一七、名誉騎士ネイル
一七、名誉騎士ネイル
ローナの動乱から五日後の朝。
城下町では平静を取り戻し、本日、闘技場で執り行われるジェリアの帰還とネイル達の活躍の功績を称える式典の話で、持ち切りとなっていた。
ネイル達は、式典が始まるまでの間、闘場の城側の入場口で待たされていた。
「ははは。また、ここに来るとは思いもしなかったよ」と、ネイルは、自嘲気味に、苦々しく言った。五日前は、罪人としてだが、今は、英雄として居るからだ。
「へ、皮肉なものだな。山賊の俺達が、表彰だなんてな。恥ずかしくて、今すぐずらかりたいくらいだぜ」と、ターヤが、居心地悪そうに、悪態をついた。
「んだんだ。おで達にはぁ、相応しくない場所なんだなぁ」と、ポンクも、同調した。
「お前達、王様の厚意を受けずに、立ち去ろうと言うのか? ならば、自分が、この場で叩き斬ってやろうか? 反逆罪に匹敵するくらいの狼藉だからな」と、ディールが、殺気立った。そして、右手を腰の左側に差している長剣の柄に、持って行った。
「兄貴達、この騎士さん、本気みたいだよ。おいらは、素直に表彰を受けるべきだと思うよ」と、ムルンが、助言した。
「けっ! ブヒヒ三兄弟が…表彰か…」と、ターヤが、観念するように、言葉を詰まらせた。
「んだんだ。王女様を襲ったんだからなぁ。表彰じゃなくてぇ、お咎めかもなぁ」と、ポンクが、神妙な態度で、不安を吐露した。
「でも、結果的に、国と王女様を助けちゃったんだからね。どっちに転がるか、判らないよ」と、ムルンが、取り成した。
「ははは、皮肉なものだな。まあ、俺と一緒に観念して、式典に参加するんだな」と、ネイルは、あっけらかんと言った。ジェリアを送り届けるだけだったのが、英雄として表彰される事になるとは、運命の皮肉な巡り合わせを痛感したからだ。
「へ、賞金稼ぎが寂しがっているから、付き合ってやるとするか」と、ターヤが、照れ臭そうに、言った。
その直後、「ふぅー」と、ディールが、大きく息を吐いた。そして、「国を救ってくれた者が、一人でも欠けると、自分だけでなく、王様も、恥をかく事になるんですからね。まあ、良かった、良かった」と、安堵した。
ネイルは、はっとなり、「確かに、その通りだな。王様の立場までは、考えてなかったよ」と、口にした。辞退する事は、王の面子を潰す事になるからだ。
そこへ、「ディール様、式典の準備が出来ましたので、御入場をお願いします」と、バルーブが、落とし格子の向こう側から知らせた。
その直後、ディールが、落とし格子の方を振り向き、「分かった」と、返事をした。そして、向き直り、「では、参りましょうか…」と、声を掛けて来た。
「ああ」と、ネイルは、小さく頷いた。
「おう!」
「んだ」
「うん」
少し後れて、ブヒヒ三兄弟も、揃って返事をした。
ディールが、背を向けるなり、落とし格子の左手前のバニ族の兵士を見やった。そして、「上げてくれ」と、指示した。
「はい!」と、バニ族の兵士が、返事をするなり、鎖を引き始めた。しばらくして、落とし格子を最上部まで上げた。そして、「どうぞ、御通り下さい」と、促した。
ディールが、振り向くなり、「では、参りましょう」と、一声掛けた。そして、闘場へ向き直り、先立って、入場した。
少し後れて、ネイル達も、続いて入場した。
その途端、所々ひび割れて綻んだ防護壁越しに集まっている民衆が、歓声を発した。
行く手には、兵士達が、二人分の間を取って向かい合いながら、剣を斜めに掲げて、瓦礫の撤去された闘場の中央まで、街路樹のように、整然と並んでいた。
間も無く、ネイル達は、その間に設置された遊歩道のように敷かれた絨毯に踏み込んだ。しばらくして、通り抜けると、兵士と絨毯が途切れ、闘場の中央に出た。数歩先に、青い布を被せた立ち台が有った。
その上に、様々な色の宝石が装飾された黄金の王冠を被り、赤を基調とした金糸と銀糸で刺繍された眩い衣装とマントを纏ったハリアが、立っていた。
その左脇には、銀製のサークレットを額まで被り、縫い目に沿って、赤い小粒の宝石が、ちりばめられた白のドレスを着たジェリアが、居た。
間も無く、ディールが、立ち台の三歩手前で立ち止まって跪くなり、「王様、ネイル殿、ターヤ殿、ポンク殿、ムルン殿を連れて参りました」と、厳かな口調で、告げた。
その間に、ネイル達も、ディールの真似をするように、後れながらも、慌てて跪いた。
「うむ、苦しゅうない。皆の者、面を上げい」と、ハリアが、促した。
その直後、ネイル達は、ハリアの顔を見上げた。
「近衛騎士ディールとこの国に、縁の無い者共よ。今度の命懸けの働きは、見事であった。二人の謀反人共を追い払った上に、我が娘ジェリアと民を救ってくれた事に、この国の代表として、礼を申す。これより、褒美を申し渡すので、呼ばれし者は、各自、わしの前に来るように」と、ハリアが、謝辞を述べた。そして、「では、ディールよ、前へ」と、続け様に、呼んだ。
その瞬間、「はは」と、ディールが、ぎこちない動きで立ち上がり、一歩進み出て、足を揃えた。
「ディールよ。今回の働きの褒美として、我がローナ近衛騎士から、近衛騎士長に昇格を申し渡す」と、ハリアが、声高らかに、告げた。
「有り難き幸せ! 申し渡しを、拝命します!」と、ディールが、恭しく頭を下げた。
「下がれ」
「はい」と、ディールが、直立しながら、元の位置に、後退りするなり、すぐに跪いた。
「ネイルよ、前へ」と、ハリアに、呼ばれた。
「はい!」と、ネイルは、力強く返事をして立ち上がり、ディールの右側を迂回した。そして、ハリアの正面に立つなり、目配せするように、ジェリアの表情を一瞥した。次の瞬間、視線が合ってしまったので、ハリアへ、すぐに視線を戻した。一瞬、驚いたからだ。
その途端、「ネイルよ、余所者のそなたを、今回の騒動に巻き込んだ事を申し訳無くおもう…。その上、謀反人共を国から追い出し、娘のジェリアを救ってくれた事に対し、王ではなく、一人の父親として、礼を述べさせて貰う。わしは、父親としては無力だが、王の権限で、ソリム国名誉騎士の称号を送らせて貰うとしよう。この国では、騎士として振る舞うが良い。ジェリアよ、ネイルに、例の物を」と、ハリアが、指示した。
「はい」と、ジェリアが、返事をし、後ろを向いたかと思うと、すぐに向き直った。そして、両腕に、肌理の細かい紺の布に包まれた細長い物を乗せながら、ハリアの左斜め前に立って、差し出した。
「うむ」と、ハリアが、力強く頷いて、受け取った。
ジェリアが、しずしずと元の位置まで戻った。
その直後、ハリアが、左手で、布を剥ぎ取った。次の瞬間、一振りの銀色の鞘に収められた真新しい柄の剣が、現れた。
その途端、ネイルは、思わず見惚れた。これほどの高価そうな剣を、初めて目にしたからだ。
「ネイルよ。これ、ネイル!」
「は、はい!」と、ネイルは、我に返って、苦笑した。そして、慌てて、ハリアへ視線を戻した。
「ネイルよ。これより、そなたに、この剣を授けよう。さあ、両手をこれへ」
「はい」と、ネイルは、手の平を上に向けて、両腕をすけるように差し伸べた。その直後、剣を乗せられるなり、「おお」と、大きく目を見開いた。先日まで使っていた幅広の剣よりも、遥かに軽いからだ。
「ほっほっほ。驚いたか? 称号だけでは申し訳無いんで、称号に負けない素材の剣を送らせて貰う事にしたのじゃ。中身の剣の方は、まだ出来ておらんが、鞘と同じ素材じゃよ」
「王様、銀製の剣なのですか?」
ハリアが、頭を振り、「色は銀だが、重さや切れ味は、銀とは違うぞ!」と、得意顔で答えた。
「では、何でしょうか?」
「アルバーじゃよ」
その刹那、「そ、そんな! 滅相も無い! 受け取れません!」と、ネイルは、素材の正体を知るなり、慌てて、突き返した。一粒で、一国の数年分の予算に匹敵するくらい価値の有る超希少金属だからだ。
「ほっほっほ。遠慮は要らんよ。お前は、それに見合う働きをしたんじゃ。これ以上、わしに、恥を掻かさんでくれ…」と、ハリアも、苦笑しながら突き戻して来た。
「はあ…。分かりました…」と、ネイルは、表情を曇らせながら受け取った。一国の王に恥を掻かせてまで拒否するのも、気が引けたからだ。
次の瞬間、ハリアが、満足げに、にんマリとした。そして、「では、下がるが良い」と、満面の笑顔で告げた。
ネイルは、恭しく一礼をして、速やかに後退した。そして、ディールから一歩下がった所で、腰を落として、跪いた。
その直後、「最後に、ブヒヒ族の者共よ、来るが良い」と、ハリアが、呼び掛けた。
「へへへ、やっと俺達の出番か…」
「ふわぁ~。おで、居眠りしていたよぉ~」
「兄貴達、あんまり期待しない方が、良いと思うよ」と、ムルンが、諌めた。
少しして、ターヤを先頭に、三人が、悠然と進み出て、ハリアの前で立ち止まった。
ターヤが、真正面で、腕組みをした。
その右隣に、ポンクが、のっそりと立ち、ターヤの左隣には、ムルンが、直立した。
「ブヒヒ族の者共よ。お前達の素性を、ネイルから聞かせて貰った。何でも、国境の峠を根城にしておる賞金首だそうじゃな。そこを通る者やジェリア一行を襲撃した際に、乱暴狼藉の数々を働いておったそうではないか! その罪は重い!」と、ハリアが、厳かな口調で、言った。
ターヤが、微動だにしなかった。そして、「分かってますよ。王様に言われなくても、そんな事は…」と、観念するかのように、落ち着き払った態度で答えた。その刹那、平伏すように、土下座をするなり、「王様! 俺は、この場で打ち首にされても構わねぇ! 弟達は、何とか許してやって欲しい!」と、額を地面に擦り付けながら、嘆願した。
ポンクも、慌てて跪くなり、「お、おでも死刑で良いですからぁ、ムルンだけでもぉ、助けてやって下せぇ!」と、減刑を願い出た。
ムルンも、進み出るなり、「王様、おいらも、兄貴達と同様に裁いて下さい! 同じ悪事を働いて、自分だけが、生き残るのは、不公平ですから!」と、懇願した。
その瞬間、ハリアが、三人の必死な様子に、にやにやと笑みを浮かべるなり、「はっはっはっはっはっ!」と、声高に、笑いだした。そして、「お、お前ら、ははは! 早とちりせずに、ははは! わしの話を、ははは! 最後まで聞くんじゃ、ははは!」と、大笑いしながら、途切れ途切れに、説明をした。
「へ?」
「んだ?」
「え?」
ターヤ達が、狐に摘ままれた表情で、互いに顔を見合わせた。
「すまん、すまん。お前らが、急に深刻に申し出て来るもので、思わず吹いてしまったわい」と、ハリアが、苦笑しながら陳謝した。
「王様、どう言う事か説明してくれよ…。ポンクでも、理解出来るように…」
「んだんだ」と、ポンクも、相槌を打った。その直後、「兄貴ぃ、一言多いよぉ!」と、乗りツッコミをした。
「分かった」と、ハリアが、小さく頷いた。そして、「つまり、犯した罪を咎めて、極刑に処するのは、簡単な事じゃが、経緯はどうあれ、この国の危機を救う事に貢献した者共を、無下に、刑を執行するというのも、どうかという事で、我がソリム国法務協議会では、無罪放免という結論を出した。しかし、今後、この国で、一度でも蛮行を働いた場合は、速やかに討伐隊を差し向けて、草の根を分けてでも捜し出して、討伐するからな」と、柔和な笑みを浮かべながら、脅し混じりの結論を述べた。
「分かりやした」
「へへぇ」
「痛み入ります」
ブヒヒ三兄弟が、寛大な処置に感服するように、揃って平伏した。
「うう…。王様、何と、御心の広い…」と、ディールが、感動のあまりに、肩を震わせながら、啜り泣き始めた。
「これ! 泣くでない!」と、ハリアが、窘めた。
「ず、ずびばぜん…」と、ディールが、涙声で詫びた。
次の瞬間、場内が、笑いに包まれた。
しばらくして、「こ、これにて、式を終了とする!」と、ハリアが、声高らかに、宣言した。
その直後、民衆が、四方から歓声を興した。そして、一斉に、防護壁を乗り越えて、瞬く間に、場内に押し寄せた。
間も無く、ネイル達は、その大波のような人の流れに、瞬時に飲み込まれた。
少しして、ネイルは、胴上げをされている事に、気が付いた。しかし、現状では、波間に漂う流木のように、身を任せるしか無かった。そして、右側には、ジェリアも、同じように、胴上げをされているのを視認した。
やがて、ネイルとジェリアは、導かれるように、引き寄せられた。そして、互いの手を握り合う事が出来た。その途端、頃合いを見図らうかのように、足下へ次々と、階段のように、複数の手をすけられた。間も無く、石畳に、舞い下りるように、下り立った。その直後、見つめ合った。
その間に、民衆も、取り囲んで、動きを止めた。
ネイルは、真顔になり、「ジェリア様、あなたを一生涯、御護りします!」と、告白した。これが、精一杯の思いつく言葉だからだ。
その刹那、「はい!」と、ジェリアが、満面の笑顔で返事をした。
その瞬間、民衆が、拍手喝采で、公認するのだった。




