一六、とっとと行け!
一六、とっとと行け!
船は、無事に、浮き島へ接岸した。
その直後、ネイル達は、バルーブを残して、ターヤを先頭に、連なりながら、速やかに上陸した。そして、草むらの中の道無き道を進んだ。
しばらくして、ターヤが、急に歩を止めた。
ネイルも、つられて足を止めた。そして、「どうした?」と、すかさず、耳打ちするように、問い掛けた。暗闇で前方の様子が、判らないからだ。
「この扉の向こう側から、不思議な臭いがして来る」と、ターヤが、振り返らずに、小声で答えた。
「ネイル殿、この先が、王様の言っていた神殿だと言う事になりますね」と、ディールも、確認するかのように、囁いた。
「恐らくな…」と、ネイルは、短く答えた。その直後、いつでも抜けるようにと、右手を、背中の幅広い刀身の剣の柄に移した。突入すれば、否応無しで、戦闘は、必至だからだ。そして、「準備は、良いぜ」と、戦闘態勢が取れた事を告げた。
「自分も、心構えは出来てますよ」と、ディールが、些か、上擦った声で言った。
「へ、じゃあ、開けるぜ」と、ターヤが、両側へ押し開けた。次の瞬間、闇を切り裂くように、ぼんやりとした紫色の明かりが、広がった。少しして、扉が開き切った。
その直後、三人の眼前には、三方向の壁に埋め込まれた無数の紫光石によって、陰鬱で薄気味悪い密閉空間が、照らされていた。そして、正面奥の横長の石台の上に、ジェリアが、仰向けに、寝かされていた。その手前には、ダ・マーハとネデ・リムシーが、待ち構えていたと言わんばかりに、向かい合う形で、並び立っていた。
「やはり、ここまで来たか…」と、ダ・マーハが、些か、呆れた表情で、口を開いた。
「大した余裕だな! まるで、俺達を待ち兼ねたような口振りじゃねぇか!」と、ターヤが、すぐさま言い返した。
「余裕か…」と、ダ・マーハが、溜め息を吐いた。そして、「余裕などではない。儀式を確実に遂行する為の準備に過ぎんよ。私は、心配性なもので、邪魔者を排斥しないと、集中出来ないのだよ」と、おどけながら、言葉を続けた。
ネイルは、ターヤの左隣に進み出るなり、「お前達が、やろうとしている事を見逃す事は、出来ん! それに、ジェリア様を、お前達の復讐の道具にさせる訳にはいかない!」と、剣を抜いて、中断に構えた。過去の因縁で、ジェリアの命が奪われる事など、有ってはならない事からだ。
「復讐? 我らに、そのようなものなど関係無い。ハリアが、昔話と我らを勝手に関連付けただけの話だ。それに、負けた者の遺志など、我らには、知った事ではない。死んでしまえば、それまでだからな」と、ダ・マーハが、素っ気無く答えた。
ディールも、ターヤの右隣へ立つなり、「ダ・マーハ! ネデ・リムシー! よくも、謀ってくれたな! 王様に代わって、成敗してくれる!」と、威勢良く言い放った。
「ほぉ。威勢の良い事だな。上の者に、ただ従うだけの男が…。ククク…、笑わせてくれる…。聞いたか? ネデ・リムシーよ」と、ダ・マーハが、愉快そうに、腹を抱えながら、嘲笑した。
「ダ・マーハよ、この者達は、モヤシーダや魔塔を破って来た強者だ。侮っていると、命を落とす事になるかも知れないぞ」と、ネデ・リムシーが、注意した。
「そうじゃったな。本気で相手をしないと、殺られてしまうかも知れんからな」と、ダ・マーハが、表情を引き締めた。
「向こうさん、どうやら、その気になったみたいだぜ」と、ターヤが、身構えた。
「ダ・マーハよ、奴らの相手は、私がする。貴殿は、儀式を始めてくれ」と、ネデ・リムシーが、その場から浮上を始めた。そして、天井すれすれの場所で、滞空した。
その瞬間、「上から人を見下ろす事が、好きな奴だぜ! 気に入らねぇな」と、ターヤが、嫌悪した。
「確かに、安全な場所から攻撃しようというのは、陰険な奴のする事だな」と、ネイルも、賛同した。いけ好かないのはもっともだからだ。
「ネイル殿、お役に立てるかどうか分かりませんが、我が弓術と王様より託された紅蓮の弓で、援護致しますので、儀式を止めて下さい!」と、ディールが、申し出た。
「賞金稼ぎ、騎士さんが、ああ言っているんだから、行こうぜ!」
ネイルは、ターヤを見やり、「ああ!」と、勿論だと言うように、力強く頷いた。言われるまでも無いからだ。そして、「行くぞ!」と、踏み入った。
その途端、「行かせん!」と、ネデ・リムシーが、右手を突き出すなり、精神を集中させる動作をしないで、火球魔法を発動させた。次の瞬間、雨のように、無数の火球を断続的に降らせた。
ネイルは、咄嗟に、手前で立ち止まり、跳びすさった。思った以上の魔法の使い手だからだ。そして、立ち尽くした。
少し後れて、ターヤも、左隣に来るなり、「ちっ! これじゃあ、一歩も動けねぇじゃねぇか!」と、語気を荒げた。
そこへ、「自分の出番ですね」と、ディールが、ディールが、待ってましたと言うように、ターヤの右側から、一歩進み出た。そして、左手に、紅蓮の弓を持って、斜め上に構えながら、右手で、弦を引き絞った。少しして、見る見る内に、炎の矢が、黄金色の眩い光を帯びた。
ネデ・リムシーも、火球を放つのを止めるなり、すぐに、両手を胸の前で、向かい合わせた。そして、瞬く間に、炎の矢と同じくらいの明るさの黄白色の火球を作り出した。
間も無く、二人が、同時に、攻撃を繰り出した。次の瞬間、炎の矢と火球が、空中で衝突した。一瞬後、真夏の陽射しのような眩い光が生じた。その刹那、酷暑のような熱波が起こった。
その直後、ネイル達は、あまりの暑さに耐えきれずに、反転して、外へ飛び出した。そして、神殿内の明かりが、ぎりぎりで届く所まで、後退した。
その間に、炎の矢と火球も、相殺されて、熱波も治まった。
「ふうー。焼け死ぬかと思ったぜぇ」と、ターヤが、左の手の甲で、額の汗を拭いながら、大きく息を吐いた。
「確かにな」と、ネイルも、頷いた。これ以上の強い魔力同士の衝突をすれば、次は、ターヤの言うように、黒焦げになる事は、必至だからだ。そして、「まず、あの魔法をどうするかだ…」と、眉間に皺を寄せた。
ディールが、神殿を振り返り、「そうですね。しかし、あの高さに対抗する術は、この弓以外に、有りませんし…」と、言葉を詰まらせた。
突然、「ネデ・リムシー! 私まで、焼き殺す気か! 遊んでおらんで、さっさと奴らを仕留めろ!」と、ダ・マーハの怒りの声が、奥から聞こえた。
「どうやら、次が、勝負になりそうだな」と、ネイルは、直感した。ダ・マーハの言葉からして、向こうも、かなりの打撃を受けたようだからだ。そして、「ネデ・リムシーも、魔力を抑えるだろう。だが、あいつの下は、絶対に、通らなければならないがな…」と、苦い顔をした。突入しても、火球の雨の中を突っ走るのは、困難だからだ。
「賞金稼ぎ、何か良い知恵でも有るのか?」と、ターヤが、頼るかのように、問い掛けて来た。
「いいや。何とも言えんな」と、ネイルは、押し殺した声で、答えた。空中戦は、想定外だからだ。そして、「ネデ・リムシーを空中で動けなくさせれば…」と、何気に呟いた。溜めの時間が稼げれば、通り抜けられるかも知れないからだ。
「先刻の矢を放つ振りならば、自分にも出来ます! 自分が、囮になっても構いませんよ」と、ディールが、申し出た。
「しかし、あの火球の直撃を食らうと、間違い無く消し炭だぞ!」
「ははは。一度は、あの塔の崩落で、落とし掛けた命です。お役に立てるのならば、本望です!」と、ディールが、気丈に答えた。
「賞金稼ぎ、騎士さんが、膝を震わせながら、申し出ているんだ。他に方法が無いのなら、囮役をやって貰うほかないぜ」と、ターヤが、支持した。
「ああ。しかし、このまま行っても、ネデ・リムシーが、一撃で始末する為に、魔法を放とうと、待ち構えているだろう。俺が、先に入って初弾を撃たせるから、その後で、牽制してくれ」と、ネイルは、先陣を切る事を告げた。今頃は、自分達を消し去れるくらいの火球を作り出して、待ち構えていると、想像が出来るからだ。
「分かりました。自分が、牽制しておけば、ネデ・リムシーも、迂闊に、魔法は放てないという事ですね。儀式の阻止をして、ジェリア様を、御救いする事が、本来の目的ですからね」と、ディールが、承諾した。
「確かに、数の上では、俺達の方が多いからな。上から目線野郎をぶん殴れねぇのは気に入らねぇが、あの見下し野郎をぶん殴れるのなら、良いか…!」と、ターヤが、奮い立った。
「よし、決まりだ! 行動開始だ!」と、ネイルは、すぐさま行動に移った。そして、再び、神殿内に、踏み入った。その途端、頭上より、燈色の眩い光が、飛来した。次の瞬間、考えるよりも先に、右へ跳んだ。予想通りの火球魔法だと判断したからだ。そして、間一髪の差で、回避した。一瞬後、火球が、石床に当たり、表面を瞬く間に、白く変色させた。少しして、元の状態になった。
「ほう、我が策を見抜いていたとはな…。だが、次は無い!」と、ネデ・リムシーが、精神集中を始めた。そして、見る見る火球を膨らませた。
「そこまでだ!」と、ディールが、先刻と同じくらいの光を放つ炎の矢を準備した紅蓮の弓を構えながら、進入した。
少し後れて、ターヤも、入って来た。そして、「賞金稼ぎ、上から目線野郎は、騎士さんに任せておいて、見下し野郎をぶっ飛ばそうぜ!」と、すたすたと歩を進めた。
「ああ」と、ネイルも、すぐに続いた。これで、安心して行けるからだ。
間も無く、二人が、ネデ・リムシーの下に差し掛かった。
突然、「させん!」と、ネデ・リムシーが、ディールを見据えたままで、左手から、火球の雨を降らせて、行く手を阻んだ。
「ち! またかよ!」と、ターヤが、すぐに、後退した。
「やはり、駄目か…」と、ネイルも、仕方無く後ずさった。ネデ・リムシーが、こうも魔法を使いこなすとは、思いもしなかったからだ。
少しして、二人は、ディールの手前まで後戻りした。
「となると、もう一工夫必要ですね」と、ディールが、見据えたままで、提言した。
「騎士さんよ、もう一工夫って言ってもなぁ」と、ターヤが、打つ手が無いと言うように、ぼやいた。
ネイルは、ターヤを見やり、「おい、俺を、あいつの所まで、放り上げる事は出来るか?」と、問うた。ターヤの力と自分の跳躍力を合わせれば、ネデ・リムシーの位置まで到達出来そうな気がするからだ。
「賞金稼ぎ、出来ねぇ事もねぇが…。下手すりゃ、お前は、上から目線野郎の格好の的だぜ…」
「それは、百も承知だ。しかし、あいつの所まで跳んで行って、倒す以外に、方法は無い…」と、ネイルは、視線を逸らさずに告げた。言われるまでも無く、覚悟の上で、一太刀でも浴びせてやりたいからだ。
「ち、しょうがねぇな。ま、それしか方法が無さそうだしな」と、ターヤが、根負けするように、了承した。そして、「おい、賞金稼ぎ、少し下がって居ろ」と、促した。
「ああ」と、ネイルは、小さく頷いた。そして、十歩程引き返した所で、向き直った。すると、ターヤが、右膝を着いた状態で、両手を組み合わせてすけるようにしながら、両腕を伸ばして身構えて居るのを視認した。
「賞金稼ぎ! 上から目線野郎に、意地を見せてやれ!」と、ターヤが、叫んだ。
「分かった!」と、ネイルは、すぐさま返答した。その直後、助走の為、更に、数歩後退した。そして、ターヤに向かって、まっしぐらに駆け出した。少しして、寸前まで接近した時、右足で、石床を軽く蹴って跳躍した。一瞬後、ターヤの組み合わせている両手の手首の上に、左足を乗せた。
次の瞬間、ターヤが、持ち上げるように、振り上げるなり、「行きやがれ! 賞金稼ぎ!」と、絶叫した。
その間に、ネイルも、顔を上げた。その直後、ネデ・リムシーを視界に捉えた。そして、ターヤの手首を蹴って、更に、加速した。その瞬間、飛躍的に急上昇をして、瞬く間に、距離を詰めた。
ネデ・リムシーが、急遽右手を差し向けるなり、「消えろ!」と、準備していた燦々と白く輝く火球を放って来た。
ネイルは、咄嗟に、前面に持って来るなり、刀身を面積の広い鎬の面へ構え直した。空中では、真っ向から受け止める以外に、術は無いからだ。一瞬後、火球を受け止めた。その刹那、その場所から赤みを帯びて、融解を目の当たりにした。そして、咄嗟に、右手で剣を振るって、払い除けた。間も無く、右の壁へ直撃するなり、小爆発を起こした。少しして、そのままの体勢で、勢い余って、ネデ・リムシーと衝突した。その途端、組み合ったままで落下した。やがて、ジェリアが、寝かされている石台を越えて着地した。その直後、形振り構わずに、起き上がって馬乗りになり、「覚悟しろ!」と、両手で、剣を逆さまに持ち替えて、喉元へ突き立てようとした。この距離で魔法を放たれたら、一巻の終わりだからだ。
少し早く、「私の…負けだ…。好きに…しろ…」と、ネデ・リムシーが、あっさりと敗北宣言をした。
ネイルは、寸前の所で、剣を止めた。そして、我に返り、これじゃあ、どの道、止めを刺すことは、無理だな…」と、剣を引いた。刀身の切っ先から中程までが、折れて無くなっていたからだ。その刹那、剣を捨てて立ち上がり、ネデ・リムシーの上から退いた。
少し後れて、ネデ・リムシーも、起き上がり、「どういうつもりだ?」と、説明を求めるかのように、問い掛けて来た。
「勝負は付いたから、無益な殺生はしたくないだけだ」と、ネイルは、素っ気無く答えた。ジェリアも、このような結果を望んでいないと思ったからだ。
「それでは、理由になっていない! ここからでも、すぐに、貴様を焼き尽くせる火球を作り出す事が、出来るのだぞ!」と、ネデ・リムシーが、語気を荒げた。
「距離と時間が有ればの話だけどな。でも、あいつらが、距離を詰めている筈だからな」と、ネイルは、左手の親指で、後ろを指した。二人が、すでに、駆け付けて来ていると考えられるからだ。そして、「お前達の儀式は、終わりだ。俺達を見くびっていたのが、仇となったようだな」と、落ち着き払って、言葉を続けた。火球を作り出すまでに、飛び掛かれる距離だからだ。
「なるほどな」と、ネデ・リムシーが、理解を示した。
「ダ・マーハにも、止めるように言ってくれないか?」と、ネイルは、要請した。ネデ・リムシーから言って貰った方が、意固地にならずに、引っ込みが付くと思ったからだ。
「分かった…」と、ネデ・リムシーが、承諾した。そして、立ち上がり、石台に向かって歩を進めた。間も無く、左隣で立ち止まった。
少し後れて、ネイルも、石台へ振り向いた。すると、石台越しに、ダ・マーハが、横たわるジェリアへ呪文を唱えて居るのを視認した。
「ダ・マーハよ、我らの負けだ…。儀式は…、中止だ…」と、ネデ・リムシーが、淡々と声を掛けた。
ダ・マーハが、呪文を唱えるのを止めるなり、「何を言う! ここまでしておいて止められるか! この娘だけでも、道連れにしてやる!」と、眼を血走らせながら、駄々をこねるように、語気を荒げた。その直後、儀式を再開した。
そこへ、「いい加減にしろ!」と、ターヤの怒声が、割って入った。
一瞬後、「うっ!」と、ダ・マーハが、顔を顰めて、左腕を押さえた。そして、すぐに、儀式を中断した。その刹那、振り返り、「お、おのれぇ~!」と、怒りを露にした。
「ダ・マーハ、その傷では、集中出来まい。現実を受け入れろ!」と、ネデ・リムシーが、一喝した。そして、「ここは、今後の為にも、退くべきだ…」と、無念そうに、提言した。
「く…!」と、ダ・マーハが、歯噛みした。
「そう言う事だ。俺達の気が変わらない内にな」と、ネイルは、ダ・マーハを見据えたままで、怒りを抑えながら、静かな口調で言った。これまでの事を考えれば、今すぐにでも、殴り掛かりたいくらいの腹立たしさが有るのだが、ジェリアの手前、暴力を振るいたくないからだ。
「くくく…。良いだろう。ここでの事は、予行演習に過ぎんからな。生け贄は、バニ族の娘じゃなくとも、幾らでも居るからな。ここは、ネデ・リムシーに免じて、退くとしよう…。あと、一言だけ言っておいてやろう…」と、ダ・マーハが、勿体振った。
「何だ? 負け惜しみか?」と、ネイルは、冷やかした。
「フハハハ。残念だが、違うな」と、ダ・マーハが、声高に笑いながら、否定した。
「言いたい事が有るのなら、とっとと言いやがれ!」と、ターヤが、語気を荒げて急かした。
「その娘には、禁呪を施してあるので、もう二度と、動く事も、話す事も出来んよ。このまま衰弱して、死を待つだけだよ」と、ダ・マーハが、告知した。
「くっ…! 何という事を…!」と、ネイルは、激昂した。その直後、「だったら、早く解け!」と、怒鳴った。術を解ける者は、施術者だけだからだ。
「それは、無理だな。掛ける事は出来ても、解く事は出来んからな。だから、禁呪と申すんだよ」と、ダ・マーハが、澄まし顔で、答えた。そして、「これ以上の話は、時間の無駄じゃ。ネデ・リムシーよ、行くぞ」と、呼び掛けた。
「承知!」と、ネデ・リムシーが、即答した。
「とっとと行け!」と、ネイルは、ぶちまけるように、がなった。怒りで、気が変になりそうだからだ。
「ふん。言われなくても、そうするよ」と、ダ・マーハも、無愛想に、言い返した。そして、「うっ!」と、顔を顰めて、右手で、左腕の短剣を抜いて、投げ捨てた。
その直後、二人の姿が、瞬時に消えた。
少しして、ターヤとディールが、石台の向かい側に、詰めよって来た。
「賞金稼ぎ! どうして、止めを刺さなかったんだよ!」と、ターヤが、鼻息荒く詰った。
「そうですよ! ネイル殿!」と、ディールも、ターヤの右隣から不満顔で、息巻いて同調した。
「悪いな。お前達の気持ちは、解るが、俺は、ジェリア様の前で、いくら憎い相手でも、殺めたりしたくないんだよ。それに、ジェリア様も、それを望んじゃいないだろうし…」と、ネイルは、表情を曇らせながら、説明した。二人の言い分も、間違ってはいないのだが、ジェリアならば、峠の時のように、見逃すだろうと想像したからだ。
「確かに、お嬢ちゃんなら、見逃すかも知れないな。酷い事をした俺達でさえ、庇ってくれたんだからな」と、ターヤが、理解を示した。
「信じられません…」と、ディールが、有り得ないと言うように、頭を振った。
ターヤが、ディールを見やり、「騎士さん、あんたは、信じられないかも知れないけれど、俺が、この場に居られるのは、お嬢ちゃんのお陰なんだ。これだけは、紛れもない事実だぜ」と、ターヤが、諭した。その直後、左手で、目頭を押さえながら、天井を仰ぐなり、「くそぉ! お嬢ちゃんが、一生、このままだなんて…。あんまりだあああああ!」と、絶叫した。
「自分が、気を付けていれば、このような事にならなかったのに…」と、ディールも、沈痛な表情で、肩を震わせながら、自分を責めた。
「ちっ! 考えが甘かったか…」と、ネイルは、ジェリアを見つめたままで、言葉を詰まらせた。元の状態に戻せない無力な自分が、情けないからだ。そして、左腕をジェリアの背中にすけて、上半身を起こした。その直後、「ジェリア様、申し訳ありません…」と、謝罪の言葉を発した。詫びる事くらいしか思い付かないからだ。
「見ていて、切なくなっちまうぜ…。うぐ…!」と、ターヤが、鼻水を垂らしながら、泣き始めた。
少し後れて、「自分が、もう少し、あの二人に意見する勇気を持っていれば…。ぐっ…!」と、ディールも、啜り泣きだした。
「へへへ。騎士さんよ、あんた、意外に涙脆いんだな…」
「お前こそ…! 涙を流す山賊なんて、初めて見るぞ!」
突然、ネイルは、ある考えが閃いた。おとぎ話に出て来る定番の方法で、禁呪を解く事が出来るかも知れないと思ったからだ。その瞬間、「二人共、すまないが、外に出て行って貰えないだろうか?」と、退室を提言した。そして、間髪容れずに、「ちょっと、試してみたい事が、有るんでね」と、奥歯に物の挟まった言い方をした。おとぎ話の定番を実行するには、ジェリアと二人きりになった方が、やり易いからだ。
「賞金稼ぎ! まさか、お嬢ちゃんを助けられないからって、変な気を起こしたんじゃないだろうな!」と、ターヤが、語気を荒げた。
「そうですよ! ネイル殿、早まった事は、お止め下さい!」と、ディールも、同調した。
「おいおい。勘違いするなよ。俺は、ジェリア様を助けようと思っているんだぜ。お前らの方が、物騒な事を考えているんじゃないのか? ただ、ちょっとな…」と、ネイルは、言葉を濁した。口にするには、恥ずかしいからだ。そして、「出来れば、俺を信じてくれないかな…?」と、言葉を続けた。
「俺は、賞金稼ぎを信じよう。お嬢ちゃんを助ける為には、俺らが居ると、気まずいのかも知れねぇな」
「ネイル殿、ジェリア様に、如何わしい事でもなさる気ですか?」
「騎士さんよ、野暮な事を聞くんじゃねぇぜ。あんたにとっては如何わしい事かも知れねぇが、賞金稼ぎにとっては、お嬢ちゃんを助ける為の手段かも知れねぇんだからな。俺らは、大人しく外で待たせて貰うとしようぜ」と、ターヤが、含み笑いをしながら、取り成した。そして、「右手で、ディールの左腕を掴んだ。
「ぐ…。分かりました。では、ジェリア様をお願いします…」と、ディールも、ようやく折れた。
間も無く、ターヤとディールが、反転するなり、足並みを揃えて、出口へ向かった。少しして、外へ出て行った。そして、すぐに扉が閉じた。
その途端、ネイルは、ジェリアに視線を戻した。そして、生気の無い瞳を見つめながら、固唾を呑んだ。これから、ジェリアの初めてかも知れない唇に、触れるからだ。しばらくして、意を決して、ジェリアの瞳から目を逸らさずに、左腕で抱き寄せるなり、接吻した。次の瞬間、生気の無かった瞳に、変化が生じた。その直後、唇を離して、表情を窺った。
少しして、ジェリアが、徐々に、瞳を動かし始めた。やがて、ゆっくりと瞬きを始めた。
その瞬間、「ジェリア…様…?」と、ネイルは、思わず、呼び掛けた。何らかの反応が有ると思ったからだ。
少しの間を置いて、ジェリアが、池の魚のように、口をパクパクと動かし始めた。
ネイルは、口元へ、左耳を近付けた。何かを訴え掛けているような気がしたからだ。
その直後、「ネ…イ…ル…様…」と、ジェリアが、微かな声を発した。一瞬後、組み付いて来た。
その刹那、「うわ!」と、ネイルは、驚きの声を発した。不意を突かれたからだ。
「こ、怖かった!」と、ジェリアが、ようやく、しっかりした口調で、聞き取れる言葉を吐いた。
ネイルは、抱き締めるなり、「もう、大丈夫ですよ。奴らは、もう、居ませんから…」と、穏やかな口調で、告げた。今は、落ち着かせる事が、先決だからだ。そして、顔へ視線を移すなり、「これからは、あなたを全力で、御護りさせて頂きます!」と、言葉を続けた。ジェリアに、この先の人生を委ねるのも、悪くはないと思ったからだ。
「ネイル様、嬉しいです!」と、ジェリアが、安堵の笑みを浮かべた。そして、唇を近付けて来た。
ネイルは、素直に、唇で受け止めた。自分に対する素直な気持ちだと判断したからだ。
しばらくして、ジェリアが、唇を離した。そして、「ネイル様…、ありがとうございます…」と、感極まって、今にも泣き出しそうな表情で、礼を述べた。
「え? いや! その…」と、ネイルは、戸惑った。接吻されて、礼まで言われるとは、思いもしなかったからだ。そして、「ジェリア様の唇を汚してしまい申し訳ございません…」と、陳謝した。他に言葉が、思い浮かばなかったからだ。
「ネイル様、何を仰られるのですか? 私は、あなたの接吻のお陰で、ダ・マーハの呪縛から解放されたのですよ。あなたでなければ、このような奇跡は、起こらなかったわ…。あなたが、元に戻してくれたのです!」と、ジェリアが、視線を逸らす事無く、熱っぽく語った。
「お、俺は、おとぎ話の定番を試したまでです…。他に、方法が思い付きませんでしたから…」と、ネイルは、顔を赤らめながら、苦笑した。上手く行った反面、照れ臭さも有ったからだ。
「そうですか…。ネイル様は、色んな事をご存知なのですね…。そのお話を、今度、お聞かせ下さいね…」
「はい! ジェリア様っ!」と、ネイルは、強い調子で、返事をした。そして、「ジェリア様、そろそろ、ここを出ましょう。ディール達を、外で待たせてますから」と、進言した。長居をしていても、二人に、邪推をさせるだけだからだ。
「分かりましたわ」と、ジェリアが、腕を離した。
少し後れて、ネイルも、離した。そして、「ジェリア様、立てますか?」と、気遣った。まだ、本調子ではないと察したからだ。
その直後、「ええ…。何とか…」と、ジェリアが、気丈に答えて、石台を下りようとした。その矢先、「あっ!」と、均衡を崩して、寄り掛かって来た。
次の瞬間、「おっと!」と、ネイルは、咄嗟に、左腕で抱き止めた。そして、「どうやら、まだ、無理みたいですね」と、告げた。その刹那、右腕を、ジェリアの両膝に潜らせるなり、「よっと!」と、声を発して、抱え上げた。
「ネ、ネイル様! 自分で歩けます!」と、ジェリアが、照れ臭そうに、申し出た。
「ジェリア様、御遠慮なさらずに。まだ、術の影響が残っているのでしょう」と、ネイルは、何食わぬ顔で、見解を述べた。術が解けたばかりなので、ジェリアの体が元の状態に戻るには、しばらく時間が掛かると考えるべきだからだ。そして、「今は、自分を頼ってくれても良いのですよ」と、穏やかな口調で、申し出た。頼って貰うのも、満更でもないからだ。
「はい、お願いします…」と、ジェリアが、素直に返事をした。そして、甘えるように、身体を預けて来た。
「では、参りましょう」と、ネイルは、微笑み掛けた。そして、移動を始めた。
少しして、二人は、石台の左側を迂回した。間も無く、扉の前に差し掛かった。
突然、扉が全開となった。
その直後、ターヤが、前のめりで、転がり込んで来た。そして、「へへへ…」と、ばつの悪そうに、上目遣いで、苦笑した。
少し後れて、「だから、覗き行為は、止めろと言ったんだ…」と、ディールが、呆れ顔で、言った。
ターヤが、振り返り、「へ、騎士さんもすかしているけど、本当のところは、中の様子が、気になって仕方が無かったんじゃないのか? 妙に、そわそわと落ち着かない様子だったぜ」と、言い返した。
「な、何を! わ、私は、気になどしていない! いい加減な事を言うな!」と、ディールが、語気を荒げて反論した。
「もう、どっちでも良いよ。話の決着は、王様の前でしようじゃないか。ジェリア様も、御疲れだからさ」と、ネイルは、溜め息混じりに、提言した。ここでの言い争いは、無意味だからだ。
「騎士さんよ、賞金稼ぎの言う通り、話の決着は、帰ってからだ!」と、ターヤが、立ち上がりながら、挑戦的に言った。
「望むところだ!」と、ディールも、すぐに応じた。
ターヤとディールが、睨み合いながら、歩を進めだした。
「あいつら…」と、ネイルは、溜め息を吐いた。まだ、一騒動有りそうだからだ。
少しして、ネイル達は、神殿を後にした。




