ける事以外、何にも知らないからだ。
ジェリアが、急に、表情を曇らせるなり、「父が、危篤との報せで、帰国の途に就いていたのです…」と、力無く答えた。
「そうですか…」と、ネイルは、眉根を寄せながら、頷いた。思いの外、日数が掛かっているので、心配で堪らないと察したからだ。そして、「じゃあ、峠の坂道を上る途中で、行き違った暴走馬車は、ジェリア様が使ってらした物だったんですね」と、言葉を続けた。暴走馬車の謎も、合点が行って、はっきりしたからだ。
「ええ」と、ジェリアが、小さく頷いた。そして、「馬車は、どうなりましたか?」と、尋ねた。
「一直線に、道を踏み外して、真っ逆さまに落ちて行きましたよ。」と、ネイルは、淡々と語った。そして、「危うく、轢かれそうになりましたけどね…」と、苦笑いを浮かべながら、補足した。間一髪の差で、避けられたからだ。
「そうなのですか…」と、ジェリアが、理解を示した。
「ジェリア様…」と、ネイルは、背筋を伸ばして、直立するなり、「ジェリア様、知らぬ事とはいえ、数々の御無礼、申し訳ありませんでした!」と、勢い良く頭を下げて、謝罪した。自分なりに、ケジメを付けておかないと、気が済まないからだ。
「ネイル様、お顔を上げて下さい。私は、無礼を責める気なんて、更々、有りませんわ。むしろ、無事に、ここまで来られたのは、あなたのお陰ですわ。逆に、お礼を言わせて下さい。ありがとうございます」と、ジェリアは、にこやかに、礼を述べた。
その直後、ネイルは、言われるがままに、頭を上げて、苦笑した。文句の一つでも有った方が、気楽なのだが、まさか、逆に、礼を言われるとは、思わなかったからだ。そして、「ジェリア様、後少しですので、頑張りましょう」と、やんわりとした物言いで、声を掛けた。その一瞬後、背を向けた。
「はい!」と、ジェリアが、間髪容れずに、力強く返事をした。そして、右隣に並んだ。
少しして、二人は、和やかな雰囲気で、再び、歩き始めるのだった。




