エピローグ 三、ネイルの答え
エピローグ 三、ネイルの答え
ネイルは、寝台の上で、胡座をかきながら、名誉騎士の称号と共に賜ったアルバーの剣の手入れをしていた。だが、心中は、曇り一つ無い水鏡のように澄んだ刀身とは裏腹に、どんよりと曇っていた。ターカルの宿題の解答に、答えを見出だせないからだ。
突然、「ネイル様、入っても、宜しいですか?」と、扉を軽く叩く音と共に、ジェリアの声がして来た。
ネイルは、我に返り、「あ! ジェ、ジェリア様! ちょ、ちょっと待って下さい!」と、慌てて鞘へ収めて、枕元へ添えるように置いた。その刹那、裸足で飛び下りて、足早に、戸口へ歩を進めて、扉を開けた。
ジェリアが、思い詰めた顔で立っており、「ネイル様、お話が…」と、ただならぬ雰囲気で、口を開いた。
ネイルは、左へ避けるなり、「どうぞ、ジェリア様」と、入室を促した。用件は、何と無く察しているからだ。
「は、はい」と、ジェリアが、しずしずと入って来た。
「ジェリア様、その辺にでも、御掛けになって下さい」と、ネイルは、右手で寝台を指して、指示しながら、扉を閉めた。
少しして、ジェリアも、寝台へ腰を下ろした。
その間に、ネイルも、ジェリアの正面に立って、腕組みをしながら、壁にもたれた。そして、「ジェリア様の御用件は、ある程度、把握してますよ」と、やんわりとした口調で、告げた。皆まで言わなくても、夕刻に保留にしている答えを聞きたくて堪らないと言う顔つきをしているからだ。
その直後、「でしたら、話しは、早いですね。ネイル様は、どのように、お考えなんでしょうか?」と、ジェリアが、視線を逸らす事無く、率直に、問い掛けて来た。
「そうですね…」と、ネイルは、言葉を詰まらせた。少し間を置いて、「俺も、どうしたら良いのか、迷っているのですよ」と、眉間に皺を寄せながら、吐露した。自分自信でも、身の振り方を思い悩んでいるからだ。
「私は、ネイル様が、傍に居らして下さると嬉しいです。でも、私には、ネイル様を束縛する権限はありません。ネイル様が、賞金稼ぎを続けられるのでしたら、それでも構いません。ただ、寂しくなるでしょうね」と、ジェリアが、想いを訴えた。その直後、視線を落として、溜め息を吐いた。
その途端、ネイルは、体勢を立て直すなり、ジェリアの手前まで歩み寄った。そして、「ジェリア様、解りました。そして、決めました…」と、ジェリアの肩へ、そっと両手を乗せるように置いた。自分が、必要とされている事を悟ったからだ。
その瞬間、ジェリアが、徐に立ち上がり、「では…」と、不安げな顔つきで、見つめ返した。
ネイルは、微笑み掛けるなり、「俺の居場所は、ジェリア様の御側ですよ…」と、穏やかに答えた。そして、「ははは…」と、照れ笑いを浮かべながら、視線を逸らした。柄にも無い事を言ったからだ。
次の瞬間、ジェリアが、驚きと嬉しさのあまりに、両面を見開いて、口をパクつかせながら、息を呑んだ。
「ジェリア様、驚かせて、申し訳ありません!」と、ネイルは、ジェリアの過剰な反応に、慌てて詫びた。これほどまで、驚いてくれるとは思いもしなかったからだ。
その直後、ジェリアが、気にするなと言わんばかりに、懸命に、頭を振った。
「ははは…」と、ネイルは、苦笑いを浮かべた。そして、「俺は、どうやら、ジェリア様の虜になったようですね…」と、言葉を続けた。
「ネ、ネイル様ったら…」と、ジェリアが、面食らった表情で、声を発した。その直後、「か、からかわないで下さい!」と、頬を赤らめながら、顔を背けた。
「いいえ! 俺は、本気です!」と、ネイルは、ジェリアの肩から両手を離した。そして、その場に跪くなり、「あなたならば、一生、御仕えさせて頂きたいです!」と、願い出るように、申し上げた。表彰式のような場の勢いではなく、ジェリアという女性を、男として、心底、護って上げるべきだと思ったからだ。
「ネイル様、私も、あなたでしか、傍に居て頂きたくありませんわ。あなたが、賞金稼ぎや名誉騎士であろうと、私をお護りしてくれるべき方は、あなただけですから。今のネイル様の答えを聞かれれば、ターカルも、お目付け役として、残ってくれるでしょう」
「ははは、どうでしょう。何と無く、ターカルさんに、こうなるように、仕組まれた気もしますが…」と、ネイルは、明言を避けた。まるで、ターカルに、ジェリアの騎士になるように、仕組まれた気分だからだ。
「ふふ、そうかも知れませんね」
「でも、先刻の言葉に、偽りはありません。俺は、俺ですから。何なりと、御命令を」
「そうですか。では、ネイル様に、最初の命令を下します。お顔を上げて、お立ちになって下さい」
「はっ」と、ネイルは、言われるがままに立ち上がって直立するなり、ジェリアの顔を、真顔で直視した。次に、どのような命令がくだされるのか、緊張するからだ。
その直後、「ふふ、ネイル様。やっぱり、私には、命令なんて出来ませんわ」と、ジェリアが、急に、吹き出した。
「しかし、御立場が…」と、ネイルは、砕けた物言いに、困惑した。
「良いんですよ」と、ジェリアが、頭を振った。そして、「じゃあ、これで、最後の命令にします。いつものネイル様として、接して下さい」と、瞳を逸らさずに、柔和な笑みを浮かべながら、言葉を続けた。
「はい、了解しました!」と、ネイルは、即座に、力強く快諾した。やはり、いきなり、堅苦しい関係は、窮屈なだけだからだ。そして、「でも、人前では、主従関係は、きっちりとしておきましょう。身分に、格差が有るのですから」と、進言した。身分が下の自分が、表立って、王女と親しげに会話をするのも、如何なものかと思ったからだ。
「そうですね。でも、二人の時は、ジェリアとお呼び下さい」
「分かりました。ここでは、呼び捨てにします。ジェリアも、人前では、俺の事を呼び捨てにして下さい。従者に、様付けは変ですからね」
「ええ、そうしますわ…」と、ジェリアが、頷いた。その直後、身を預けるように、寄り掛かって来た。
「あ、ああ!」と、ネイルは、胸で受け止めるなり、どぎまぎした。そして、「ジェ、ジェリア、今夜の月は、いっそう綺麗だろうから、み、見よう!」と、月見に誘った。こういう展開には、些か、奥手だからだ。
「は~い」と、ジェリアが、鼻を鳴らした。
間も無く、二人は、窓辺へ移動した。
ネイルは、カーテンを開けた。その直後、絶句した。月は、雲に隠れていたからだ。
「ネイル様、真っ暗ですね」
「そうですね。ははは…」と、ネイルが、ばつが悪いと言うように、虚しく力の無い笑い声を発した。
「でも、私には、月よりも明るい未来が、見えますわ」と、ジェリアが、予言めいた言葉を発した。
「俺も、そう思います!」と、ネイルも、力強く頷いた。そんな気になって来たからだ。
少しして、二人は、互いに見つめ合うのだった。
おしまい
あらすじ(グラスト創刊記念コンテスト)
ネイルが、ジェリア達を山賊達から助けた事により、重篤のターカルから護衛を受諾。数日後、王都へ到着。だが、門番と押し問答となる。しかし、ダ・マーハ達の計らいで、入城を果たす。その夜、ジェリアの心中を知り、残留を約束する。その後、ダ・マーハ達に、手切れ金を突き付けられ、身分差を思い知る。翌朝、部屋を抜ける。だが、門番に諭され、城へ戻る。ディールの同伴で、部屋へ戻り、居合わせたジェリアが泣き付く。そこへ、ダ・マーハ達が来て、冤罪で入牢。偶然、ハリアを見つけ、真相を語る。解放後、ダ・マーハ達が来て、刑を宣告する。闘技場へ移動後、魔物と戦闘開始。暫くして、形勢が不利になり、危機に陥るが、思わぬ助っ人の参戦で、決着。直後、ダ・マーハ達に、ジェリアを誘拐。同時に、地面から塔が突出。塔へ進撃し、生還。深夜、ダ・マーハ達の根城へ赴き、ジェリアを奪還。後日、名誉騎士となる。




