変わり身
良い天気だった。
鳥の声だけが聞こえてくる。
道沿いに大きな木があった。
「さてと、飯にしよう」
侍が木の下にやってきて座った。
と、そこへ
「お一人かな?」
と、男の声がかかった。
「ええ、そうですが」
と侍は答えた。
木の下には侍しか居ないが、侍は特に驚くでもなく、どこからとなく発せられた問に答えた。
「ほーん、お強いようですな」
また男の声が言った。
侍はそれには答えないで握り飯を食べ始めた。
「美味そうですな」
また男の声が言った。
侍は頷きながら握り飯を食べている。
「どうです?一つ私にくれませんかね?実は腹が減っているのです」
侍は握り飯に目をやった。そこに握り飯は二つ。
侍は辺りを見回した。
「何処ぞに隠れている?出て来い。出てこねば、飯はやらんぞ」
侍が言うと、もう一人の男が木の裏側から出てきた。
「それでは、お一ついただきます」
出てきた男は片手で拝むと、一つ握り飯を取って食べだした。
侍と男は共に目を見張りながら握り飯を食べた。
侍は三十才ほどだろうか。浪人風。
男はまだだいぶ若い。たぶん十七八。顔が美しい。
と、そこに、二人の旅人が近づいて来た。
侍は視線を若い男から外して、そちらの方を観た。
二人の男の旅商人。
侍は辺りを見回す。
二人の旅商人、若い男、あとは誰も居ない。
侍はすくっと立ち上がると、二人の旅人に向かって歩き出した。
直ぐに旅人は驚いた顔で侍を観た。
侍の顔には殺気がみなぎっていたのだ。
立ち止まった二人の旅人に、侍は刀を抜いて走り寄った。
後ずさりする二人の旅人はバサリバサリと切られて倒れた。
侍は刀を鞘に収めると、それを道端の草むらに放った。
それから道端の草むらへ二人の旅商人を引きずりこんだ。
若い男はそれを驚きの表情で観ていた。
少しすると、一人の商人が草むらから出てきた。
商人は若い男の方を見ずにスタスタと歩いて行ってしまった。
若い男は木の下の侍の荷物を手に取ると、商人が出てきた草むらに走って行った。
草むらを少し奥に行くと、真っ裸の二人の男の死体が転がっていた。
その横に、侍の着物と刀が転がっている。
若い男は、その着物と刀を手に取ると、草むらを走って抜けだした。