三、ブヒヒ三兄弟、再襲来
三、ブヒヒ三兄弟、再襲来
ブヒヒ三兄弟の襲撃事件からの翌日の早朝、ネイルとジェリアは、ローナに向かって、麓の村を出発した。そして、順調に、距離を稼いで、昼前に、雑木林の入り口へ差し掛かった。
「君、疲れてないか?」と、ネイルは、左を向いて、歩調を合わせながら、問い掛けた。朝から、ずっと、あるき詰めだからだ。
「だ、大丈夫です…」と、ジェリアが、妙にぎこちない作り笑顔で、答えた。
「我慢をするな。ローナまでは、まだまだ、距離が有る。この雑木林を抜けてから、休憩にしよう。俺は、ローナまで、君を無傷で連れて行く責任が有るからな」
「はい…」と、ジェリアが、些か、寂しげな表情で、返答をした。
この後、二人は、会話を交わす事も無く、雑木林に、進入した。しばらくして、中程まで来た時、街道脇の身の丈まで有る草の生い茂る草むらが、無風にもかかわらないのに、不自然な動きで、ざわざわと、三ヶ所が、同時に、揺らぎだした。
ネイルは、立ち止まり、「君は、俺の傍から離れるなよ」と、一声掛けると、右手で、刀身の幅の広い剣を抜くなり、正眼に、構えた。何者がが潜んでいると、考えられるが、大体の見当は、付いているからだ。そして、「こそこそしていないで、出て来い! ブヒヒ三兄弟!」と、一歩進み出るなり、一番近場の左斜め前の草むらに向かって、怒鳴った。
「へへへ、バレちゃあしょうがないなぁ」と、すぐに、ターヤのあっけらかんとした声が、返った。
その直後、ブヒヒ三兄弟が、草むらの中を移動した。少しして、三人が、進行方向の十歩離れた先で、ほぼ揃って、横並びに、姿を現した。
「で、わざわざ、仕返しに来たのか?」と、ネイルは、顰めっ面で、見据えながら、素っ気無く問い掛けた。それ以外に、用は無いだろうからだ。
「ああ、そうだ。昨日の仕返しと、お前の後ろの嬢ちゃんを、貰いに来たんだよ」と、ターヤが、得意顔で答えた。
「へ、よく言うぜ。びびって、逃げやがったくせによ」と、ネイルは、不敵な笑みを浮かべて、皮肉った。やる前から、勝負は、決しているようなものだからだ。
「く…。あ、あの時は、油断していただけだ! 今回は、簡単に、やらせはしないぞ!」と、ターヤが、剥きになった。そして、先ずは、俺達の連携技で、お前を仕留めてやろう。ポンク、ムルン、位置に着け!」と、両隣の二人に、指示を出した。
「おう!」と、右隣の大男が、すぐに、右へ移動を始めた。
少し後れて、「うん!」と、左隣の子供のような背丈の小男も、左へ駆け出した。
その直後、二人が、再び、草むらに、身を隠した。
ネイルは、背後のジェリアを見やり、「君、少し離れてろ! あいつらの狙いは、俺だけのようだ! 俺が、奴らに倒されたら、全力で、引き返すんだぞ!」と、乱暴な口調で、促した。ジェリアを遠ざけておいた方が、戦いに集中し易いし、自分を標的にしてくれた事が、好都合だからだ。
「は、はい!」と、ジェリアが、すぐさま踵を返して、早足で、離れた。そして、緩やかな曲がり道の所で立ち止まり、振り返った。
ネイルは、確認するなり、ターヤに視線を戻した。そして、「お前達、何を企んでいるんだ? まあ、ある程度、見当は付いているけどな」と、白々しく問い掛けた。明らかに、何かを仕掛けて来ようという魂胆が見え見えなので、狼狽える必要も無いからだ。
「へ、お前が、それを知ったところで、この陣形からは、逃げられねぇよ」と、ターヤが、得意顔で、勿体振った。
「ほう。大した自信だな」と、ネイルは、右回りに、一周見回した。すると、ポンクとムルンが、ターヤと同じくらい離れた場所で、正三角形を形成するかのように、等間隔で位置に着いているのを視認した。少しして、ターヤに、再度、向き直り、「で、これから、どうするんだい?」と、かまとと振りながら、落ち着き払って、尋ねた。恐らく、三方向から一斉に、襲い掛かって来る事が、予測されるからだ。
次の瞬間、「こういう事だ!」と、ターヤが、左へ駆け出した。
その刹那、二人も、動き始めた。
ネイルは、その場に、身構えたままで、草むらから街道を横切りながら、入れ替わり立ち替わり現れるブヒヒ三兄弟の姿に、狙いを絞れないままで、翻弄されて、神経を磨り減らした。誰が、止めを刺しに来るのか、さっぱり見当が付かないからだ。
しばらくの間、ブヒヒ三兄弟が、周りをぐるぐると駆け回りながら、徐々に、範囲を狭めて来た。
突然、「今だ!」と、ターヤが、合図の声を発した。
その直後、ブヒヒ三兄弟が、七歩先の三方向から、一斉に、襲い掛かって来た。
ネイルは、偶々、正面から、両手に持った短剣を逆手にして、刃を交差させながら、低姿勢で迫り来る子供のような背丈の小男が、視界に入った。三人の中で、一番背の低い小男を踏み台にすれば、この危機を脱せると、直感的に、判断したからだ。その刹那、その方へ向かって、駆け出した。
「な、何っ!」と、子供のような背丈の小男が、驚いて、急停止をした。
ネイルは、その寸前で、勢いそのままに、構う事無く、左足で跳び上がり、右足を引っ掛けるように、顔面を、思いっきり踏みつけた。悪党に、躊躇いなど無いからだ。
その瞬間、「うぎゃあ!」と、子供のような背丈の小男が、悲鳴を発して、仰け反った。
その一瞬後、ネイルは、踏み越えて、脱出に成功した。少しして、数歩先に、しゃがむような姿勢で、左膝を着いて、着地した。その刹那、勢い余って、数歩滑った。それと同時に、背後から、鈍い音が、聞こえた。その瞬間、何事かと、すぐさま振り返った。すると、子供のような背丈の小男が、仰向けになりながら、顔に靴痕が付いた状態で、鼻血を流して気絶しており、その数歩先には、ターヤと大男が、顔を突き合わせたままで、伸びているのを、視認した。それを見て、すぐに、立ち上がり、子供のような背丈の小男へ、速やかに、歩み寄った。この好機を逃したくないからだ。そして、右側に立つなり、右足の爪先で、脇腹を軽く蹴飛ばし、「おい、起きろ!」と、間髪容れずに、命令口調で、促した。
少しして、「う~ん…」と、子供のような背丈の小男が、血塗れの豚鼻をひくつかせながら、意識を回復させた。
ネイルは、剣の切っ先を向けるなり、「おい! 目が覚めたのなら、さっさと起きろ!」と、起床を急かした。
「な、何だよ。偉そうに…!」と、子供のような背丈の小男が、上半身を、起こしながら、ぼやいた。
「減らず口は、それくらいにしろ! お前には、人質になって貰うんだからな!」と、ネイルは、中腰になって、左手で、胸ぐらを掴んだ。ジェリアを無事に、ローナまで連れて行くには、人質を確保しておいた方が、無難だからだ。そして、ジェリアの方へ視線を向けた。その直後、ジェリアを確認するなり、「君、今の内に来るんだ!」と、急かすように、呼び掛けた。ターヤ達が、気絶している内に、早く離れたいからだ。
ジェリアが、返事をするように頷いた。そして、すぐさま、早足で、歩き始めた。
それと同時に、「あいててて…」と、ターヤが、右手で、額を押さえながら、上半身を起こした。
少し後れて、「あ、兄貴ぃ。まだ、頭が、くらくらするよ…」と、大男も、頭を振って、体勢を立て直した。
「君、そこで待て!」と、ネイルは、すぐさま、停止の指示を出した。ジェリアを人質に取られては、仲間を捕らえた意味が無くなるからだ。
ジェリアが、指示通りに、数歩進んで、立ち止まった。
大男が、いち早く気が付くなり、「あ、兄貴ぃ! ムルンがぁ!」と、声を掛けた。
「ん? どうした?」と、ターヤが、その言葉の意味を理解しておらずに、振り向くなり、「ああっ!」と、驚きの声を発した。そして、少し間を置き、「お、お前! ムルンを放しやがれ!」と、語気を荒げて、要求した。
「悪いが、お前の要求には、応じられないな」と、ネイルは、素っ気無い態度で、頭を振った。取り合う気など、毛頭無いからだ。
「じゃ、じゃあ、俺の首を差し出す代わりに、二人を見逃してやってくれないか?」と、ターヤが、観念するかのように、譲歩した。
「そうだな。お前の首で手を打っても良いんだが、荷物にもなるし、何分、連れが嫌がるからなぁ」と、ネイルは、苦々しく却下した。そして、「今回は、貸しにしといてやるから、今後、俺達に、ちょっかいを出すのは、止めてくれないか?」と、提案した。ターヤの生首を持参するよりも、今回の件を貸し付けておいた方が、ジェリアを送るのに、何かと都合が良い事も有るだろうからだ。
「わ、分かった…」と、ターヤが、か細い声を発して、承諾した。
「口約束じゃあ、信用出来ないから、俺達が、雑木林を抜けるまでは、こいつには、付き合って貰うという条件付きだがな」と、ネイルは、条件を突き付けた。雑木林を抜けられれば、この先は、見通しが良くなるからだ。そして、「どうだ?」と、念押しするように、尋ねた。
「く…お前に従おう…」と、ターヤが、苦渋の決断と言うように、歯噛みをしながら、応じた。
「兄貴達…。ごめん…」と、ムルンが、か細い声で詫びた。
「君、早く来い!」と、ネイルは、ジェリアを見やり、再び、呼び掛けた。そして、ムルンへ視線を戻し、「さあ、立て!」と、その喉元へ刃を押し当てながら、強い口調で、起立を促した。その直後、自分から、先に、立ち上がった。
少し後れて、ムルンも、不本意だと言うように、顰めっ面で立ち上がった。
その間に、ジェリアも、ターヤ達の右側を無事に通過した。少しして、傍まで来た。
その途端、「お前達、そこから一歩も動くなよ。少しでも動けば、こいつの首を切り落とすからな!」と、ネイルは、牽制した。そして、「俺が、安全だと判断した場所で、こいつを解放してやる!」と、言葉を続けた。
「わ、分かった…」と、ターヤが、神妙な態度で頷いた。そして、「お前こそ、ムルンを殺りやがったら、地の果てまでも、追い掛けてやるからな…!」と、押し殺した声で、言い返した。
「そうだ! そうだ!」と、大男も、合いの手を入れた。
「お前達の言い分も、分かった。ま、何にせよ、変な気は、起こさない事だ。俺も、要らない荷物を増やしたり、後々まで付き纏われるのは、ごめんだからな」と、ネイルは、苦々しく答えた。これ以上の面倒な事は、御免だからだ。そして、右隣のジェリアを見やり、「君、先に行ってくれ」と、促した。背中を見せた途端に、襲い掛かられては、堪ったものではないからだ。
「はい」と、ジェリアが、先行して、歩き始めた。
ネイルも、そのままの体勢で、後退りをするかのように、続いた。
しばらくして、二人は、ターヤ達の追撃を受ける事無く、雑木林を抜ける事が出来た。そして、かなり進んだ所で、街道沿いに建つ道祖神の石塚の前に、差し掛かった。
ネイルは、そこで、立ち止まるなり、ムルンを突き倒した。その刹那、「おい! ここで放してやる! 今度、ちょっかいを出したら、容赦無く斬り捨てるからな!」と、追い討ちを掛けるように、脅し文句を言い放った。
ムルンが、尻餅を突きながら、呆けた顔で頷いた。
その直後、ネイルは、反転して、ジェリアを見やり、「君、今の内に、先を急ごう!」と、剣を収めながら、移動を促した。この場に留まっていては、人質を取った意味が無いからだ。
「は、はい」
ネイルとジェリアは、すぐに、振り返る事無く、早足で、先を急ぐのだった。




