一四、ローナの因縁
一四、ローナの因縁
夜になり、ネイル達は、城の地下牢の一番奥の房で、車座になって、小休止していた。先刻の大蝙蝠の襲撃により、城のほとんどの場所が、怪我人や避難して来た者達で、溢れかえっている為、仕方無く、この場に落ち着いているのだった。
「やれやれ。また、ここに戻って来るとは、思わなかったぜ」と、ネイルは、溜め息を吐いた。ここには、何かと縁が有るような気がしたからだ。
「俺達も、こんな形で入牢するとは、思いもしなかったぜ」と、ターヤも、同調した。
「兄貴ぃ、何れはぁ、ここで暮らす事になるかも知れないからぁ、下見をしておこうぜぇ」
「ポ、ポンク! てめえ!」と、ターヤが、語気を荒げて、右隣のポンクに、殴り掛かろうとした。
「ひいっ!」と、ポンクが、咄嗟に、首を竦めた。
その途端、「止めい!」と、ハリアが、一喝した。そして、「お前らが、牢で暮らそうが、どうしようが、今は、そのような事は、どうでも良い! 今は、あやつらの行方とジェリアの安否が、気掛かりじゃ…」と、不安な気持ちを吐露した。
「そうだったな…」と、ターヤが、神妙な態度となった。そして、「すまねぇ…」と、詫びて、元の場所に戻った。
その瞬間、「ふうー」と、ポンクが、助かったと言うように、安堵した。
「王様、あの二人は、何故に、王様を病人扱いにして、別の場所へ監禁したり、ジェリア様を拐かしたりと、何が目的なんでしょうか?」と、ディールが、小首を傾いだ。
「我が一族の根絶やしを企んでいたのかも知れないな…」と、ハリアが、顔色一つ変えずに、示唆した。
ネイルは、眉間に皺を寄せるなり、「それは、どう言う事ですか?」と、すぐさま問い掛けた。根絶やしと言われても、さっぱりだからだ。
「そうですね。自分も、ネイル殿の仰られる通り、釈然としません。奴らのやり方が、妙に、回りくどいもので…」と、ディールも、冴えない表情で、口添えした。
「そうじゃのう。わしの考えが正しければ、あの二人は、約百年前の邪教徒の生き残りなのかもしれんな…」と、ハリアが、可能性を述べた。
「百年前の生き残りって言やあ、もうヨボヨホの年寄りだろう!」と、ターヤが、素っ頓狂な声で、指摘した。
「確かに。でも、あいつらは、遥かに、若い顔立ちでしたよ!」と、ネイルも、すかさず口添えした。ダ・マーハとネデ・リムシーが、百年も生きているようには、見えなかったからだ。
「わしも、監禁されるまでは、あの二人を人間だと思っておったのじゃ。だが、ダ・マーハが、百年前の話を持ち出し、自らを魔族と名乗ったんじゃ」と、ハリアが、淡々と語った。
「確かに、自己申告しない限り、人間にしか見えないですね」と、ネイルは、頷いた。自分も、二人は、不気味な雰囲気を漂わせる人間にしか見えなかったからだ。
「つまり、王様に取り入る為に、種族を偽って、空席だったラミーの司教と宮廷魔導師に就けた訳ですね。道理で、ソリム国の魔術師組合の頂点に立たれる方々が考えた超難問の採用試験を、一度で合格されるのですからね。まあ、魔族ならば、造作も無い事でしょうね」と、ディールが、納得した。そして、「あの二人が合格した時は、ローナだけでなく、ソリム国中が、大騒ぎでしたからね」と、当時を思い返すように、言葉を続けた。
「ディールよ、それは、言い過ぎじゃ。確かに、二人の合格は、騒ぎにはなったが、それは、少しの間だけのものじゃ。下々の者達に、直接の影響が有る訳ではないのじゃからな」と、ハリアが、窘めた。そして、「話を元に戻すのじゃが、百年前と言えば、我が祖父が、この国を統治しておった時代。ローナの東に広がる湖の浮き島に、突如として、奇妙な神殿が、現れおった。陸地からかなり離れており、祖父も、あまり気に掛けておらんかった。しかし、神殿が、出現したのを境に、湖の水が、次第に、濁りだし、やがて、夥しい数の魚が、同時に、死に始めたんじゃよ。そして、遂には、ローナに、疫病が流行る始末。祖父は、神殿と災厄に関係が有ると察して、綿密な調査をしたんじゃ。その末、邪神ゲヒカラを崇拝する魔族が、おかしな研究をしている事を突き止めたんじゃ。その直後、討伐を命じ、殲滅をしたんじゃよ。その後、湖の水も澄んで行き、瞬く間に、疫病も根絶して、現在に至る訳じゃがのう」と、歴史を語った。その刹那、「奴らめ! 人に害を成しておいて、逆怨みも、甚だしい!」と、怒りを露にした。
「難問を易々と解けるくらいの賢さが有るのに、どうして、この奥の部屋に、王様を監禁していたのでしょうかねぇ。もっと、手際良くやれそうなものでしょうけど…。どうも、釈然としませんが…」と、ネイルは、小首を傾いだ。国を乗っ取る気になれば、こんな回りくどい事をしなくても、簡単に奪いそうなものだからだ。
「民の反感を買ってまで、乗っ取るよりも、わしらを、病気や不慮の事故などの理由で殺してから、合法的に乗っ取った方が、印象も悪くならんじゃろう。それに、誰も疑わんだろうし、民も納得するであろう。しかし、ここからは、憶測じゃが、あやつらが、このような暴挙に出たのは、誤算が生じたからではないかのう?」
「王様、誤算と申しますと?」と、ネイルは、きょとんとして尋ねた。どうも、しっくり来ないからだ。
「奴らの誤算は、ネイルが、ジェリアを連れて帰った事じゃないかのう? あやつらの計画通りなら、誰一人、戻って来ない事になっていた筈じゃからな」
「なるほど。だから、ダ・マーハは、ネイル殿を強引に、罪人に仕立て上げて、モヤシーダと戦わせようとしていたのですね。やり方が、乱暴だと思いましたよ。ジェリア様に、気に入られているネイル殿が、目障りだったのでしょうね。悪巧みが、露見しかねないですから、焦っていたのかも知れませんね。これで、合点が行きます」と、ディールが、ダ・マーハの奇行に、納得した。
「俺達だって、王家の馬車だと知っていたら、絶対に襲わなかったぜ。無防備な金持ちの馬車だと思ったから、襲ったまでだ」
「王家の馬車だったらぁ、返り討ちに遭っちゃうからねぇ」と、ポンクが、間髪容れずに、口を挟んだ。「でもぉ、お忍びにしてもぉ、あの馬車はぁ、目立ち過ぎだったなぁ」と、言葉を続けた。
「そうだな。護衛を付けずに、わざわざ山賊の居る峠を往復するのも、不自然な話だな。ジェリア様を送迎するのならば、騎士の一人や二人は、居てもおかしくないのに、何故か、爺さんや若い従者と御者だけだったな。俺が、間に合わなければ、ジェリア様は、どうなっていたか…」と、ネイルは、今頃になって、震えが来た。ブヒヒ三兄弟が、連れ去った後だと思うと、ゾッとしたからだ。
「しかし、俺達は、お嬢ちゃんが居なければ、賞金稼ぎに、殺られていただろうな…。酷い目に遭わせた俺達を…」と、ターヤが、言葉を詰まらせた。
「なるほど。お前達は、そう言う経緯が有ったのか。わしも、お前の弟に助けられておるから、今回のジェリアに対する狼藉は、不問とする。じゃが、これまでの悪行三昧は、許されるべき事ではない。近々、討伐隊を、国境の峠へ差し向けようと思っておったが、手間が、省けたわい」
「あ、兄貴ぃ~」と、ポンクが、不安がった。
「へ、ポンク、覚悟を決めろ。どうせ、俺達のして来た事は、消えやしない。まあ、遅かれ早かれ、死刑になるのは、判っていたんだ。今更、びびるこたぁねぇぜ」と、ターヤが、ハリアを見据えながら、毅然とした態度で、言ってのけた。
「ははは。確かに、普通ならば、間違い無く、極刑は免れないじゃろう。しかし、超法規的措置により、ダ・マーハとネデ・リムシーの討伐とジェリアの救出を命じる。活躍如何によっては、減刑も有り得るからのう。それに、城の騎士や兵士共は、事態の収拾で、手が回らんじゃろうからな。お前達、行ってくれるな?」と、ハリアが、意思確認をした。
「それなら、お安い御用だと言いてぇところだが、一つお願い出来ねぇかな?」と、ターヤが、いつに無く低姿勢で、申し出た。
「何じゃ? 申してみい」と、ハリアが、促した。
ターヤが、ハリアに向かって、正座をして、平伏すように、土下座をした。そして、「討伐は、兄弟を代表して、俺だけと言うのは、駄目かなぁ…? ムルンは、動ける状態じゃねぇし、ポンクだって、連れて行っても、奴らの的にされるだけだ。お願いだ! 俺が、全ての責任を負うから、勝手な頼みとは、分かっているが、弟達を見逃してくれ!」と、懇願した。
「そうじゃのう。わしも、そなたの弟に助けられたからのう。そなたの言葉を聞き入れるとしよう」と、ハリアが、承諾した。
ターヤが、顔を上げるなり、「あ、ありがてぇ!」と、歓喜の声を発した。
「いちいち顔に出る奴じゃのう」と、ハリアが、目を細めた。
「ところで、王様。奴らの居場所に、心当たりでも有るんですか?」と、ディールが、尋ねた。
「うむ」と、ハリアが、力強く頷いた。そして、「わしは、湖の浮き島に、残っておる廃れたゲヒカラ教の神殿じゃと思っておるのじゃがな。ジェリアを連れ去ったという事は、何かしらの利用価値が有るのじゃろう。身代金の要求の方が、マシなくらいじゃがのう。しかし、奴らの場合は、金品目的とは違うのじゃろう。魔族や邪教を信心する奴の考える事など、理解出来んからのう。厄介な事じゃ…」と、表情を曇らせながら、言葉を続けた。
「まあ、奴らからして、ジェリア様の利用価値と言えば…」と、ネイルは、息を呑んで、言葉を詰まらせた。ハリアの前で、ジェリアの処遇を言うのは、酷な話だからだ。
「ネイル、構わんよ。わしも、お主と同じ考えじゃからのう。申してみい」と、ハリアが、気丈に、促した。
「へ、生け贄って事だろう。俺達なら、お嬢ちゃんを売って、金に換えるけど、身代金を要求して来ない奴のする事なら、そこいら辺が、妥当なんじゃないのか?」と、ターヤが、代弁するように、はっきりと言った。そして、「だろ? 賞金稼ぎ?」と、確認するように、同意を求めて来た。
「ああ。その通りだ…」と、ネイルは、冴えない顔で、すんなりと頷いた。言いたい事を言われてしまったからだ。
「王様、二人が、本性を表した以上、ジェリア様が…」
「ディールよ、皆まで言うな。今宵が勝負なのは、理解しておる」
「今すぐにでも、そこへ乗り込みますよ!」と、ディールが、意気込んだ。
ハリアが、左隣のディールを見やり、「ディール、そなたの心遣いは嬉しいが、しばしの休息を取れ。疲れを残したままでは、満足に動けぬからのう」と、労いの言葉を掛けた。
「王様、有り難き御言葉。身に余る光栄です…」と、ディールが、感激した。
「大げさじゃのう」と、ハリアが、苦笑した。
「王様よう、島へ渡るには、船が必要だろ? そこら辺は、どうするんだ?」と、ターヤが、不安顔で、尋ねた。
「祖父が、奇襲作戦の際に用いた地下の洞穴が在る筈なんじゃが。百年も昔の物じゃから、どうなっておるのやら、判らんのう」と、ハリアが、自信無さげに答えた。
「ちっ、当てにならねぇな」と、ターヤが、ぼやいた。
「危険を承知で、船を使って、浮き島まで行くしかないですね」と、ディールが、仕方が無いと言うように、溜め息を吐いた。
「王様、ひょっとして、今夜は、闇夜じゃないのですか?」と、ネイルは、確認するかのように、問い掛けた。生け贄の儀式を行うのならば、闇の力の増す月明かりの差さない夜を好むものだと考えられるからだ。
「うむ」と、ハリアが、頷いた。そして、「そう言えば、今宵は、闇夜の日じゃのう」と、同調した。
「船で行くには、好機かも知れないな」と、ネイルは、含み笑いをした。闇に紛れて行けば、気付かれずに、急襲出来るかも知れないからだ。
「何だよ! 薄気味悪い! 賞金稼ぎ、ちゃんと話せよ!」と、ターヤが、説明を求めた。
「つまり、月明かりが無いという事は、連中にも見えないという事だ。俺達が、大きな音を立てなければという条件付きだけどな」と、ネイルは、考えを述べた。あくまで、船で行く前提での話だからだ。
「でも、我々も、前が見えないんじゃあ、ネイル殿の案は、却下ですよ」と、ディールが、すぐさま、異を唱えた。
「見えないのなら、俺様が、自慢の鼻で、嗅ぎ分けながら進むだけよ! 臭いに、明るい暗いなんて、関係無いからな!」と、ターヤが、得意げに、申し出た。
「確かに、ブヒヒ族のお前の鼻ならば、上手く行くかも知れないな」と、ネイルは、賛同した。ターヤの鼻が、目の代わりになってくれる事で、暗闇の中でも、進む事が出来るようになるからだ。
「決まりじゃのう」
「ははは。そうですね」と、ディールが、苦笑いしながら、同調した。
「お前達は、深夜の刻まで休むと良いじゃろう。わしが、それなりに準備をしておくでのう」と、ハリアが、準備係を買って出た。
「おでもぉ、兄貴にぃ、付いて行けないのならぁ、王様の手伝いをぉ、させて貰うよぉ」と、ポンクも、申し出た。
ターヤが、ポンクを見やり、「へ、お前の好きにしろ」と、穏やかに、声を掛けた。
その瞬間、「あ、ありがとう! 兄貴ぃ!」と、ポンクが、全身で喜びを表すように、抱き付いた。
その刹那、「あ、暑苦しいから! 離れろ!」と、ターヤが、慌てて拒絶した。
「良いじゃないか。抱かれてやれよ。それに、お似合いだぜ」と、ネイルは、ニヤニヤしながら、冷やかした。ターヤの慌てっぷりが、滑稽だからだ。
「賞金稼ぎ、覚えてろよ!」と、ターヤが、語気を荒げた。
「ハハハ!」と、ネイルは、高らかに笑った。
「フォフォフォ!」と、ハリアも、つられるように、笑い声を発した。
「フフフ」と、ディールも、含み笑いをした。
ネイル達は、二人のじゃれ合う様子を、笑顔で見守るのだった。




