守護者討伐隊~弐~
異界管理局二階会議室。壁面には巨大なモニターが設置され、各都道府県在住の異界探索者が映し出されていた。討伐に参加する各異界探索者の居住地は様々な為、打ち合わせはこうしてインターネット会議で行われるのだ。
俺と同じ地区から参加する異界探索者は俺の他に三名。何度か異界探索で顔を合わせた事のある三人だ。特にその内の一人は一方的によく知っている。全国でも数少ないレベル5探索者で、一度見たら忘れられない程の美貌を持つ女性探索者。以前見た事のある和装の魔装具を装備している人だ。
北小路と名乗ったその女性探索者の肩口で綺麗に切りそろえられた黒髪は日本人形の様で病的なまでの肌の白さと相まって、その容貌はまるで作り物のようだ。切れ長の瞳に射竦められると思わず息が止まってしまう。まるで切れ味の鋭い刃物の様な美しさを持つ女性だった。
今回の討伐隊参加者は六十二名。あの事件以降、久しぶりに組まれた討伐隊にこれだけの人員が集まったのは単に異界管理局主催である賜物だろう。とはいえ、心許ない人数。ディープダイバーの中に義侠心を持つ者は少ない。ディープダイバーのほとんどはある種の社会不適合者なのだから、当り前だ。ここにいるのは暇潰しに丁度良いと思った者か、異界管理局から貰える報酬を期待している者のどちらかだろう。
全員が配られた用紙にサインを終え、坂刷から今回の依頼に関する説明が始まる。配られた用紙は、依頼遂行中に死亡したとしても異界管理局は責任を問わないという旨の承諾書。異界通行書発行時にも書かされているが、危険な任務を受託する際は改めて記入させられる事が多い。
「本件の目的は第二界位の守護者討伐と取り残されている人命の救助です。現地調査員からの通信によれば、現在第二界位に取り残された全探索者で守護者と交戦中との事。皆様もご存知の通り、第二界位の守護者の防御性能は強固であり、大きな人的被害は出ていないものの、現地の探索者では致命傷を与えられず、膠着状態が続いております。さらに二十二時間に渡る長時間の交戦により現地探索者は疲弊しており、その均衡も長くは持ちそうにありません」
俺が考えていたよりも状況は良い。俺は現地の探索者は既に壊滅状態という最悪の事態を想定していた。大きな人的被害も出さずに膠着状態に持ちこめているのは、出来すぎと言っても良いだろう。ほとんど攻撃が通らないとはいえ、多少なりともゴーレムにダメージが蓄積されているかもしれない。期待しすぎてはいけないが、不幸中の幸いとも呼べる状況に他の探索者の表情も弛緩する。
「交戦地点は異界境界線から南東に三十キロの地点です。これから皆様には第二界位に入界して頂き、即時討伐任務に当たって頂きたいと思います。皆様が守護者討伐を完了した後、現地に技術者を派遣し、異界境界線を修復致します。修復完了次第順次ご帰還下さい。ご質問はございますか?」
特に質問は出なかったので、異界探索者同士の作戦会議が始まる。守護者討伐だけに限らず、複数名で戦う際には役割を決めなければならない。魔物の攻撃を引きつけるタンカー。魔物の攻撃を阻害し、負傷者を救助するサポーター。魔物にダメージを与えるアタッカーだ。さらにアタッカーは近距離攻撃を得意とする近接アタッカーと遠距離攻撃を得意とする遠距離アタッカーの二つに分けられる。
基本的にタンカーには魔装具強度の高い具象化系魔術師が向いているとされ、サポーターには臨機応変に立ち回れる変成系魔術師が、近接アタッカーには身体能力に長けた身体強化系魔術師、遠距離アタッカーには大量の魔力を放出する事で敵に絶大なダメージを与える放出系魔術師が向いているとされる。しかし複数系統の素養を持つ魔術師も少なくないので、単純には当てはまらないのだが、俺なんかはバリバリのサポーターだ。というより変成系魔術にしか高い素養を持たない俺にはその選択肢しかない。
しかし、何だかんだと言いながら、あまり他人に己の魔術素養を明らかにする事は好ましくないとされているので、役割を決める際は大体の場合、自己申告で決まってしまう。
俺は過去に一度だけ守護者討伐に参加した事がある。第一界位のリザードマンの討伐だ。その時は見栄をはって近接アタッカーのグループに属したのだが、俺程度の火力ではほとんど活躍する事ができずに討伐は終わってしまった。今回は前回の反省から学び、見栄をはらずにサポーターのグループに所属する。人命が懸かっているのだ、ふざけてはいられない。
班分けを終え、通信が切られる。今の時刻は午後七時三十分を少し回ったところ。午後八時丁度、一斉に各異界管理局の異界境界線を潜って第二界位に突入する事となった。俺と同じ地区の四人と共に地下の異界境界線前に移動し、その時を待つ。
北小路は壁に背を預け、落ち着いた様子でグリモアをいじっている。最終調整でもしているのだろう。北小路は俺と同じサポート班になったので肩を並べて戦う事になる。
グリモアで友人らしき相手と電話している五月蝿い男は郷田というレベル4の探索者。格闘技でもやっているのか、筋骨隆々な体躯はいかにも強そうだ。見た目通り、タンカー班に所属している。
最後の一人は眼鏡をかけた痩躯の男で上江と名乗ったレベル4探索者。碌に拭いていないのか、汚れで曇ったフレームの歪んだ眼鏡を頻りに人差し指で押し上げながら独り言を呟いている。魔術師然とした上江もイメージ通りの遠距離アタッカー班所属だ。
人物観察をしつつ、時間を潰す俺に北小路が突然に近寄ってきた。強烈な目力で見つめられるとつい、たじろいでしまう。
「君の得意な変成魔術は何だ?」
「電撃属性付与と無定形かつ軟質の高分子物質特徴の付与です」
「電撃とゴムの性質に魔力を変成するってことか。つまり君の戦闘スタイルは近接戦闘における電撃付与魔術の行使。電撃付与魔術を至近距離で行使する際、絶縁性質を付与した魔力で自己を覆う事で感電を防いでいるというわけか。うん。君はセンスが良いな」
見た目から怖い印象を受ける北小路だったが存外取っ付き易い性格の様だった。鋭い目付きとは裏腹に、はにかんで笑う表情はまるで天使の様に美しい。
それにしても得意な変成魔術を答えただけで、俺の魔術行使における本質まで理解するとは流石レベル5というべきか。
電撃属性の変成魔術は扱いが難しい。特に至近距離の行使では、その難度は跳ね上がる。電撃魔術と言っても結局は電気を生み出す魔術に過ぎない。単純に放出するだけならば、空中に練り上げた魔力に電撃性質を付与してやればいいだけなので、術者が電撃に晒される心配は少ないが、至近距離で電撃の性質を持たせた魔力に術者も直に触れるというのならば話は異なってくる。電撃魔術が術者に流れてくるという事だ。己の放った魔術は己には影響しないという都合の良い話は小説の中だけ。なので、ほとんどの術者は電撃魔術は放出して使用するのだ。
俺の場合は固有技能である高速術式展開でほぼ同時に二つの魔術式を起動する事により、北小路が言い当てたように、絶縁性質を持たせた魔力で接触部位を覆い、電撃魔術を行使する事で感電を防いでいる。総魔力量が多ければ、常に絶縁性質を持たせた魔力で身体を覆い続け、同じ戦法をとる事も可能だが、複雑な魔術式が必要な絶縁性質を付与する魔術は魔力消費が多く、俺程度の魔力総量ではすぐに魔力欠乏に陥ってしまう。
「それならゴム性質を付与する変成魔術のプログラムを組んでおいた方が良さそうだな」
「プログラムを組むって、今からですか?」
「君に背中から撃たれるのを避ける為だけの防衛用術式なら、五分もあれば組める」
膨大な魔術式で構成される魔術プログラムをパソコンも使わず五分で組めるという言葉は俄かに信じ難い。俺が今の戦闘スタイルを築きあげるのに三年もかかったのだ。それを五分で対策されれば自信喪失は免れない。
黙々とグリモアに向かう北小路は「少々手間取ったな」と言いつつ肩を回し、結局五分弱で一つの魔術プログラムを組み上げてしまった。天才は存在する。凡人とは住む次元の違う化物。やはりレベル5とレベル4との間には圧倒的なまでの隔たりがある事を思い知らされた。