一一、見たこと無い!
一一、見た事無い!
ネイル達は、大蝙蝠の群れを蹴散らしながら、上の階を目指して、進撃をした。そして、三階に到達した。すると、大蝙蝠の姿が、ぱったりと無くなった。
「おい、蝙蝠野郎共が、居なくなったぜ! ようやく、すっきりしたぜ!」と、先頭を行く、ターヤが、精々したと言うように、憎まれ口を叩いた。
「んだんだ」と、その左隣で、ポンクも、相槌を打った。
そうみたいだな」と、ネイルも、すんなり同調した。確かに、先刻まで、わらわらと出て来た大蝙蝠の姿が、一匹も見当たらない事で、視界が良好となったからだ。
突然、「ネイル殿、あれを!」と、右隣を歩くディールが、右手に持つ長剣の切っ先を、前方に向けながら、知らせた。
「ん?」と、ネイルは、すぐさま視線をやり、すぐに、理解した。壁に嵌め込まれたほんのりと白く光る照光石が、通路沿いに並んだ先から、灰色にくすんだ刀身の剣と鈍く銀色に光る小型の円い盾を装備した蜥蜴戦士達が、舌をチロチロ出しながら、足音一つ立てずに迫っているのを、視認したからだ。
「へ、蝙蝠の次は、蜥蜴かよ! 上等だぜ!」と、ターヤが、意気込んだ。
「ネ、ネイル殿、こ、今度の相手は、手強そうですね~」と、ディールが、怖じ気づいた。
「ディール! 民を護らねばならん騎士が、そのような弱腰で、どうする! しゃきっとせんか!」と、ハリアが、檄を飛ばした。
その直後、「は、はい! 王様!」と、ディールが、臆病風を跳ね除けるかのように、背筋を伸ばした。
「王様は、下がっていて下さい。あのような連中は、俺達だけで、何とかなりそうですから」と、ネイルは、蜥蜴戦士を見据えたままでつげた。これくらいの相手ならば、ハリアの手を煩わせる事も無いだろうからだ。
「うむ。ここは、そなた達に任せるとしよう。わしも、久々に、弦を多く引いたので、少々、右腕が疲れて来たからのう。頼んだぞ」と、ハリアが、すんなり了承した。
「ムルン、お前も、そこのバニ族のオヤジと居ろ。俺とポンクが、奴らを一歩たりとも通しはしないからな!」と、ターヤも、負けじと、張り合うように、指示した。
「ターヤ兄貴、分かったよ。兄貴達も、さっさと連中を伸しちゃってよ」と、ムルンも、返答した。
「あっと言う間にぃ、片付けてやるよぉ! 何たってぇ、おでと兄貴はぁ、最強だぁ!」と、ポンクも、意気揚々に、告げた。
「お前達、無駄話は、ここまでだ! 行くぞ!」と、ネイルは、ターヤ達へ声を掛けた。その直後、正面の蜥蜴戦士へ、真っ先に斬りかかった。そして、「はっ!」と、剣を振り下ろした。
しかし、蜥蜴戦士が、その斬撃を盾で受け止めた。
そこへ、「隙有り!」と、ディールが、間隙を突いた。そして、蜥蜴戦士の左腹部に、剣を突き立てた。
次の瞬間、蜥蜴戦士が、声を発する事無く、仰向けに倒れるなり、瞬く間に、砂塵と化した。
ネイルは、その様を見届けるなり、「こ、これは…」と、目を見張りながら、言葉を詰まらせた。このような現象を目の当たりにしたのは、初めてだからだ。
「ネイル殿、自分も、このような現象は、初めてですよ! 魔物が、砂に変わるんですからね!」と、ディールも、動揺しながら、語り掛けた。
そこへ、「おいおい、お前達! まだまだ、敵は残って居るんだぞ! ぼさっと突っ立って居ないで、次の奴の相手をしろよ!」と、ターヤの怒号が、聞こえた。
その瞬間、ネイルは、我に返り、「ディール、考えるのは後にして、連中に、集中しようぜ」と、声を掛けた。その刹那、左斜め前の蜥蜴戦士へ、斬りかかった。今は、考える事よりも、蜥蜴戦士達を殲滅する事が、最優先だからだ。
「は、はい!」と、ディールも、すぐに、返事をした。
「ポンク! 俺達も、後れるんじゃねぇ! 賞金稼ぎ達よりも、多く倒すぞ!」と、ターヤが、対抗心を剥き出しにした。
「おう!」と、ポンクが、すぐさま応えた。
その瞬間、ネイル達は、攻勢に転じた。そして、経験と連携で、数の差を物ともせずに、一体ずつ確実に仕留めた。しばらくして、最後の一体までに減らした。
「ポンク、最後は、俺達で、倒すぞ!」と、ターヤが、息巻いた。
「おう!」と、ポンクも、即答した。
「ポンク、行け!」
「おう! 兄貴!」と、ポンクが、右肩から、体当たりを敢行した。
その間に、蜥蜴戦士も、即座に反応して、盾を前面に構えた。
「そんな事をしてもぉ、無駄だぁ!」と、ポンクが、気にせずに、ぶつかった。次の瞬間、重い衝撃音が、生じた。
その直後、蜥蜴戦士が、盾を跳ね跳ばされて、仰け反った。
「兄貴ぃ! 今だぁ!」と、ポンクが、間髪容れずに、声を掛けた。
「おう! 任せろ!」と、ターヤが、速やかに駆け出した。そして、瞬く間に、距離を詰めるなり、「へ、遅いぜ!」と、蜥蜴戦士の眉間に、手斧を打ち込んだ。その刹那、先刻の蜥蜴戦士と同様に、あっと言う間に、砂塵と化した。
「ネイル殿、ようやく、片付きましたね」と、ディールが、安堵の笑みを浮かべながら、声を掛けた。
「そうだな」と、ネイルも、一息吐きながら、頷いた。勝利する事が出来たからだ。
「お前達、気を抜くでないぞ。ここは、敵地の真っ只中なんじゃからな」と、ハリアが、気持ちを締め直せと言うように、声を掛けた。
「王様の仰られる通りだな。ディール、安心するのは、ここを出てからだな」と、ネイルは、気持ちを締め直した。こういう時にこそ、気を抜いてはいけないからだ。
「そうですね」と、ディールも、表情を引き締めながら、同調した。
「へ、そんなに緊張していると、肝心な所で、動けなくなるぜ」と、ターヤに、からかわれた。
「んだんだ」と、ポンクも、相槌を打った。
「くっ!」と、ディールが、歯噛みした。
「先を急ごうぜ。ぼやぼやしていると、夜中になっちまうからな」と、ターヤが、すたすたと、奥へ歩き始めた。
「あ、兄貴ぃ、待ってくれよぉ」と、ポンクも、すかさず追い掛けた。
少しして、二人の姿が、通路の奥へ消えて行った。
「ネイル殿、我々も!」
「慌てる事は無いさ。あいつらが先に行って、敵を片付けてくれるのなら、楽が出来て良いじゃないか」と、ネイルは、あっけらかんと答えた。ターヤ達と競ってまで戦わずとも、戦闘の場に出くわした時だけ戦えば良いだけの事だからだ。
「なるほど。行き着く先は、同じ所ですからね」と、ディールも、納得した。
「じゃあ、兄貴達に露払いさせておいて、のんびり行こうって言うのかい?」と、ムルンが、不満げに、問い掛けた。
ネイルは、振り返り、「まあ、今のところは、そうなるな。しかし、あいつらが疲れて来たら、俺とディールが、露払いの役を代わるだけだ」と、さらりと答えた。体力を温存して進むには、この方法しか無いからだ。
「ネイルの考え方が、合理的じゃな。皆が同時に戦っていては、動ける者が、誰も居なくなってしまうからのう」と、ハリアも、賛同した。
「わ、分かったよ。まあ、兄貴達が疲れるのは、だいぶ先の事だろうけど。早く追い付こうよ」と、ムルンが、出発を急かした。
「そうだな。この先にも、何が潜んで居るのか判らないからな」と、ネイルは、頷いた。そして、進行方向に向き直った。先行した二人が、取り囲まれている事も、考えられるからだ。
突然、「な、何だぁぁぁ!」と、ターヤの驚きとも、悲鳴とも判別し難い叫び声が、響いて来た。
少し遅れて、「あ、兄貴ぃ、引き返しましょう!」と、ポンクの喚き声も、聞こえた。
その瞬間、「ネイル殿!」と、ディールが、緊迫した声を発した。
「ああ」と、ネイルも、奥を見据えながら、頷いた。怖い物知らずと思われた二人が、叫び出すくらいだから、とてつもない何かに出くわしたと想像がつくからだ。
間も無く、ターヤ達の尋常でない速度の足音が、近付いて来た。そして、面食らった顔で、慌てふためきながら、転がるように戻った。
「お前達、何が有った?」と、ネイルは、即座に問うた。何が起きたのか、知りたいからだ。
その刹那、ターヤが、震える右腕で、奥を指し示した。そして、「あ、あんなどでかい奴なんて、見た事ねぇぞ!」と、必死の形相で、訴えた。
「んだんだ」と、ポンクも、大きく頷いて、同調した。
「お前達が引き返して来るという事は、かなりの大きさだと考えるべきだろうな」と、ネイルは、険しい表情をした。二人の言動から、この奥に、とてつもない何かが居ると、容易に、判断出来るからだ。
「ネ、ネイル殿、ひ、引き返しますか?」と、ディールが、声を震わせながら指示を伺った。
ネイルは、ディールを見やり、「今は、引き返す時間も惜しいくらいだ。やれるだけやろうじゃないか。どうせ、何が起きようが、何が出て来ようが、おかしくないからな」と、強気に返答した。先へ進むしか、活路は無いからだ。
「ネイルの申す通りじゃ。ここは、我らが力を合わせて、蹴散らせてやろうじゃないか!」と、ハリアも、口添えした。
「兄貴達、せっかく、ここまで来られたのだから、頑張ろうよ。簡単に進めるなんて思っている方が、甘いんだと思うよ」と、ムルンが、言い聞かせるように、やんわりと進言した。
「そうだな。たかが、でかい魔物一匹じゃねぇか! よくよく考えてみると、大した事なんて、無いじゃねぇか!」と、ターヤが、落ち着きを取り戻して、奮い立った。
「おで達はぁ、最強なんだぁ! 今からぁ、仕返しをしようぜぇ!」と、ポンクも、気を取り直して、闘志を回復させた。
「よし、行くぜ!」と、ターヤが、再度、奥へ行こうとした。
「待てよ!」と、ネイルは、咄嗟に、呼び止めた。同じ事の繰り返しになるのは、予測がつくからだ。そして、「今度は、全員で一緒に行くとしよう。お前達が、臆病風に吹かれて、戦力にならなくなっても、困るからな」と、言葉を続けた。
「へ、見くびるんじゃねぇ! さ、さっきは、驚いただけだ!」と、ターヤが、息巻いて、返答した。
「んだんだ!」と、ポンクも、荒々しく相槌を打った。
「その様子なら、心配無さそうだな」と、ネイルは、安堵した。二人の強気な言動から、心は折れてないと察したからだ。
「ネ、ネイル殿! ど、どうやら、向こうの方から来たようですよ~」と、ディールが、弱々しく知らせた。
「ん?」と、ネイルは、奥へ視線を移した。そして、目を凝らした。すると、天井すれすれの高い位置で、上下に動き回る二つの紅い怪光が、確認出来た。それと同時に、何かを引き摺るような音も、次第に、はっきりと聞こえた。
少しして、その怪光と音の主の正体が、判明した。それは、通路を完全に封鎖してしまう大きさの大蛇だった。
「確かに、こいつは、引き返すしかないな」と、ネイルは、納得した。ターヤ達が、慌てるのも無理は無いからだ。
「紅蓮の弓も、通用せぬかも知れんな…」と、ハリアが、弱音を吐いた。
ネイルは、振り返り、「王様、戦う前から、そのような弱気では、士気が下がります…」と、苦言を呈した。そして、「奴だって、無敵じゃないでしょう。皆で力を合わせれば、必ず倒せる筈です!」と、言葉を続けた。戦っていれば、攻略法は見えて来るものだからだ。
「賞金稼ぎ、簡単に言ってくれるけど、あのデカ物を叩き殺すなんて、不可能だぜ」と、ターヤが、苦々しく言った。
「ネイル殿、勝算が有るのですか?」と、ディールも、不安げに、問い掛けた。
「無い…」と、ネイルは、頭を振って、あっさりと答えた。このような巨体を相手にするのは、生まれて初めてなので、算段が立たないからだ。
「だろうな」と、ターヤが、予想通りと言うように、含み笑いを浮かべた。
その直後、「ターヤ兄貴! 危ない!」と、ムルンが、叫んだ。
次の瞬間、大蛇が、頭を突き下ろした。
「おおっと!」と、ターヤが、驚きの声を発して、寸前の所でかわした。そして、「この野郎っ!」と、間髪容れずに、手斧で、大蛇の顔面を殴り付けた。しかし、びくともしないで、鈍い音だけが、虚しく響いた。
「あ、兄貴の攻撃を受けてもぉ、びくともしていないぜぇ!」と、ポンクが、信じられない面持ちで、驚きの声を発した。
「おい! 力任せでは勝てないぞ!」と、ディールが、忠告するように、語気を荒げた。
「騎士さんよ、言われなくたって、そんな事は、分かってるって! 今のは、ほんの挨拶代わりってもんよ!」と、ターヤが、悔しさを滲ませながらも、気丈に振る舞った。
ネイルは、再度、振り返り、「王様、身の危険を感じましたら、迷わず引き返して下さい…。奴の足止めなら、何とかしてみますので…」と、自信無さげに、弱々しく進言した。モヤシーダ以上に、剣の通じそうにも無い相手だと判断したからだ。
「ネイルよ、気持ちはありがたい。だが、わしも、お前達を見捨ててまで、おめおめと引き返す気は無い!」と、ハリアが、要らん気を遣うなと言うように、きっぱりと断った。そして、「お前が、先ほど申していたように、やれるだけやってからでも遅くは無かろう」と、言葉を続けた。
「分かりました。では、最善を尽くします!」と、ネイルは、一礼した。ハリアの毅然とした態度に、勇気付けられたからだ。そして、すぐさま反転し、「おりゃあぁぁぁっ!」と、雄叫びを上げながら、大蛇へ向かって斬りかかった。その直後、勢いそのままに、所構わず切り付けた。だが、表皮に切り傷を1つも付けられないで、あっさりと弾き返された。
少し後れて、三人も、大蛇の胴体へ、攻撃を敢行した。しかし、打撃を与えられなかった。
その間に、大蛇も、頭を持ち上げて、体勢を直した。そして、再び、「シャアァァァ!」と、大口を開けながら、突っ込んで来た。
「うわっと!」と、ネイルは、間一髪の差で、右へ避けた。そして、「おい! 一先ず、王様の所まで、退却だ!」と、すぐさま提言した。武器による効果が見られないからだ。
その刹那、四人は、速やかに、階段の手前まで後退した。
「ネイル殿、モヤシーダ以上の強敵ですぞ!」
「そうだな。しかし、図体がでかいだけで、モヤシーダに比べれば、ましな方じゃないかな? 花粉を吐き出さないだけな」と、ネイルは、皮肉混じりに、見解を述べた。
「そうですね。でも、攻撃が全く通用していない所が、難点ですね…」と、ディールが、苦々しく言った。
「確かに…」と、ネイルも、渋い顔で頷いた。モヤシーダと同様に、紅蓮の弓のような魔力の宿った武器じゃなければ、傷を付ける事は敵わないと実感したからだ。
「やれやれ。わしの出番かのう」と、ハリアが、溜め息混じりに、勿体振った。そして、前へ進み出るなり、弓を構えた。間も無く、弦を引いた。その一瞬後、橙色の矢が出現した。次の瞬間、弦を離した。その刹那、燈色の矢が、一筋の流れ星のような火線を描いて、大蛇へ向かって行った。少しして、喉元に命中した。その瞬間、表皮を焦がす程度で、すぐに消滅した。だか、モヤシーダと同様に、火傷が、瞬時に、元通りに回復した。
「く…! 剣も駄目、紅蓮の弓も通じないとは…」と、ネイルは、あらゆる攻撃が効かない事に、歯噛みした。成す術が無いとは、まさに、この事だからだ。
「まさに、動く堅牢な砦か要塞を相手にしているようなものですな…」と、ディールが、苦々しく、建造物に例えた。
「それだ!」と、ネイルは、はっと閃いた。大蛇を攻略する打開策の手掛かりになりそうだからだ。そして、「奴の腹の中は、案外、脆いかも知れないな…」と、笑みを浮かべながら、呟いた。堅牢な建造物は、外部からの攻撃には強いが、内部を破壊されると、案外、脆いという事を、昔話で聞いた事が有ったので、大蛇にも当てはまるような気がするからだ。
「おいおい、賞金稼ぎ! 奴の腹の中に入るという事は、食われろって事だろ?」と、ターヤに、問われた。
「ははは。どうして、あいつに、わざわざ食われてやらなければならないんだよ?」と、ネイルは、一笑に付した。愚問にしか聞こえないからだ。そして、「炎の矢をご馳走してやれば良いと思っているんだがな」と、考えを述べた。
「確かに、ネイル殿の考えは、名案ですが、我々の力では、あの口を開く事は、不可能でしょうねぇ」と、ディールが、表情を曇らせながら、否定した。
「ち! 確かに、騎士さんの言う通り、賞金稼ぎの言っている事には、無理が有るな」と、ターヤも、溜め息を吐いて、同調した。
突然、「兄貴達、ここは、おいらに任せてくれよ」と、ムルンが、申し出た。
「ム、ムルン! な、何を言っているんだ! お前なんか、余裕で丸飲みにされちまうぜ!」と、ターヤが、狼狽えた。
「おでも反対だぁ! おで達がぁ、不甲斐ないからぁ、お前がぁ、そんな事を言い出すんだぁ!」と、ポンクも、猛反対した。
「兄貴達が、不甲斐ないからじゃないよ。この役は、おいらにしか出来ないし、あんな奴に食われる気なんて無いよ」
「しかし…」と、ターヤが、言葉を詰まらせた。
「やらせてやりな! 食べられそうになったら、お前が、奴の顔面をぶん殴ってやりゃあ良いんだからよ!」と、ネイルは、剣を構えて、大蛇を警戒しながら、口を挟んだ。ムルンの心意気を酌んでやりたいからだ。
「そうだな。ムルンを食べさせる訳にはいかねぇ! 顔を近付けて来やがったら、賞金稼ぎの言うように、駆け付けて、容赦無く野郎の顔面をぶん殴ってやるからよ! 安心しな!」と、ターヤが、承諾した。
「おでも、ムルンには、近付けさせねぇ!」
「兄貴達、あいつの口を開かせるには、おいらが引き付けないといけないんだよ。殴ったりすると、逆に怒らせて、口を開けなくなってしまうかも知れないよ」
「へ、分かったよ。但し、ヤバくなったら、逃げて来いよ」
「うん、分かったよ」と、ムルンが、了承した。その直後、臆した風も無く堂々とした足運びで、右隣を擦り抜けて、入れ代わるように、ハリアの前へ進み出た。そして、数歩の間合いを取って、短剣を構えながら、対峙した。
大蛇も、鎌首を上げたままで、時折、舌をちろちろ出し入れする以外に、動きが無かった。
ネイルは、ムルンの動きを注視した。いかにして、大蛇の口を開かせるかが、勝利の鍵だからだ。
「奴め、ムルンが動かないから、逆に、警戒しているのかも知れないな」と、ターヤが、見据えたままで、呟いた。
「どう言う意味だ?」と、ディールが、尋ねた。
ターヤが、振り返り、「つまり、奴は、目が見えてない上に、ムルンが、身動きしないので、生きているのか、死んでいるのかを品定めしている最中だという事だろうな」と、眉間に皺を寄せながら、低い声で、見解を述べた。
「なるほど。ムルンが、動かなければ、奴も動かないという事だな」と、ディールも、納得した。
「そう言う事だか、ムルンが、何を考えているのか、分からねぇ」と、ターヤが、焦れったそうに、吐露した。
「今後の展開は、あいつら次第という事だな」と、ネイルは、溜め息を吐いた。これ程動きが無いのも、退屈としか言いようが無いからだ。
突然、「ネイルよ! 溜め息を吐くでない!」と、ハリアに、注意された。
その直後、「は、はい!」と、ネイルは、返事をした。そして、気を引き締め直し、再び、ムルンと大蛇の駆け引きを注目した。
しばらくして、大蛇が、動きを見せた。そして、ムルン目掛けて、頭を突き下ろしながら、丸飲みしようと、大口を開けた。
ムルンが、その場を動かずに、寸前まで引き付けた。そして、「今だよ!」と、合図の声を発した。その瞬間、左へ跳んだ。
その刹那、「よし来たっ!」と、ハリアが、呼応した。そして、間髪容れずに、炎の矢を放った。少しして、大蛇の大きく開かれた口の中へと入って行った。
次の瞬間、大蛇が、口を閉じて、動きを止めた。その一瞬後、上体を仰け反らし、鼻孔から炎を噴出し始めた。そして、瞬く間に、頭から全身へ燃え広がり、巨大な炎の塊となった。間も無く、「シャシャシャアアアアアアッ!」と、絶叫しながら、荒れ狂うように、のたうち回った。
その刹那、周囲が、激しく揺れた。
その途端、「う、うわわわっ!」と、ターヤが、よろけた。
「こ、これだけ暴れられると、ゆ、床が抜けそうですね」と、ディールが、右膝を着きながら、塔内の強度を心配した。
「へ、だったら、あの巨体が来た時点で、抜けてるぜ!」と、ターヤが、指摘した。
「た、確かに…」と、ディールも、すんなり納得した。
「どうやら、炎の矢のご馳走は、お気に召さなかったようだな」と、ネイルは、体勢を保ちながら皮肉った。目論見通りに、事が運んだからだ。
しばらくして、大蛇が、身動きしなくなった。それと同時に、揺れも治まって、静かになった。やがて、炎も鎮火した。そして、大量の灰塵が、残された。
「いやあ、王様とムルンが、あのような連携を見せるとは…。しかし、いつの間に、打ち合わせていたのでしょうかね?」と、ディールが、感心した。
「ふん。見ておれば、何をすべきかくらいは、分かるじゃろう。お前は、天然か?」と、ハリアが、淡々と言った。
「た、確かに…」と、ディールが、苦笑した。
その間に、ターヤが、ムルンに歩み寄るなり、「ムルン、よくやった!」と、その頭を左脇で抱えながら、褒め称えた。
「痛いよ! ターヤ兄貴!」
「おいおい。気持ちは、分かるが、先を急ごう。邪魔が入らない内にな」と、ネイルは、提言した。次の邪魔者が来ない内に、先を急いだ方が、良いからだ。
「そうじゃのう。こうしている間にも、外では、化け物共が暴れておるからのう」と、ハリアも、険しい表情で、同調した。
ターヤが、振り返り、「そうだったな…。ムルンが、大物を倒す事に貢献したもんだから、つい、嬉しくなっちまったんだ! すまねぇ…」と、にやけながら、上機嫌で素直に詫びた。
「ターヤ兄貴、そろそろ放してくれよ」と、ムルンが、照れ臭いと言うように、解放を要請した。
「おお! すまん、すまん!」と、ターヤが、すんなりと解放した。
少しして、ネイル達は、遅れを取り戻すかのように、歩調を速めた。そして、大蛇の灰塵を踏み越えて、通路を進むのだった。




