九、非情な通告
九、非情な通告
ネイルは、煉瓦を残り一つ嵌め込んで、完了する寸前だった。そこで、甲冑の金属音と複数の異質な足音が、聞こえて来た。その瞬間、「ちっ、後一つだと言うのに…」と、舌打ちをして、呟いた。そして、右手に持った煉瓦を、最後の穴に、押し込んだ。その直後、足音が、背後で止まった。
次の瞬間、「ネイル殿、先刻の件で、ダ・マーハ様が、御沙汰を申し渡したいそうです…」と、ディールが、淡白な口調で、声を掛けて来た。
「そ、そうかい?」と、ネイルは、平静を装って、振り返った。すると、ディールが、視界に入り、その左隣に、ダ・マーハとネデ・リムシーか、順に並んで居た。
「ほほほ、ネイルよ。牢の居心地は、どうかね?」と、ダ・マーハが、白々しくご機嫌伺いをした。
「ああ。お前の顔を見なくて、精々して、居心地が良かったんだけどな。その面を見たら、気分が悪くなって来たよ」と、ネイルも、憎まれ口を返した。
「ほう、それは済まなかったな。わしも、用が無ければ、こんな所までは来ないよ。しかし、わしも、仕事じゃから、仕方があるまい」
「用って何だよ?」と、ネイルは、つっけんどんに言った。カチンと来たからだ。
「お前に、刑を申し渡しに来たんじゃよ」
「さっさと言えよ!」と、ネイルは、ダ・マーハを見据えたままで、喧嘩腰に促した。何を言って来ようと、無実は無実だからだ。
「ほう、強気ですねぇ。では、罪状は…」
ディールが、ダ・マーハに向くなり、「ちょ、ちょっと待って下さい!」と、慌てて、言葉を遮った。
「ディール殿、はて? どうしましたか?」と、ダ・マーハが、何食わぬ顔で見返した。
「裁判の御話なのではないのですか?」
「は? 何を寝惚けた事を申しておる。この者が、お前の目の前で、泣き叫ぶジェリア様に暴力を振るおうとしておったではないかっ。何じゃ? わしの証言に、ケチを付ける気か?」と、ダ・マーハが、凄んだ。
「い、いや…」と、ディールが、気圧されて、怯んだ。
「裁判なんぞしても、意味が無い。じゃから、略式で、刑を確定させたんじゃよ」と、ダ・マーハが、こじつけとも聞こえる理由を述べた。
「要は、このホラ吹きオヤジは、何がなんでも、俺を有罪にしたいって事なんだよ!」と、ネイルは、皮肉った。自分を有罪にして、何らかの謀略を画策していると考えられるからだ。
ダ・マーハが、向き直り、「ほう、潔いのう。罪を認めるとはな」と、得意顔で、答えた。
「ははは、笑わせるんじゃないぜ! 俺は、罪なんか認めちゃいないぜ! 俺が、ジェリア様の傍をうろちょろされるのを、何かと都合が悪いのだろう? ま、真実は、何れは、明るみになるだろうがな」と、ネイルも、不敵な笑みを浮かべた。ハリア王の現れる時が、ダ・マーハ達の最後だからだ。
「くくく。中々の戯れ言を申される。わしは、嘘や隠し事などしておらんから、何を言われても構わんがな。強いて言うなら、お主のジェリア様へ対する暴行の件と闘技場で行う刑の執行くらいかのう」と、ダ・マーハが、含み笑いをしながら、冷ややかに受け流した。
「け、刑の執行と申しますと! あ! アレですよね!」と、ディールが、獄中に響くくらいの素っ頓狂な声を発した。
「そうじゃ。ディール殿の申すアレじゃよ」と、ダ・マーハが、勿体振りながら、相槌を打った。
「では、私は、アレの準備に取り掛からせて貰います」と、ネデ・リムシーが、くぐもった声で告げた。そして、瞬く間に、姿を消した。
「おいおい。アレとは、何だ? お前らで勝手に話を進めるな!」と、ネイルは、語気を荒らげた。アレの意味が、さっぱりだからだ。
「ダ・マーハ様、アレは、罪の重い者に執行されるものじゃないのですか? ネイル殿は、重くても、国外追放までですよ! あのような残酷な刑を科すのは、おかしいですよ!」
「ディールよ。お主は、事の重大さが理解出来ておらんな」と、ダ・マーハが、ゆっくりと頭を振った。そして、「王族以外の者への暴行ならば、お主の言う通りで良いだろう。しかし、王族だと、そうはいかん。この国の権威の象徴とも言うべき者に手を上げたとあっては、軽い刑で済ます訳にはいかんからのう。例え、ジェリア様の恩人であっても、それは、許されるべきものではない。その辺りを考慮して、アレにしたんじゃ」と、もっともらしく力説した。
「確かに、アレは、有罪と無罪が、はっきりしてますからね」
「そう言う事じゃ。わしも、不本意じゃが、罪人ネイルに、申し渡しておかなければならん。罪人ネイルには、これより闘技場にて、魔植物モヤシーダと戦って貰う! 勝てば、無罪! 負ければ、奴の餌となる!」
「確かに、ディールの言うように、刑がはっきりしているな。でも、俺は、お前が考えているような結果にはならない!」
「ははは、強がっても、無駄じゃ。モヤシーダに勝った奴は、一人も居らんよ。跪いて、わしに許しを懇願しろ。今なら、考え直しても良いぞ」
「それこそ、お断りだ! お前に命乞いなんて、ごめんだね!」と、ネイルは頭を振って断った。跪いてまで、刑を軽くして貰おうとは思わないからだ。
「愚かな。わしの慈悲が、分からんとは…。嘆かわしい…」と、ダ・マーハが、悲観するように、溜め息を吐いた。そして、「では、そなたの最期を、ジェリア様と眺めさせて貰うとするかのう。しばしの間、そこで、短い人生を謳歌するが良い」と、捨て台詞を吐いて、踵を返した。
少しして、「やれやれ。あの面を見ていると、虫酸が走る」と、ネイルは、吐き捨てるように、毒づいた。ダ・マーハの顔は、見ていると、苛々するからだ。
「ネイル殿! あなたは、無実の罪だと言うのに、化け物の餌にされるのは、理不尽だ! 早く逃げて下さい! このような不当な刑の執行に付き合って、命を粗末にしてはいけません! ささ、早く!」と、ディールが、施錠を外して、格子の扉を開けた。
「気持ちは、ありがたいが、俺は、ここを離れる訳にはいかない」と、ネイルは、すんなりと断った。
「そんなに、意固地にならなくとも…」
「いいや。意固地になっていないぜ。今は、話せないが、時が来れば、あいつらの悪事が、露見するだけだ。あいつらを油断させるにも、策に乗っかってやるだけさ」と、ネイルは、何食わぬ顔で、勿体振った。ダ・マーハ達の悪事を大衆の前で曝すのならば、化け物を倒した時が、好機だからだ。
「分かりました…。しかし、逃げ出したくなったら、いつでも、出て下さいよ。ここは、そのままにしておきますので…。例え、ネイル殿が、行方をくらませたとしても、私は、臆病者だとは、思いませんよ」と、ディールが、困り顔で、溜め息混じりに告げて、立ち去った。
一時して、ネイルは、ディールの足音が聞こえなくなると、その場に胡座をかいて、執行の時間を待つ事にした。




