一二、塔の主
一二、塔の主
「うおりゃああ!」と、ターヤが、巨大な蟷螂の脳天に一撃を喰らわせた。
次の瞬間、鈍い金属音が、響き渡った。
間も無く、巨大な蟷螂が、卒倒するかのように、倒れた。そして、瞬く間に、灰塵と化した。
その直後、ネイル達は、迷う事無く進んだ。少しして、突き当たった階段を上った。そして、回廊のような場所に差し掛かった。
「あの虫野郎、岩でも殴るかのように、硬かったぜ。お陰で、俺様の愛用の斧が、ボロボロだぜ」と、ターヤが、刃こぼれの激しい手斧を見やりながら、ぼやいた。
「まあ、お前の手斧は、使い込んでいる上に、扱いが雜みたいだから、もう、限界なんだろうな」と、ネイルは、見解を述べた。峠で一戦を交えた頃から、かなりの年季が、見受けられたからだ。
「これだけ戦った事が無いからねぇ。それに、おいら達は、元々山賊なんだから、雑なのは当たり前だよ」と、ムルンが、溜め息を吐いた。
「んだんだ」と、ポンクも、相槌を打った。
「まあ、これがぶっ壊れれば、素手で戦うまでだ!」と、ターヤが、強がった。
「あまり、無理をするでない。丸腰で倒せるような相手じゃったら、紅蓮の弓などの必要も無いからのう」
「へへ、ちげぇねぇ」と、ターヤも、頷いた。
少しして、ネイル達は、通路を進んだ。そして、突き当たる度に、左へ曲がり続けた。しばらくして、六つ目の角に差し掛かった。すると、左奥からゆったりと脈打つ鼓動のように、規則正しく一定の間隔で、青白く点滅する光を視認した。
「んん? お次は、何だ? ひょっとして、宝石か何かか?」と、ターヤが、興味を示した。
「んだんだ。おでも、そう思う」と、ポンクも、相槌を打った。
「あんまり期待をしない方が、良いと思うぜ。化け物尽くしの塔だから、宝石の姿をした魔物だったりしてな」と、ネイルは、冷ややかに言った。規則正しく点滅する光が、どうも、気に掛かるからだ。
「ネイル殿の言う通り、自分も、油断をしない方が良いと思います。この先には、魔物が潜んでいるかも知れませんからね」と、ディールも、口添えした。
「兄貴達、賞金稼ぎと騎士さんの言う通りだよ。おいらも、何かが居ると思うよ。宝石を素直に置いて有るなんて、考えられないよ」と、ムルンも、これまでの事を踏まえて、否定した。
「まあ、真偽の程は、定かではないが、この先に行けば、判る事じゃな」と、ハリアが、淡々と言った。
やがて、ネイル達は、その角を左へ折れた。更に、少し進んで、差し掛かった次の角を曲がった。その直後、開けた一室に、行き着いた。すると、正面奥の光源から、ほんのりとした青白い光に照された室内が、眼前に広がっていた。そして、光源を中心に、周囲の壁全体を、網目状に張り巡る管が、点滅する光と同じ間隔で、脈動していた。
ネイルは、足を止めるなり、「不気味な部屋だな…」と、異様さに、嫌悪した。
「うへぇ~。気持ち悪ぅ~!」と、ターヤも、露骨に、不快感を口にした。
「確かに、薄気味悪い異質な部屋ですねぇ」と、ディールも、同調した。
「兄貴ぃ、奥に何か光っているぜぇ。どうやら、あれが、お宝みたいだぜぇ」と、ポンクが、嬉々として言った。
ネイルも、奥へ向かって、目を凝らした。すると、巨大な何かが、蠢いているのを視認した。その瞬間、「待て! どうやら、前に、何かが居るようだ!」と、咄嗟に、注意した。この部屋の主と考えて良いからだ。
ハリアが、最前列へ進み出るなり、「護衛のような奴も居ないから、楽勝じゃな」と、紅蓮の弓を構えた。そして、右手で、弦を引いた。すると、瞬く間に、炎の矢が、つがえられた。その直後、弦を離した。その刹那、蠢く物へ飛んで行った。だが、到達した途端、跳ね返った。次の瞬間、「何っ!」と、意表を突かれて、固まった。
ネイル達も、想定外の事態に、反応が出来なかった。
しかし、「王様、危ない!」と、ムルンが、後方から飛び出した。そして、覆い被さりながら、寸前の所で押し倒して直撃から護った。その直後、炎の矢が、背中を掠めた。次の瞬間、「くっ!」と、苦痛の声を発した。
「ム、ムルン! 大丈夫か!」と、ターヤが、真っ先に駆け寄った。
「へへへ…、背中をちょっとね…」と、ムルンが、うつ伏せのままで、答えた。その刹那、「うっ…」と、苦悶の声を発した。
その瞬間、ネイルは、ムルンの背中の状態に、息を呑んだ。そして、「おい! ちょっとどころじゃないぞ!」と、語気を荒らげた。掠めたとはいえ、ずる剥けに、焼け爛れているからだ。
少しして、ハリアが、ムルンの下から這い出した。そして、立ち上がって振り返り、「おお…。わしの軽率な行動で…、そなたに…、このような大火傷を負わせて…、すまぬ…」と、神妙な態度で、陳謝した。
「単体で居る事は、こういう事だったのか…」と、ネイルは、ようやく意味を理解した。自分達のこれまでの戦い方を学習し、魔法の攻撃さえも跳ね返されるとなると、万策が尽きたも同じ事だからだ。
「へ、賞金稼ぎ。怖じ気付くんじゃねぇよ! ぶん殴るだけじゃねぇかよ!」と、ターヤが、叱責した。そして、「ムルンを、こんな目に遭わせやがって! 絶対に、ゆるさねぇ! この落とし前は、つけさせてやる!」と、居ても立っても居られないくらい、全身を震わせながら、激昂した。
「んだんだ! 兄貴ぃ、ボコボコにぃしちゃいましょう!」と、ポンクも、怒りを露に、呼応した。
その直後、二人が、怒りに任せるように、壁の点滅する光源へ駆け出した。
「おい! 無闇に、突っ掛かって行くんじゃない!」と、ディールが、叫んだ。
しかし、ターヤ達は、その声に耳も貸さないで、ひたすらばく進した。
「ディール、俺達も、行くぞ! 早いところ加勢しないと、ブヒヒ三兄弟に、恨まれそうだからな」と、ネイルも、後を追って、室内へ踏み込んだ。少しでも早く加勢しないと、自分にまで、とばっちりが来そうな雰囲気だからだ。
その間に、ターヤ達が、壁に到着するなり、光源の上の方を殴り始めた。
やがて、ネイルも、近付くにつれて、二人が殴り付けている物が、はっきりと確認出来た。それは、蟻の頭に、ふさふさした獣の体毛で覆われている胴体。そこから、無数の蔓のような触手を生やして、壁面に、脈打つ根を張った虫でも、植物でも、獣でもない魔物だった。
その魔物が、ターヤ達の猛攻を受けつつも、頭を激しく動かして、抵抗した。そして、大きな顎を打ち鳴らしながら、無数の蔓のような触手で、応戦した。
ネイルは、もう少しで、攻撃圏内という距離まで、接近した。
突然、「くそぉ! 疲れたから、後退だ!」と、ターヤが、後退を始めた。
「おう!」と、ポンクも、少し後れて、離脱した。
ターヤ達が、呼吸を乱しながら、揃って、左隣まで、下がって来た。
ネイルも、歩を止めるなり、「あれだけ殴っても、傷が、ほとんど治っているからな」と、溜め息を吐いた。予想通りとはいえ、ターヤ達の労力が、無駄に終わったからだ。
その直後、「ネイル殿、溜め息を吐いている場合じゃないですよ。あの魔物を、どうにかして倒さないと、進展は有りませんよ」と、ディールが、後ろから声を掛けて来た。
「そうだぜ! ムルンを早く手当てしないといけないからな!」と、ターヤも、容体を心配して、焦燥感にかられるかのように、急かした。
「しかし、闇雲に攻撃しても、こっちの体力を削られるだけだ…」と、ネイルは、魔物を見据えながら、言葉を詰まらせた。弱点を見極めるべきだと思ったからだ。
「兄貴ぃ、あの野郎ぉ、余裕が有るのかぁ、あそこからぁ、一歩も動いて来ないぜぇ。おで達ぃ、なめられているんじゃないのかぁ?」と、ポンクが、憎々しげに、進言した。
その瞬間、ネイルは、はっとなった。そして、「そうか! あの魔物の部分は、囮だ! 本体は、あいつの後ろで点滅している青い奴だ!」と、声高らかに、断言した。前で動いているデタラメな造りの魔物は、目を引き付ける役目で、本体は、その背後で点滅している青い宝石のような物だと考えるべきだからだ。
「ネイル殿、何か、考えでも有るのですか…」と、ディールが、問い掛けた。
ネイルは、振り返り、「いいや。今のところは…」と、頭を振った。魔物の役割が、判っただけだからだ。そして、「囮を、どうにかして、退かせる事が出来れば…」と、言葉を詰まらせた。どうにか排斥して、光源を露出させる方が、手っ取り早い方法なのだが、どのようにすれば良いのか、思いついていないからだ。
「賞金稼ぎ、あの野郎を退かせれば良いんだな!」と、ターヤが、自信有りげに、申し出た。
ネイルは、ターヤを見やり、「ああ。しかし、あのデカ物を、どうにか出来るのか?」と、半信半疑で、尋ねた。ターヤに、これといった策が有るとも思えないからだ。
「へへ、まあ見てなって。ポンク、あの野郎に、一発ぶちかましてやろうぜ!」
「おう!」
その直後、ターヤとポンクが、魔物の左側へ移動した。そして、壁の手前ぎりぎりまで、肩を並べながら、後退して距離を取った。
「ディール、あいつらが、囮を退かせたら、後ろの光る奴に、攻撃だ」と、ネイルは、前を向いたままで、告げた。囮が戻る前に、決着をつけるべきだからだ。
「分かりました! 自分は、後に続きます!」と、ディールが、気負って、返答した。
「おい! 二人の都合の良い間合いでやってくれ!」と、ネイルは、指示した。そして、すかさず身構えた。ターヤ達が、いつ行動を起こしても、反応出来る準備をしておきたいからだ。
「よっしゃあ! 見てろよ! 賞金稼ぎ!」と、ターヤが、力強く返事をした。そして、「ポンク、行っくぜぇぇぇっ!」と、威勢の良い掛け声を発した。
「んだ! いつでも良いぜぇ! 兄貴ぃ!」と、ポンクも、すぐさま頷いた。
その直後、「せーの!」と、二人が、声を揃えながら、同時に、上体を引く予備動作を始めた。そして、阿吽の呼吸で、歩調を合わせて、魔物へ向かって、突進した。少しして、激突した。その直後、鈍い衝撃音と綱のような物が、はち切れる音が、響いた。
次の瞬間、魔物が、元の場所から、右へ数歩移動した。その刹那、中の液状の物を揺らせている一抱え有りそうなぶよぶよした青く光る球体が、露出した。
その途端、「よし! 今だ!」と、ネイルは、ここぞとばかりに、剣先を向けて、駆け出した。今が、決定機だからだ。そして、「てぇぇぇい!」と、勢いに任せて、突き立てた。その瞬間、亀裂が入った。少しして、刀身を伝って、滴が、数滴垂れ落ちた。
少し後れて、ディールも、右隣に駆け込んで来るなり、「これで、どうだぁぁぁ!」と、追い討ちとも言える剣を突き刺した。少しして、亀裂が、広がった。やがて、ネイルの作った亀裂と繋がった。
間も無く、青く光る球体が、泡の弾けるように、粉々に砕け散った。同時に、魔物も、砂塵と化した。そして、周囲が、暗くなった。しかし、ネイルの刺した際に垂れ落ちた数滴の滴の放つ光で、辛うじて視界が保てた。
「ネイル殿、やりましたね」と、ディールが、剣を引っ込めながら、にこやかに、声を掛けた。
ネイルも、剣を引きながら、ディールを見やり、「ああ」と、達成感に浸りながら、頷いた。ようやく、一仕事終えた気分だからだ。
「早いところ、ずらかるとしようぜ。ムルンを手当てして、楽にさせてやりたいからな」と、ターヤが、提言した。
「んだんだ」と、ポンクも、相槌を打った。
「そうだな。怪我人を、これ以上、待たせる訳にはいかないからな」と、ネイルも、剣を背中の鞘に収めながら、同調した。それは、同感だからだ。
突然、塔内が、大きく揺れ始めた。
その瞬間、「な、何だ!」と、不意の大きな揺れに、驚きの声を発した。
「ネイル殿、揺れが、益々、酷くなっているような気がしますよ~」と、ディールが、情けない声を出した。
「おいおい、まだ、妙な奴が出て来るんじゃあねぇだろうな!」と、ターヤが、いい加減にしろと言わんばかりに、冴えない表情で、語気を荒らげた。
「兄貴ぃ、だとしたらぁ、とてつもない化け物だぜぇ!」と、ポンクが、動揺した。
「化け物なら、何とかなるかも知れないが、この揺れは、違うだろうな」
「賞金稼ぎ、そりゃあ、どう言う意味だぁ?」
「この塔自体が、崩落しているって事だろうな」と、ネイルは、淡々と憶測を述べた。先刻の魔物が、塔全体を維持していたのであれば、破壊した以上、崩落は、必至だと考えられるからだ。
「崩落だと! じゃあ、俺達は、ここで、一緒に、瓦礫の下敷きになれって言うのかよ!」
「確かに、何もしなければ、確実に、生き埋めになり、この塔が、俺達の墓標になるかもな」と、ネイルは、冷ややかに、答えた。指をくわえて突っ立って居るだけならば、何れは、そうなるものだからだ。
「ネイル殿、呑気に、問答している場合じゃないですぞ! 早く下りましょう!」
「ディール、間に合わないよ。この揺れじゃあ、途中で下りられなくなって、崩落を待つだけになる。選択を間違えれば、命取りになりかねないぞ」と、ネイルは、却下した。揺れの大きさからして、ここから出口まで行き着ける程の時間は、残されてないからだ。
「ああ、苛々するぜぇ! いっその事、この部屋の壁でも打ち破れば、手っ取り早いんじゃねぇのか!」と、ターヤが、腹を立てて、ぶっきらぼうに言った。
「それだ!」と、ネイルは、右手の指を鳴らした。一か八かだが、ここから外壁まで、ぶち破る事が出来れば、短時間で、脱出も可能な筈だからだ。
「ネイル殿、山賊の戯れ言を真に受けて、どうするんですか! あの大蛇が暴れても、びくともしなかったんですよ! それに、外壁に穴が開けられたとしても、相当な高さですよ! はっきり言って、自殺行為ですよ!」と、ディールが、猛抗議した。
「ディール、あんたの言う事は、間違っちゃあいない。しかし、俺達に残された選択肢は、限られている。常識に囚われて死ぬか、無茶をしてでも生きるかのどちらかだ。あんたには悪いが、俺は、ブヒヒ三兄弟を支持させて貰うぜ」と、ネイルは、諭すように、ターヤの意見を推した。多少の痛い思いはするかも知れないが、ターヤの言葉に乗っかる事が、正しいと直感したからだ。
「おいおい。俺の冗談を真に受けるのかよ…。正気か?」と、ターヤも、面食らった顔で、戸惑った。
「俺は、至って本気だぜ。ひょっとして、お前、びびってんじゃないだろうな? らしくないぜ」
「う、うるさい! やってやろうじゃないか!」と、ターヤが、開き直った。
「兄貴ぃ、賞金稼ぎの口車に乗せられて、大丈夫かぁ?」と、ポンクが、心配した。
「やかましい! 俺にだって、意地が有る! 壁を打ち破ってやりゃあ良いんだろ! ポンク、この壁から打ち壊すぞ!」と、ターヤが、球体が嵌まっていた場所の前に立った。
少し後れて、ポンクも、その左隣へ立った。
その直後、「せーの!」と、二人が、先刻と同じ掛け声を発した。その刹那、壁に体当たりを食らわせた。次の瞬間、崩落音と共に、土煙が起きた。少しして、土煙が晴れると、二人が余裕で通り抜けられるくらいの大きな穴が開いていた。
「へ、これなら、下りるよりも、手っ取り早いな!」と、ターヤが、上機嫌に言った。
「んだんだ!」と、ポンクも、満足げに頷いた。
「じゃあ、先に道を作っておくから、お前らは、後から付いて来い!」と、ターヤが、背を向けたままで、意気揚々に告げた。そして、「ポンク、行くぞ!」と、一声掛けて、潜り抜けた。
「おう!」と、ポンクも、返事をした。その直後、すぐに、後を追った。
その間、ネイルは、振り返り、「王様、参りましょう」と、一礼した。そして、右へ一歩移動した。ハリアを優先的に進ませるべきだからだ。
少し後れて、ディールも、踵を返して、ハリアの前へ歩み寄った。そして、右側に立つなり「王様、ムルンには、私が、肩を貸しましょう」と、すぐさま中腰で、左肩を差し出した。
「任せたぞ」と、ハリアが、右肩に寄り掛かっているムルンを、その肩に寄せた。そして、「ムルンよ、ディールの肩へ」と、促した。
少しして、「うん…」と、ムルンが、微かに、首を縦に動かした。そして、倒れ込むように、、ディールの肩へ寄り掛かった。
「王様、急いで下さい。そろそろ、出口が出来上がっている筈ですから」と、ネイルは、急かした。崩落の時が、刻一刻と近付いているからだ。
「うむ」と、ハリアが、頷いた。そして、「では、先に参るぞ」と、すたすたと歩を進めて、穴を潜った。
「ディール、お前も行け!」と、ネイルは、顎をしゃくって、促した。怪我人と一緒では、満足に動けないからだ。
「分かりました」と、ディールも、承知した。そして、「ムルン、傷に障るかも知れませんが、しばらくの辛抱を…」と、ムルンを労りながら、移動を始めた。間も無く、ゆっくりした歩調で、潜り抜けた。
ネイルは、それを視認するなり、後方に気を配った。魔物が、現れるかも知れないと思ったからだ。そして、後ろを向きながら、潜るのだった。




