エピローグ 一、また会おう
エピローグ 一、また会おう
表彰式から一ヶ月が経過し、ネイル、ジェリア、ブヒヒ三兄弟は、ターカルからの快報を受けて、峠の麓の村へ向かっていた。そして、ローナを発ってから二日目の昼下がりに、ブヒヒ三兄弟と二度目に戦った雑木林を、峠の側に抜けた所だった。
突然、「おい、ちょっと、待ってくれねぇか?」と、後ろを歩く、ターヤが、呼び止めて来た。
その直後、ネイルとジェリアは、共に歩を止めて、同時に、振り返った。
「どうしたんだ?」と、ネイルは、ターヤを見据えながら、問い掛けた。いきなり、何事かと思ったからだ。
「へへ、俺達は、ここで抜けさせて貰う事にするよ」
「どうして?」
「へ、野暮な事は聞くな!」と、ターヤが、含み笑いをした。
「兄貴はぁ、賞金稼ぎと王女様の邪魔をしたくないってぇ、言ってるんだよぉ!」と、ポンクが、ターヤの気持ちを、大声で代弁した。
次の瞬間、ターヤが、瞬く間に、顔を赤く染めた。
「賞金稼ぎ、ターヤ兄貴の気持ちを察して上げてよ」と、ムルンも、言葉を被せた。
「お、お前ら!」と、ターヤが、激昂して、右手を振り上げた。
「おいおい。図星を突かれたからって、剥きになる事はないだろう」と、ネイルは、溜め息混じりに、指摘した。ここまで来て、余計な気を遣われるのも、迷惑な話だからだ。そして、右隣のジェリアを見やり、「ジェリア様、別に、三人が居ても、気になりませんよね?」と、同意を求めるように、尋ねた。
「ええ。むしろ、道中が賑やかで、楽しいですわ。麓の宿まででも、ご一緒して下さい」と、ジェリアが、にこやかに、ブヒヒ三兄弟へ願い出た。
「そ、それは…、出来ねぇ…」と、ターヤが、
頑なな態度で、声を絞り出した。そして、「俺達も、ここまで、王女様と一緒に居られて、楽しかったよ。でも、ここでお別れだと決めたんだよ…」と、力み出すように、言葉を続けた。
「そうですか…」と、ジェリアが、兎の耳を前に垂らして、しょんぼりとなった。
「ジェリア様を悲しませるような事を言っちゃあいけないじゃないか!」
「賞金稼ぎ、俺達は、この国で、安穏と暮らしてちゃあいけないんだよ! 王様のお陰で、お尋ね者にはならなくなったけど、俺達の悪事は消えねぇからな。罪の精算って言うか、色々と思う所が有るんだよ!」と、ターヤが、思い詰めた表情で、吐露した。
「しかし…」と、ネイルは、ターヤの真剣な眼差しに、次の言葉が出なかった。これまでの罪の贖罪以外にも、何か強い意志が感じられたからだ。
「賞金稼ぎ、王女様、止めたって無駄だぜ。俺達は、茨の道を歩いて行く事を決めたんだ」
「止める気なんて無いさ。お前達が、この国を出て行くという事は、確かに、茨の道だ。俺とジェリア様に、それを止める権利は無いからな」
「そうですね。私も、あなた方が、真っ当な道を歩まれるのでしたら、ここで見送らせて頂きますわ」と、ジェリアも、兎の耳を直立させながら、賛同した。そして、「手を差し出して下さい」と、促した。
「こ、こうか?」と、ターヤが、手水をするように、両手を合わせながら、差し出した。
ジェリアが、顔を向けて来るなり、「ネイル様、餞別を」と、指示して来た。
「え?」と、ネイルは、面食らった顔をした。そのような持ち合わせは無いからだ。
「路銀を全部差し上げて下さい」と、ジェリアが、にこやかに告げた。
「は、はあ…」と、ネイルは、冴えない表情で、ターヤの正面へ進み出るなり、右手で、白い布を懐から取り出した。大盤振る舞いも良いところだからだ。そして、気持ちを割り切り、「ジェリア様の御心遣いだ」と、仏頂面で、それを、ターヤの手の平の上に乗せた。ターヤ達が立ち直る為ならば、全部くれてやっても、安いものだと思ったからだ。
その直後、「こ、こんなに…!」と、ターヤが、信じられない面持ちで言った。
「不服か?」
「不服?」と、ターヤが、慌てて頭を振り、「馬鹿を言うな! これだけ有れば、十分過ぎるくらいだぜ!」と、小躍りしながら歓喜した。
「兄貴ぃ、これでぇ、しばらくぅ、贅沢な食事が出来るぜぇ!」
「ポンク、お前は、食う事だけだな!」と、ターヤが、布袋を右手で握り締めながら、ツッコミを入れた。そして、「だが、この金は、王女様が与えて下さった真っ当な道へ戻る路銀だ。もう一度、料理人になれるように、頑張ろうじゃねぇか!」と、意気揚々に、言葉を続けた。
「そうだよ。一人前になって、王女様に来て貰えるような店を構えないとね」
「でもぉ、おで達ぃ、やって行けるんだろうかぁ…」
「当ったり前だ! 何が有ろうと、三人でなら乗り越えられる筈だ! やる前から出来ねぇなんてぬかすな!」と、ターヤが、ポンクの不安を吹き飛ばすかのように、怒鳴りつけた。
「そうだよ。やって行けるじゃなく、やって行かなくちゃあいかないんだよ!」
「んだんだ。でも、ゲオがぁ、抜ける事を許してくれるだろうかぁ?」
「まず、あのオヤジは、許してくれないだろうねぇ」と、ムルンが、あっけらかんと答えた。そして、「まあ、抜けられるには、法外な大金を要求して来るか、ボコボコにされるかだろうな。あの人、そういうところは厳しいからねぇ」と、困り顔で、溜め息を吐いた。そして、「それに、このまま話をつけないでずらかっても、地の果てまで追い掛けて来るくらい執念深いよ。ミュールとか言う猫耳族の娘の件が、良い例だからねぇ」と、呆れ気味に、言葉を続けた。
「んだんだ。あれはぁ、異常だぁ!」と、ポンクも、力強く頷いた。
「俺様は、もう懲り懲りだぜ。猫耳族の娘の連れのメギネ族の爆炎魔法を食らうのはな」と、ターヤが、うんざりした表情で、身震いした。
「んだんだ。あの魔法はぁ、強烈だったよぉ」と、ポンクも、大きく頷いた。
「そうだね。あれを食らって、二、三日は、体中がヒリヒリして、満足に歩けなかったからね。この先、あのオヤジ連中に関わってても、おいら達が、大怪我させられるだけだからね。まあ、その前からうんざりしていたんだけどね」と、ムルンも、不満を漏らした。
「そう言う事だからこそ、悪の元を断つという意味で、ゲオ達と決別をしてやるんだよ! そもそも、俺達が、山賊や使いっ走りをやるように仕向けたのは、あのオヤジの仕組んだ事なんだからな。それこそ、王様達に、本気で討伐されちまうってもんよ」と、ターヤが、息巻いて、決意表明をした。
「おいおい。お前達で、勝手に決着をつけようとしているんだ? ここには、強い味方が居るんだぜ」と、ネイルは、ターヤ達の会話に割って入り、含み笑いをしながら、仄めかした。
「賞金稼ぎ、何だ?」と、ターヤが、怪訝な顔をした。
「お前らには、少々、借りが有るから、良い事を教えてやろうかと思ってな」と、ネイルは、勿体振った。気付いていない様子だからだ。
「けっ! 余計なお世話だってんだよ! これは、俺様達の問題だ!」と、ターヤが、啖呵を切った。そして、「まあ、俺達で、何とか解決してみせるさ。協力して欲しい時は、頼むわ」と、穏やかな口調に切り替えて、言葉を続けた。
「分かったよ」と、ネイルは、溜め息混じりに、承諾した。並々ならぬ決意を感じたからだ。
ジェリアも、右隣に来た。そして、両手で、ターヤの両手を包み込むように、握るなり、「いつでも頼って来て下さいね。私達やこの国は、あなた方を歓迎しますので」と、にこやかに告げた。
「お、おう…」と、ターヤが、頬を赤らめながら、はにかんだ。
次の瞬間、「あぁ! 兄貴ぃ、照れてるぅ!」と、ポンクが、右手で指しながら、冷やかした。
「ポンク兄貴、余計な事を言っちゃあ駄目だよ! ターヤ兄貴と王女様が、良い雰囲気なんだから!」と、ムルンも、わざとらしい注意をした。
その刹那、ターヤが、振り返り、「お・ま・え・らぁ~」と、声を押し殺して、激昂した。
「兄貴を怒らせちゃったよぉ! 逃げろぉ!」
「ポンク兄貴の所為だよ! おいらだって、とばっちりは、ごめんだよ!」
ポンクとムルンが、踵を返して、瞬く間に、林の中へ姿を消した。
ターヤが、向き直り、「けっ! 無駄口と逃げ足だけは、一人前だからな…」と、溜め息混じりに言った。
「ははは。見事なとんずらだな。まあ、何だかんだ言っても、お前らは、息が合っているな」
「そうですね」と、ジェリアも、手を離しながら、同調した。
「あいつら、俺に、恥をかかせやがって…。後で、とっちめてやる!」と、ターヤが、憮然として、ぼやいた。
「ほどほどにしとけよ」
「へ、分かってらぁ! ここで、お前とのんびり話もして居られねぇから、あいつらの後を追うぜ!」と、ターヤが、背を向けるなり、「じゃあな! また会おう!」と、右手を上げた。その直後、瞬時に駆け出した。やがて、林の中へ消えて行った。
「ジェリア様、賑やかな連中が行ってしまって、静かになりましたね」と、ネイルは、雑木林を見据えたままで、語り掛けた。寂しがって居ると思ったからだ。
「ネイル様、お三方が居なくなられたのは寂しいですが、私には、あなたが居れば、十分です」と、ジェリアが、しんみりした表情で、意味深長な言葉を発した。
次の瞬間、ネイルは、思わず息を呑んだ。ジェリアにとって、自分が必要とされている事を認識したからだ。そして、先刻の言葉がショックで、ジェリアの方を向けなかった。
しばらく、二人は、無言のままで、ターヤ達を見送るように、佇むのだった。




