二
「おい。何なんだ、そいつは」
昼休み。
かなり遅い重役出勤をして来た征志の、最初の言葉がこれだった。
ぼーっとする頭を上げて、征志の顔を見る。せっかくの整った顔をしかめて、いやな物でも見るように俺に冷たい視線を向けていた。
「何って、なにが?」
朝のだるさに磨きがかかって食欲まで失せていた俺は、征志の冷たい物言いにムッとしながら、重い体を起こした。
征志はしばらく俺の顔を穴の開く程見つめていたが、小さい溜め息を吐くと傍にあった椅子を引き寄せて、体を投げ出すようにして座った。
「自覚が……無いんだな」
俺の目を覗き込むようにしながら、念を押すように言う。
「自覚が無いって、だから何がよ」
灰色に曇った目を見返しながら、思わず溜め息が洩れた。
判っている。こいつがこの目をすると、アレがらみなんだ。
今までそんのは別の世界の事だと思っていた俺は、迷惑な事にこいつとつき合ってから、まあ……頻繁にそいつを体験していた。
「また、アレ……か?」
少々情けない目を征志に向ける。
椅子の背に体を凭せ掛けた征志は、口元に指をあて俺からそっと視線を逸らした。
「ああ」
「どこにいるんだ?」
身を乗り出して、征志の顔を覗き込む。俺だって聞きたくない。はっきり言って、全然好きじゃないんだ。出来る事なら、無関係でいたい。でも――。
今の征志の言い方からすると、俺からみなんだよなぁ。
意を決して、征志の顔を見つめる。征志はそんな俺をちらりと見ると、面白そうにクスリと笑った。
「そんなに気張る程のもんじゃない。弱々しいものだからな。でも、お前の背中にピタリと貼りついてる」
片手で頬杖をつきながら、もう一方の手で俺を指差す。
ギクリと背を伸ばした俺は、ゆっくりと右手で背中をまさぐった。何も触れないし、何も感じない。
ほぅーと息を吐いた俺に、征志が皮肉な笑みを浮かべた。
「取り憑かれた事にすら気付かないのに、気配を感じれる訳ないだろう」
溜め息まじりに呆れた目をして言った征志に、俺はふんっと鼻を鳴らした。
「すみませんねぇ。俺は何も知らないド素人でしてね」
露骨に腹を立てた俺に、征志はにっこり笑いかけてきた。何故かこいつは、俺が感情的になると喜ぶフシがある。
ただ単に、からかって面白がっているだけかもしれないが……。
「で、どうする?」
真顔になった征志が、小首を傾げるようにしながら聞いてくる。
「どうするって、何が?」
俺が聞き返すと、征志は冷たい視線を俺に――と言うよりは、俺の中にいる奴に向けた。