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黒歴史を晒していく『ギャグ(仮)』

作者: 一氿

高校生時代の黒歴史です。高校生時代はPCを使って小説を書くようになったので、わりかし誤字脱字や、思いつきだけの展開が少なくていいのですが、やっぱり…ひどい。たまに絶句するほどの駄作があり、読み返すだけで何とも言えない気分になります。

「あー、ではドキッ男子だけの罰ゲーム付きポーカー大会を始めまーす」

「えっ?何これ?何が始まったの!?」

 放課後。いつも通りに涼子と遥華の三人で下校しようと席を立った瞬間、僕は松崎と梅原の二人の手によって空き教室に強制連行された。

 そこにいたのは加藤、篠原先輩、吉田だった。

 意味が分からず呆然と見ていると、篠原先輩がいきなり立ち上がって、冒頭の台詞を宣言したのだった。

「諦めろ。逃げ切れなかったのがお前の運の尽きだ」

 死んだ目で僕にささやきかける松崎。いったいお前に何があったんだ!

「よしっ!全員そろったしカード配るぞー」

「飯島…御愁傷様」

「すまねぇ、手加減は出来ない。俺も自分が身が可愛いんだ…」

 加藤にも、吉田にもいつものような活力がない。いったい何が始まるって言うんだ! 

 ポーカーに手加減も糞もあるの?そう思ったのもつかの間、僕の前には既に5枚のカードが並べられていた。

 もう逃げる事は出来ない。僕は本能でそれを理解していた。向き合わせられた机に付く。たかがゲームだ。やってやろうじゃないか。

 僕の手札は七のワンペア。ブタでなかった事に安堵しながら、三枚を捨てる。結局僕の役はワンペア止まり。微妙な役だが、ドベという事はないだろう。他に五人もいるんだから。

 僕のその予想は当たり、最初の敗者は梅原だった。

「そ、そんな…」

「流石に5のワンペアじゃあ負けるだろう」

 危ない所だった。僕のワンペアが七ではなかったら…いや、考えても無駄な事だ。ただ勝ったという事実があれば良い。

 差し出されたくじ箱を梅原は怯えながら首を横に振る。ただの罰ゲームに何をそんなに怯えているのか。僕は呆れた顔で苦笑しようとしたが…出来なかった。周りの皆の緊張した顔。そして篠原先輩の嗜虐に満ちた顔が、僕に不安をかき立てた。

「ご、後生だ!頼む。それだけは…それだけはやめてくれぇ!」

「はっはっは、何を寝ぼけた事を!…嫌だったら借りた百五十三円返せよ」

「今、そんな細かい小銭がないんだ!」

「だったら諦める事だなぁ!」

 篠原先輩は箱に手を突っ込み、くじを一枚引いた。梅原の顔が絶望に染まった。

「おっ、なかなか良いのが来たぜ?」

 ぺらっと、軽い動作で見せられたその紙に僕は戦慄した。

『女子トイレでナンパをする』

 なんて残酷な罰ゲームなんだ!僕は軽い気持ちで逃げなかった事を後悔した。梅原と松崎に捕まった時に、何で僕は逃げなかったんだ。別に約束している訳ではないけど、きっと二人はまだ待っている。どうせいつもの悪ふざけだろうと、ろくに抵抗もしなかった過去の自分を僕は呪った。

「こ、こんなのって…こんなのってない…」

 梅原は哀願する様に、篠原先輩を見上げた。

「何がないんだろうな?なあ、加藤?」

 俯いてつま先を見ていた加藤は、篠原先輩の声に肩を揺らし、恐る恐る顔を上げて梅原を見た。梅原は祈る様に加藤を見た。

 その梅原から、加藤は苦しそうな顔で目をそらした。

「負けたんだ。諦めろ…」

 そして加藤は拳を握りしめて、元の様につま先を見つめ始める。

 梅原は納得できず、声を荒げて加藤につめよる。

「そんなっ…こんな理不尽な事があっていいのかよ!たった百五十三円返さなかっただけで…俺は社会的に死ぬんだぞ!おいっ、加藤!こっち向けよ!」

 加藤は梅原を見ない。ただ拳に爪を立てて、俯いている。

「加藤の言う通りだ、梅原。お前は負けた。約束通り、罰ゲームをしてもらおう。それとも…お仲間がどうなっても良いのかな?」

 その言葉に松崎と梅原が反応した。

「くっ、卑怯だぞ!竹内は関係ないだろう!」

「卑怯で結構だ。ほら…良いのか?」

 梅原は後ろの扉をちらりと一瞥した。教室の後ろ側の扉だ。女子トイレにいくのなら、前側の扉だ。後ろ側は、生徒玄関に近い。

 梅原は竹内を見捨てて、逃げようとしている?

 僕はやるせない気持ちで、汗をかいていた手をズボンで拭った。僕には関係のない話だが、こんな場面、見ていて気持ちのいいものではない。

 松崎と竹内と梅原は小学校からの親友らしい。いつも三人でふざけ合っている。竹内はおとなしめな男子で、よく二人に振り回されてあたふたしている。

 本当に仲がいいのだなと、あの三人を見ていると思う。

 逃げれば、梅原は家に帰って細かい小銭を手に入れる事が出来るだろう。それを次の日に篠原先輩に渡せば、それで先輩は満足するはずだ。しかし竹内は(どうなっているかは知らないが)手遅れだ。彼は友達を失う事になる。

 それでも女子トイレでナンパなんて、出来る訳がない。通報されるレベルだ!

 梅原が力なく立ち上がった。ふらふらと歩き始めた。僕は加藤の様に顔を伏せた。裏切るに決まっている。僕はそう確信していた。見たく無くて、それでも気になって耳を傾けていた。

 音は、前の方からした。

 僕は驚いて、顔をあげた。間違いなく、梅原は前側の扉に手をかけていた。

「友達を…親友を裏切るなんて!出来る訳ネェだろ!」

 梅原は扉を開けた。一直線に女子トイレに走った!そんな彼の背中を僕は憧れのこもったまなざしで見つめていた。すごい。なんてすごい奴なんだ。

「いや、ただの馬鹿だろ」

 その呆れた声が誰だったのかは、分からない。しかしそれはとても冷めた声だった。

 女子トイレから悲鳴が聞こえたのは、それから間もなくの事だった。


「気を取り直して次いくぞー」

 そう言って先輩は、シャッフルした札を配り始めた。

 負けるわけにはいかない。僕は無事に涼子と遥華の元に帰るんだ。決意を新たに札に向き直った。

 今度は十と六のツーペア。これなら、大丈夫。

 安心しきって場に出した。

 フルハウスとスリーカードとキングとクイーンのツーペアとストレート。

「………」

「じゃ、ひこっか」

 ぽん。段ボールが置かれる安っぽい音がした。目の前にあるのは、梅原を性犯罪者へと導いた悪魔の箱だ。

「引かないなら、俺が引いちゃうぞ?」

 抵抗しても無駄な事は梅原で実証済みだ。

 ごめん、涼子、遥華。僕はもう駄目みたいだ。

 心の中で二人に謝りながら、くじを引いた。

『三回回ってわん』

 僕は黙り込んだ。この言葉にどんな非道な意味があるのか、理解できなかったからだ。確かに屈辱的ではあるけれど、それだけだ。

「あー、はずれだな」

「はずれ?」

「そう、はずれ。こんな感じのが…あと5枚だったかな?入ってる」

 どちらかと言えば当たりの気がするが…見物する側としてははずれなのだろう。きっと篠原先輩は負ける事など考えてすらいないのだ。

 なぜなら彼はこの学校の絶対君主。暴君と名高かった元生徒会長様だ。勝者の中の勝者。成績は常に首位を独占。部活動では弱小柔道部をインターハイ優勝まで導いた。

 尊大不遜、我田引水、傍若無人を素でいくため、誰も付いていく事が出来ず、友達が少なく、彼女がいない。そのことを少し気にしているらしいから、たまには一緒に遊んでやってくれと加藤が言っていた。

 その心が広い加藤くんは今日、怯えて縮こまっている訳だが…。本当に何があったというのだろうか。

 とにかく幸運だった。まだまだ僕は大丈夫らしい。

「ん〜、ポーカーも飽きてきたなー。はずれが出ちゃったし、俺って運ゲー嫌いだし…体動かしたくなってきた」

 飽きるのが早すぎだろう。まだ二回しかゲームしていないというのに…。 

それでも運ゲーではなくなるのは、僕にとってありがたかった。いつ負けるのか分からない勝負は心臓に悪い。負けるにしたって、心の準備ぐらいはさせて欲しいものだ。

「そうだな…次は漢の鬼ごっこにしよう」

 まるで鼠を前にした猫のようだと、僕は思った。しかし猫にしては可愛げがない。そう、それは猛禽のような目だった。

「もちろん鬼は俺だ」

 僕はその言葉を聞いて、咄嗟に身を翻した。

 さっきまで僕がいた場所に、黒い陰が通った。篠原先輩だ。僕にタックルをしようとしたのだろう。この時点で鬼ごっこじゃない。めちゃくちゃだ。僕は泣きたかった。

 しかし泣いている場合ではない。僕はすぐに体勢を整えると、生徒玄関を目指して走り出した。鬼ごっこに乗じて逃げるつもりだった。

 しかし後ろで松崎のくぐもった短い悲鳴と、床を打つ大きな音が聞こえ、進路を変えた。相手はもと柔道部主将。引退したとはいえ油断は出来ない。予測できる逃げは良い手とは言えない。

 僕は松崎がきちんと受け身が取れた事を祈りながら、女子トイレを通り過ぎて、階段を駆け上がった。

 女子トイレの辺りはやけににぎやかだった。

 屋上に逃げると、そこには先客がいた。

「飯島?お前も屋上に逃げたのか。ここには逃げ場はないぞ」

 吉田だった。彼は驚いた顔で、僕をじろじろと見回した。

「何も持ってきてないな。何か策があって来た訳じゃないのか?」

 頷くと、吉田は落胆した様に肩を落とした。

 実際僕は策があって屋上に来た訳ではなかった。ただ逃げ場がない所に逃げる訳がないと、篠原先輩が考えれば良いと思って、屋上を選んだだけだった。

 一心不乱に逃げてきたのだ。そんなことを期待されても困る。

 黙っていたら、吉田は遠慮がちに僕に質問した。

「どうしてこんなことになったのか…飯島は分かるか?」

 今度は首をふった。吉田も今度は失望の色を隠さなかった。

「そうか…お前も分からないのか」

「ということは、吉田も?」

「ああ、さっぱりだ。だけど…」

 吉田は口を開きかけて止めた。結論づける事を躊躇しているようだった。

 僕は先を促した。間違っていても、文句は言わない。僕には見当もついていないのだ。手がかりは少しでも欲しかった。

「多分これは先輩の復讐だ」

「復讐だって?」

 予想以上の大きい話に僕は眉を顰めた。到底信じられる話ではない。借りた百十三円をうやむやにしようとした梅原以外に、篠原先輩の怒りに触れるような人間はあの場にはいなかった。むしろどちらかと言えば先輩と仲の良い奴らばかりだった。

 そう反論すると、吉田は仲がいいからこそだと言った。

「仲がいいからこそ、許せない事ってあるだろ?俺は心当たりがないけど、他の奴らのなら大体分かる」

「なんだって?」

 僕が篠原先輩に復讐されるのに理由があるというのか?僕にはさっぱり分からなかった。先輩に何か無礼を働いたことがあっただろうか。考えても、考えても、思い浮かぶ事はなかった。

「やっぱり分からない…なんで僕が復讐されなきゃいけないんだ」

「…本当にわからないのか?」

 なぜだか吉田は苛ついているようだった。僕が何をしたというのだろうか。戸惑いながら首を振ると、吉田は怒りを通り越して呆れたようだった。

「まったく…彼女のいない先輩の前で、毎日の様に女二人侍らせて下校しておいて良く言うよな…。お前案外大物かもな」

 僕は何も言えなかった。だってそれだとまるで…。

「それだとまるで先輩が、僕なんかに嫉妬してたみたいじゃないか。あり得ないよ」

 ため息をついて、吉田は僕がした様に首を振った。意趣返しのつもりだろうか。

「『みたい』じゃなくて実際してたんだよ。気づいてなかったのか?」

 僕は一歩後ろに下がった。開けられたままの扉が、風に揺らされて、不吉な音を鳴らした。

「悔しそうにお前を見てたぜ?気づいてて、見せつけているんだと俺は思ってたんだけどな。いやぁ、本当にたいしたもんだ」

 僕は一歩、また一歩と愉快に笑っている吉田から離れた。少しでも距離を稼がないといけない。

「ん?どうしたんだ、飯島。そんな怯えた顔し」

 僕は踵を返した。後ろを振り向かずに、がむしゃらに足を動かした。耳を塞いで、ただ足にだけ集中した。両手が使えないので、何度もバランスを崩しかけた。それでも手を耳から外す事が出来なかった。

 後ろから聞こえる悲鳴と肉を打つ音を聞かない様にするには、ただ走る事に夢中になるしかなかった。

 篠原先輩の吉田への恨みは、多分吉田自身の性格の悪さだと、僕は思った。


 廊下で『鬼ごっこ終了』という紙を見つけるまで、僕は走り続けた。

 元の空き教室に戻ると、加藤と篠原先輩がいた。

「よお。遅かったな」

 吉田はいなかった。同情はしない。

 とうとう僕と加藤だけになってしまった。

 席に座ると、加藤が僕にだけに聞こえる声量でつぶやいた。

「…松崎は『好きな子の名前を言いながら校庭十周』になった」

 肉体的にも、精神的にも厳しい罰だ。そして本当に僕は幸運だった事が身にしみて分かった。

 そして加藤もやっぱり吉田の事は何も言わなかった。

「最後は何にしようか?何でも良いぞ?」

 先輩だけは生き生きとしていて、なんだか楽しそうだった。周りが見えていないのかな?そう思ったけど、流石に口には出せなかった。

「…スピードで勝負しましょう」

 加藤がトランプを掴み、挑みかかる様に言った。

 先輩は目を見開いて加藤を見た。僕も驚いた。今日一日、加藤はずっと怯えて、俯いていた。進んで喋る事すらしていなかった。

 しかし今、加藤はしっかりと篠原先輩を見据えて言っていた。本気だ。加藤は本気なんだ。

 先輩にも、加藤の気持ちは伝わったのだろう。好物を前にした肉食動物の様に爛々とした目で、加藤を睨んで、嗤った。

「いいだろう。受けて立つ」

 先輩がカードを赤と黒に分けている間、僕は加藤を教室の隅に引っぱった。

「勝算があるの?」

 僕が気になっていたのは、そこだった。相手はあの完璧超人だ。よっぽどの策がない限り、実力がものをいうスピードで勝つなんてできない。

「…ない」

 しかし僕の予想を裏切って、加藤はそう言い切った。

「嘘…」

「こんな嘘つくわけないだろ」

「でも、ならどうして…」

 勝てる訳がない。加藤はなんてほとんど負けが決まっている勝負に出ようとしているのだ。こんな愚かな事はない。

「今日のこれは多分俺が原因だ。皆を巻き込んでしまって…本当に申し訳ないと思ってる」

「加藤は…どうしてこんな事になったのか知ってるのか?」

 加藤はしばらくの間黙り込んだが、目をそらしながら言った。

「先輩の妹に手を出しちゃった」

「えっ?」

 ちょっと何言ってるのか分かんなかった。

「いや手を出したっていうか…本当にちゃんと好きだから!遊びとかじゃなくて…でも…ほら、先輩って」

 口ごもった次の言葉は容易に想像できた。

 確かに先輩ってシスコンだし、絶対に加藤を許さないだろう。加藤の言葉で今日一日の先輩の奇行が腑に落ちた。

 篠原陽一は二歳下の妹、篠原詩緒里を溺愛している。それはもう、周りがドン引きするぐらいに。僕も引いた。

 詩緒里ちゃんは愛想はないけど、とても可愛い子だ。素っ気ない態度で勘違いされがちだけど、気の聞くとてもいい子で、先輩同様何でもそつなくこなす。しかし先輩の様に鼻にかけた様子はなく、男女ともに人気がある。

 しかし告白しようなんて猛者はなかなかいない。なぜなら先輩に()られるからだ。それでも多少はいるらしく、何人か先輩に吊るし上げられているのを見た事がある。

「な…どうやって告白したの?不可能だよ。今まで先輩に気づかれずに告白できた奴なんていなかったじゃないか。」

「いや、された方で…」

「えっ、それはまぁ…おめでとう?」

「あ、ありがとう…。いやいや、今大切なのはそこじゃない」

「そ、そうだ。先輩に勝つ方法を考えよ」

「おーい!分けられたぞ。なにこそこそしてるんだ?」

 流石万能な男。カードを分ける事さえ早い。作戦を立てる時間さえ渡さないとは、痛み入る。

 苦々しい顔で、加藤は先輩の向いの席についた。僕はただその様子を見守っていた。隙があったら逃げよう。もしくは加藤を楯にしよう。

「まさかお前が俺に勝負を仕掛けてくるなんて、今日は予想外の事ばかりが起きるな」

 余裕たっぷりの先輩に、加藤は精一杯平気をよそった態度で接していた。

「…窮鼠猫を噛む。追い込まれたら弱かろうとただ黙って見ているなんて事はないんです」

 緊張した顔で。カードを並べる。

「ああ、あの梅原が俺に抵抗して、松崎が技をかけた後、俺に反撃した。おかげで飯島達を追いかけるのに時間がかかった。飯島がここまで諦めずに逃げたのは初めてだし、お前は俺に勝負をふっかけた。」

 先輩は爽やかな笑顔で、僕たちを見ていた。そしてやっぱり吉田の名前は出てこなかった。

「これなら俺が卒業しても、この学校は安泰だな」

「「えっ?」」

 僕らが二人そろって、間抜けた声を出すと、先輩は照れくさそうに笑った。

「いや…柄じゃないのは分かってるんだが、やっぱり心配じゃないか。後輩達や、この学校の行く末とか。俺には関係ない事かもしれないが、お前達のおかげで俺は高校生活楽しかった訳だし…感謝だってしてるんだ。それに寂しくもあったんだよ。ここを離れるってのがな。まだまだ先だけど、これから本格的に受験に向けて勉強し始めるから、お前らにも構ってられなくなるし、最後に思いっきり遊ぼうと思って、今日こうやって無理矢理集まって貰った訳だ。ネタバラしになるが、梅原も松崎も竹内も無事だ。」

 梅原が無事だというけど、それなら女子トイレの騒ぎは何だったのだろうか?そして遊ぶにしても、もう少し穏便な遊び方はなかったのだろうか。いろいろ思う所はあったが、黙っておいた。触らぬ神に祟りなし。薮をつついて蛇が出たらかなわない。

 そしてやっぱり吉田の名前は出なかったな…。

「………バレてなかった…だと」

 そして加藤が固まっていた。

「ん?どうしたんだ、加藤?」

 先輩のそんな言葉も無視して、加藤は時計を仰ぎ見ていた。そろそろ大体の部活動が終わる時間だ。

 時刻を確認して、加藤の血の気がさっと下がった。

「先輩、俺お腹が痛いので早退します」

 本当に具合が悪いのではないかと思うぐらい、加藤は青ざめていた。

「学校はもう終ってるぞ」

 しかし先輩は平然と続行する気だ。今すぐスピードが出来る様に、すでに山札に手を付けている

「帰ります」

 珍しく断固として譲らない加藤。

「そう言うなよ。せめて遊んでから帰れよ」

「遠慮します」

「罰ゲームももうないのに?俺はもう満足したから別になくてもいいんだが?」

 その言葉を聞いて安堵するが、もう涼子も遥華も帰っているだろう。後で謝っておかないといけないな。

 今日は久しぶりに一人で帰る事になりそうだ。

「そろそろ妹さんの部活が終りますよ?」

 そういえば詩緒里ちゃんの所属する茶道部はもう終わりの時間だった。

「知ってる。一緒に帰るんだからな。それがどうした?」

「迎えに行ったらどうですか?」

 加藤は今すぐにでもここから逃げ出したいのか、さきから後ろ側の扉をちらちらと見ている。

「いや、前に迎えにいったら怒られた」

「そうですか。それじゃあそろばん塾があるんで、さよなら!」

「あれ、颯太さん?」

 加藤はしょんぼりとした先輩が目を離した瞬間に、扉に向かって全力疾走した。しかし加藤より先に扉を開けるものがいた。詩緒里ちゃんだ。

「颯太さん?」

 先輩の声音には明らかな怒気が含まれていた。

 ちなみに颯太というのは加藤の下の名前だ。

 加藤のこめかみから汗が流れ出た。おそらく冷や汗だと思う。脂汗っぽいし。

「兄さんを迎えにきたんですけど…颯太さんもしかして私を待っていてくれてたんですか?」

 詩緒里ちゃんのいつものぼんやりした無表情が、嬉しそうに崩れた。

「えっ、いや…」

「嬉しいです!兄さんにバレたら大目玉なのに…分かりました。兄さんは置いて帰ります!」

 感動したのか、詩緒里ちゃんは加藤の手を握る。加藤の話に少しも耳を貸す気配がない。

「その…ちが」

「どうしたんですか?ああ、兄さんがそこにいるからですか?大丈夫です。私、気にしませんから。兄さんより颯太さんと帰りたいんです。」

 その言葉にいたく傷ついたらしく、先輩は幽鬼のごとく二人に近づいて、鬼気迫る表情で二人を引き離した。

「お兄ちゃんは認めません!!」

 途中で声が裏返り、切実さが伝わってきた。どこまで必死なんだ、この人は。

「兄さんには関係ありません」

 取りつく島もないほどばっさりと切り捨てる詩緒里ちゃん。表情は加藤に向けるそれとは違い、全くの無表情だった。

「し、詩緒里…?」

 哀れだ。

 そんな先輩と詩緒里ちゃんを見て、目を泳がせながらとった加藤の行動は…

「えっと…飯島、篠原先輩、詩緒里ちゃん!俺はその、も、門限があるから…さよなら!」

 逃亡だった。

「待てやごらぁっ!!」

「待ってください」

 三人は脱兎のごとくかけていき、すぐに見えなくなった。多分すぐ捕まるな。篠原兄妹の足はすごく速い。時間の問題だろう。加藤…安らかに眠れ。 

 そして誰もいなくなった。

 そこまで大層言い方をするような事ではないけれど、教室には僕しかいなかった。後片付けが出来るのも、僕だけだった。

「なんか、損した気分だ…」

 倒れた椅子や、寄せてあった机を元通り並べ直した頃には、外はもう日が落ちかけていた。

 家が遠いわけではないけど、暗い中一人帰るのには抵抗がある。

 ため息をついて、外に出る。無駄に疲れたし、さっさと帰ろう。

 外には涼子と遥華がいた。

「えっ?待ってたの?」

「遅い!あんたねぇ、いつまで待たせんのよ!」

「下駄箱にまだ靴があったから…」

 胸に何か暖かいものがこみ上げてきた。確かにこれは先輩も羨むかもしれない。

 涼子に強い口調で罵られたけど、返す言葉もなかった。遥華が宥めなければ、もっと長い間説教をされていただろう。実際言い足りなさそうだった。

 それでも二人は置いていく事なく、僕を振り向いて言った。

「さ、帰ろう」

「うん」

なんだこれ。何とも言えない気分になります(二度目)。

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