四
「頼れそうだと思ったんじゃねぇ? そうだよなぁ。俺って、よく人から頼られるタイプだからよ」
冗談ぽく言って、冷たい征志の視線にぶつかる。俺がにっこり笑うと、征志は唇の端を上げて皮肉げな笑みを浮かべた。
「お前、そんな真っ赤な嘘ついて心が痛まないか? それとも、熱が出てきたのか?」
本当に額に手をあてかねない征志を無視して、俺は自分の背中に手をまわした。
「とにかく、しばらくこのまま様子を見てみよう。風邪気味だって言っても、俺の体力は並みじゃねーし大丈夫だろ」
「本当にか?」
真っ直ぐに俺を見据える征志に、自信満々に頷く。
「ああ。あたりまえだ」
まだ心配そうに俺を見る征志の胸を、コツンと小突いてやる。
「マジ。大丈夫だって!」
微笑んだ俺に、やっと征志もそうだなと笑顔を見せた。
これでやっとゆっくり出来ると、再び机にうつ伏せた俺に、征志が頭上から声をかけた。
「なあ、鏑木。昼飯はもう食べたのか?」
「いいや」
軽く答えた俺に、征志の予想以上に驚いた声が返ってくる。
「何故!」
強く訊かれて、俺は顔を上げた。
「なぜって……腹が空かねぇから……」
相手の予想外の反応に、俺はたじろぎながら、それでも素直な答えを返した。
「だめだ!」
きつく言い放って、征志は俺の右肩を掴んで立たせようとする。
瞬間、俺は反射的に征志の手を振り払って後ずさっていた。慌てて、背中に手をまわす。
俺に押されて少しよろめいた征志は、驚いたように俺を見たが、すぐに理解したように笑った。
「大丈夫だ、鏑木。後ろの奴には触っていないから」
「そう……か。悪い」
気が抜けてふらつく俺の腕を掴むと、征志は俺を引っ張って教室を出た。
「いいか。しんどくてだるいのは解るが、飯はちゃんと食べろ。でないと、しつこいようだが本当に死ぬんだぞ。……ったく! よくそんなんで、大丈夫とか言えたよな」
怒りの為か、心配するあまりなのか、腕を掴む征志の指が震えているのが伝わってくる。
「わかった。これからは気をつけるよ」
素直に謝る俺に眉をそびやかした征志は、溜め息混じりに言った。
「何故、こんなに大変な目にあってまで奴を庇うんだ?」
その質問に、俺はニヤけた目を征志に向けた。
「なぁ。こいつの姿は判んなくても、性別くらいは判るか?」
「……なんとなくはな」
「女だろ」
フフンと自慢げに言ってやる。真っ直ぐ前を見ていた征志の目が、驚きと共に俺に向けられた。
「何故、判ったんだ?」
「会ったからだよ。――うん、悪くない。あの娘ならいっか。かわいい感じだったし」
1人で納得する俺におかしな視線を向ける。
「まあ、その話は食堂に着いてから、ゆっくりと聞かせてもらうよ」
再び前を見た征志は、数歩歩いてクスクスと笑いだした。
「なるほど。だからか」
言って、チラリと俺を見る。
「ああ?」
「お前らしいな。モテないというのも、大変なものだ。涙ぐましいものがあるよな」
「ぬかせ!」
声を殺して笑う征志に冷たい一瞥をくれると、俺は力を込めて背中を叩いてやった。