エピローグ 二、ターカルの宿題
エピローグ 二、ターカルの宿題
ネイルとジェリアは、夕焼け空が色褪せて、星々が瞬き始めた頃に、麓の村へ辿り着いた。そして、入ってすぐ右側に在る宿屋の戸口に、右肩に革の肩当てをしている気品を感じさせるバニ族の年老いた男が、佇んでいた。
突然、「ああ! ジェリア様! 心配しましたよ! もう少し明るい時間に、御着きになられて下さらないと…!」と、バニ族の年老いた男が、苦言を呈しながら、歩み寄って来た。
ジェリアも、バニ族の年老いた男へ、小走りで近寄り、「ターカル、心配掛けてすみません…」と、神妙な態度で詫びながら、一歩手前で立ち止まった。
少し後れて、ネイルも、ジェリアの左隣に立った。
その直後、「あなたが、ネイル殿ですか?」と、ターカルが、きょとんとした顔で、初対面のように、問い掛けて来た。
「ええ…?」と、ネイルは、拍子抜けした顔で、小さく頷いた。そして、「どうやら、俺の顔は、覚えていないみたいだな。まあ、あの状態じゃあ、覚えている方が無理だろうな」と、溜め息混じりに、言葉を続けた。ブヒヒ三兄弟の襲撃を受けた日は、虫の息で、一方的に、ジェリアを送って欲しいと、頼まれた後、気を失われたからだ。
「ははは。申し訳無い…」と、ターカルが、苦笑しながら、頭を下げて陳謝した。少しして、急に背筋を伸ばして畏まり、「ネイル殿、この度は、ジェリア様を送り届けて貰ったのみならず。国に仇成す者共まで退治して頂き、私めも、遅ればせながら、礼を申し上げます!」と、先刻よりも、深々と頭を下げて、礼を述べた。
「あ、頭を上げてくれ!」
「これだけでは、私めの気が済みません。何卒、礼をさせて下さい!」と、ターカルが、頭を下げたままで、返答した。
「ネイル様、ターカルの気持ちを酌んでやって下さい。こうなると、ターカルも、頑固ですから…」
その直後、ターカルが、顔を上げるなり、「ジェリア様、頑固とは、何です!」と、語気を荒らげた。
次の瞬間、「ヒッ…!」と、ジェリアが、面食らった表情で、肩を竦めて、萎縮した。
「ターカルさん、大きな声を出すから、ジェリア様が、怯えちゃいましたよ」
「いやぁ~。頑固と言われると、誰彼と無く、声が、大きくなっちゃって…。ははは…」と、苦笑した。そして、「ジェリア様、御無礼を、申し訳ございません…」と、右手を額に当てながら、平謝りした。
「いいえ。私も、配慮が足らないで、怒らせる事を言ってしまって、ごめんなさい…」と、ジェリアも、小さく頭を振って、謝罪した。
「いえいえ。私めが、至らないのでございます」
「おいおい、二人共。もう、そのくらいで良いんじゃないのか?」と、ネイルは、口を挟んだ。止めに入ってやらないと、この会話が、延々と続きそうだからだ。
「そ、そうですな」と、ターカルが、苦笑した。
「そうですね」と、ジェリアも、同意した。
突然、「ネイル殿、実のところ、今後の身の振り方は、決めて居られるのかな?」と、ターカルが、問うた。
「いや、まだ、はっきりとは…」と、ネイルは、いきなりの質問に、口ごもった。場の雰囲気で言ったものの、ジェリアのそばに居るべきか、ソリム国を出て、賞金稼ぎに戻るか、決めかねていたからだ。
「ほほほ、そうか。私めといたしましては、ジェリア様の御側に、ずっと居らして頂きたいのですが…」と、ターカルが、希望を述べた。その直後、「今回の件で、ジェリア様を護り切れないと痛感させられましたから…」と、自責の念にかられて、視線を落とした。
「不意を突かれたから、その、何と言うか…」と、ネイルは、言葉を詰まらせた。傷付けないような言葉が、出なかったからだ。
ターカルが、ゆっくりと頭を振り、「ネイル殿、気を遣わんで下され。老いている事が、余計に、惨めに思えて来るので…」と、自分が惨めだと言うように、嘆いた。
「ターカル、あなたが、体を張って守ってくれただけでも、十分ですわ。自分を責めるのは、止めなさい」と、ジェリアが、窘めた。
「そうですよ。あなたは、傷付きながら、ジェリア様を、お護りしたではありませんか。気落ちする事なんてないですよ。自分には、真似出来ませんからね」
「そう言われると、照れますよ。ははは…。これ以上は、この年寄りをからかわないで下され」と、ターカルが、自嘲した。
「いいえ。役職を辞めると仰るのでしたら、言い続けますよ!」と、ネイルは、強気に出た。丸投げは、ごめんだからだ。
「ジェ、ジェリア様、助けて下され」と、ターカルが、すがるように、助けを求めた。
「私も、ネイル様と同じ気持ちです。大声を出せる元気が有るのですから、辞めないで下さい」と、ジェリアも、ターカルを見据えたままで、慰留を促した。
「じゃあ、ネイル殿が、ジェリア様の騎士として残られるのであれば、私めも、役職を続ける事を考えましょう。名誉騎士でも、立派な騎士ですから」と、ターカルが、含み笑いをしながら、交換条件を提示して来た。
ネイルは、ターカルの思わぬ振りに、困惑してしまった。果たして、自分が、ジェリアの傍に居る事に値するのか、迷いが有ったからだ。
「どうじゃ? 私めは、名誉騎士のネイル殿とならば、ジェリア様を御護りする自信も湧いて来るもんじゃ。しかし、賞金稼ぎに戻られるのであれば、私めも、不本意ながら、御役御免じゃ」と、ターカルが、答えを迫って来た。
「ちょ、ちょっと! 今じゃないといけないのか?」と、ネイルは、苦い顔で、問い掛けた。今すぐに出せるような答えじゃないからだ。
「ほほほ。迷って居られますな。これは、今宵の宿題としておきましょう。明日の朝、お答えを聞かせて貰いますよ。それに、長旅で御疲れのジェリア様を、これ以上、玄関先に立たせておく訳にはいきませんので…」
「ははは、そうですね」と、ネイルは、安堵の表情で、相槌を打った。人生を決する選択を、そう易々とは決められるものではないからだ。そして、ジェリアを見やり、「ジェリア様、参りましょう」と、誤魔化すように、声を掛けた。間が持たないからだ。
「はい…」と、ジェリアが、釈然としない感じで、表情を曇らせながら、返事をした。
少しして、ネイル達は、宿へ入るのだった。




