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異界境界線  作者: 十二月
異界探索者
8/17

守護者討伐隊~肆~

 タンカー班の一人が赤色の魔力でゴーレムの右脚を着色する。タンカー班、サポート班、近接班が接近し、入り乱れる乱戦状態において、遠距離班は着色された部位や対象に攻撃を加え、同士討ちを避ける。

 ゴーレムは右腕と左脚の自由を北小路の磁力魔術により奪われ、防戦一方となっていた。自由の効く左腕を振るおうとすれば右腕が引かれ左腕は空振り、右脚を踏み出そうとすれば左脚が押されバランスを崩す。北小路の魔術で抑えきれないゴーレムの攻撃は鎖盾が完全にシャットアウト。形勢は一方的で、誰もが討伐隊の勝利を確信していた。

 しかし、一人の探索者がゴーレムの右腕の直撃を貰い、弾き飛ばされる。数十メートルは吹き飛ばされた探索者を誰もが死んだと思ったが、その探索者は辛うじて生きていた。俺はサポート班として、その男を避難している者達の所に運ぶ為、一時戦線を離れた。

 避難している者達は圧倒的討伐隊の戦況を間近で見ていた為か、負傷者を運び込んだにもかかわらず、歓喜で迎えてくれた。


(本当にこのまま勝てるのか?)


 避難者達との間に感じた温度差が一抹の不安を呼び起こす。言いしれぬ違和感を抱えたまま、再び戦線に復帰した俺は、何気なく北小路へと視線を向けた。

 北小路の様子がおかしい。表情は平時のそれと変わらないが、額からは大粒の汗を滴らせ、元々青白いまでの肌は今や真っ青に染まっている。平静を装いながらも呼吸は荒く、よくよく見れば肩が上下しているのがわかる。魔力欠乏の症状だ。


「何をしている? 早く戦線に戻れ」


 駆け寄った俺に北小路の叱責が飛ぶ。近くで見ればさらによくわかる。彼女はもう限界だ。

 描かれる魔術式にはノイズが入り、乱れ始めており、時折いくつかの魔術式が列が飛んでしまうことで彼女はその場で飛んでしまった魔術式を書き加える事で何とか魔術制御を行っている状態だった。先程攻撃を受けた異界探索者はこの数瞬の遅れで回避が間に合わなかったのだろう。けれど、北小路は責められない。彼女がいなければすでに全滅していてもおかしくはなかった。

 そもそも瞬時に魔術式を書き加えられるだけでも大したものなのだ。しかし、その行動がさらに魔力燃費を悪化させ、魔力の枯渇を早める。北小路の魔力欠乏状態はすでに末期にまで及んでいた。

 心配そうに見つめる俺を諭すように北小路が言う。


「そんな顔をするな。やはりあれだけの巨体を制するとなれば、魔力消費は半端ではないな。だが、持たせてみせるさ」


 強がりだ。枯渇しそうな魔力を無理矢理絞り出しているので、全身に力が入らず、今にも膝は屈する寸前。ゴーレムもダメージが蓄積し始め、身体の至る部位で崩壊が見て取れるが、まだまだ余力はありそうだ。とても持つはずがない。

 決め手となる強力な一撃を欠いているのだ。討伐隊にもう一人だけでもレベル5のアタッカータイプ探索者がいれば。ない物強請りが意味を成さない事はわかっていても思わずにはいられない。

 討伐隊をその華奢な身体で背負い込み戦う探索者の女性。雲の上と感じていたその探索者も自分と同じ、か弱い人間の一人に過ぎない。彼女が戦う理由は俺とは違うのだ。イカれているのではない。救いたいのだ。己の両手で掬い上げる事のできる命をただ救いたいのだ。北小路の戦う姿を見て、俺は不思議とそう感じた。

 何とかしたい。今だけでいい。俺の全魔力を使っても構わない。奴に乾坤一擲の一撃を加える力がほしい。けれど変成系魔術師である俺にそんな強力な魔術の持ち合せはない。


「だからそんな顔をするなと言っている。私達探索者には無限の可能性がある。魔物との戦いにおいて、我々探索者はその命尽きる最期の瞬間まで諦めてはならない。鏑木、貴様も現世で沢山のことを諦めてきたのだろう?」


 何をやっても燈奈に勝てず、自慢の兄となる事を諦めた。少しの努力で勝てる事もあったはずなのに、俺はその少しの努力を嫌って逃げた。

 大学に進学する事とその先にある堅実な未来を諦めた。そんな人生はつまらないと卑下した。心のどこかでは努力から逃げる為の言い訳だと知りつつも、世界に適応しきれていなかった俺は堅実な未来を見下す事で自分を正当化して逃げていたのだ。

 女性との付き合いを諦めた。人を愛するのが怖いのだ。これまで何一つ上手くいかなかった俺は嫌われるのが怖くて、異世界に逃げた。非現実を現実を感じさせてくれる唯一の場所として、相互を入れ替えたのだ。

 異界境界線の内側で逃げ続け、諦め続けてきた俺の人生。探索者として魔物に勝つ事を諦めた瞬間。俺の居場所は異界境界線の向こう側にもなくなってしまう。


「ならば異界境界線の先にある世界でだけは何も諦めるな!」


 熱い電流が俺の身体中を駆け巡った様な気がした。

 そうだ。諦めるな。まだ俺は、俺達は負けていない。まだ出し切っていない。俺一人では無理だとしても、今俺は一人ではない。討伐隊の皆と一緒ならばあるいは。策は――ある。

 魔術式を起動。広域に声が伝わるように振動を増幅する魔術を付与して、俺は叫んだ。


「討伐隊全軍に告ぐ! 北小路副隊長はこれより乾坤一擲の一撃を放つべく、全魔術を解除する。各員は必殺の一撃を待ち、ゴーレムの注意を引き付けよ! 各員の奮闘を期待する!」


 大勢の人間に語りかける事など、俺のこれまでの人生でなかった事だ。視線が集まっている気がする。緊張と居心地の悪さで吐きそうだ。

 だけどこれで良い。北小路の魔術をあてにして、回避が疎かになれば負傷者も増えてしまう。俺の作戦を遂行する為には時間も必要だ。

 何を言ってくれるんだ、と頬を強張らせる北小路に作戦を説明する。黙って俺の話に耳を傾けていた北小路は物凄い剣幕で怒鳴った。


「そんな事ができるわけないだろう!」

「俺と北小路さんならできます。俺の固有技能である高速術式展開を使えば理論上は可能なはずです。碌に準備もしてきていない俺達ではゴーレムと長時間戦い続ける事はできず、このままではジリ貧です。方法はこれしかありません」


 北小路はしばし黙考する。時間がない。この作戦を却下するならば撤退も視野にいれなければいけないくらい討伐隊全軍は疲弊している。

 ややあって首肯するだけで北小路は返事をした。渋々といった風だが、この際関係ない。

 俺と北小路だけでは足りない。俺は魔力糸を伸ばし、鎖盾へと声を届ける。糸電話の要領で魔力糸に振動を伝わせて遠距離にいる者と会話する魔術だ。

 鎖盾の説得が最も難しいと思っていたのだが、意外に「面白い」と不敵に笑って案外あっさりと俺の提案に乗ってくれた。冷静沈着な鎖盾の事だ。今の戦況を分析して、そろそろ賭けに出るしかないと考えていたのかもしれない。


「北小路さん。それでは魔術式の修正と追記をよろしくお願いします」

「了解した。それと綾芽あやめで良い。親しい者は皆そう呼ぶ」


 北小路――綾芽のグリモアと俺のグリモアと鎖盾のグリモア、三者のグリモア内にインストールしてある魔術式の共有化を行う。異なる三種の魔術を混合させる練魔術と呼ばれる術式で、所謂合体魔法だ。

 通常であれば練魔術を行う際、事前に各自の術式の最適化を行っておく必要がある。難解かつ膨大な魔術式列を繋ぐ作業は一朝一夕で行えるものではない。ましてや戦闘中に行うなど不可能に近い。練魔術を行使するに至って必ず必要なその最適化作業は綾芽が担当する。彼女の驚異的な演算能力をもってしても困難を極める作業だが、信じるしかない。

 俺は最前線で戦う鎖盾に向かって走り出す。駆けながら三つの魔術式を同時に展開した。描かれる魔術式は俺の電撃魔術式と綾芽の磁力魔術式、鎖盾の鎖を具現化する魔術式だ。

 鎖の魔術式は綾芽によって電気伝導率を極限まで高めたものに書き換えられていく。俺はその術式を何度も何度も展開することでぐるぐるに巻きつける様なイメージで術式を描く。そこに綾芽の磁力魔術式と俺の電撃魔術式で膨大な電力を織り込んだ術式にしていく。そう――俺達の術式を組み合わせることで電磁誘導を行っているのだ。電磁誘導における電圧の大きさは磁力とコイルの巻き数に起因する。実物の存在しない状態であっても魔術式ならばそれを再現する事も可能なはずだ。

 磁力魔術式と鎖魔術式だけでは不可能だろうが、俺の電撃術式を織り込んで調整すれば理論的には可能。術式の作動テストすら許されない状況では一か八かの賭けだったが、魔術式に宿る魔力が増幅されていくのがわかる。最初の賭けには勝った。

 魔術式で定められた威力や規模の限界値を術式を書き換える事なく、増幅させる事は不可能である。魔術を行使する者には基本中の基本だが、それを可能にする方法が一つだけある。同様の魔術式を複数連続展開し、繋ぎ合せ、最適化していけば魔術式の規模が大きくなるにつれ、威力も上昇する。

しかし、そこにも問題がひとつ。術式が膨大になれば魔術式はグリモアの容量に収まりきらなくなる。よしんばグリモアの容量を拡張し、そんな魔術式をインストールすることに成功したとしても、発動即魔力欠乏という魔術の使い所など限られ過ぎていて普通は容量の無駄遣いに終わる。

だからこそ俺の存在がきいてくる。俺は術式を展開し続け、発動まで至らせていない。グリモア内に刻まれるはずの魔術式を空中に刻んでいるにすぎないのだ。俺は鎖盾の元に向かいながら、まるで足跡を刻むように魔術式を連ねる。こんなことができるのは俺の高速魔術展開があってこそだ。

 俺は駆けた。ゴーレムに対する討伐隊の戦線は徐々に崩壊へと向かっている。電磁誘導により強力な電撃魔術が付与された魔術式を書き連ねながら俺は直走る。

 俺が展開し、綾芽が紡いだ練魔術式の発動には膨大な魔力が必要となる。それをこの討伐隊の中で発動できる者がいるとすればそれはただ一人。難攻不落と呼ばれるレベル5探索者――鎖盾以外にない。






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