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異界境界線  作者: 十二月
異界探索者
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守護者討伐隊~壱~

 鼻腔を擽る美味そうな匂いに俺は目を覚ました。

 着替えず眠った洋服は昨晩の嘔吐物がかかったのか襟元から饐えた臭いを発している。二日酔いの頭はずきずきと痛む。枕元に置かれたグリモアを手に取れば、突然いなくなった俺を心配する慶太からのSNSコメントが大量に届いている。何も言わず帰ってしまったのは悪かったと反省しつつ身体を起こした。


「寝巻にくらい着替えなさいよね」


 俺の顔面に飛来したのは上下紺色のスウェット。投げてきたのは妹の燈奈だ。燈奈は俺に説教をしつつも朝食(時計を見れば午後二時を回っているので、昼食か)を作ってくれている。出された卵粥を啜る。二日酔いで草臥れた胃袋には有り難い。


「んで、今日はどうした?」

「駄目な兄の生存確認に来ました。帰って来いっていっても帰って来ないし」

「三日前に約束したばかりだろ。その内帰るつもりだったって」

「どーだか」


 燈奈はだらしない兄の部屋を片付け始める。見られて不味い物は押入れの奥に隠してあるので、問題はない。何度か秘蔵の同人誌を発見されて兄弟間に気まずい空気が流れたことがあり、俺も流石に対策を講じた。

 食べ終わった俺はテレビを点けた。無音状態だとまた説教が始まるので、入っている番組は興味のない昼のニュース番組だが、まぁ良いだろう。


「――お兄ちゃんさ。異世界に潜るの、もうやめなよ」


 ほらきた。俺のささやかな抵抗は無意味に終わり、燈奈が俺の横に座り真剣な眼差しを向けてくる。飯にありついておきながら、合鍵なんて渡しておくべきではなかったと恩知らずな後悔をする。

 黒目がちな大きな瞳。雪白の肌と流麗な黒いロングヘアー。前髪を流して止めている桜の花弁の細工が施してあるヘアピンは俺が去年の誕生日にあげた物だ。燈奈は身内贔屓なしに見ても美少女で通る整った顔立ちをしている。

 俺とは違い、美しく、人に優しい勉強やスポーツもできる優秀な妹は同じ血が通っているとは思えない。友達も多く、兄想いで、俺の知る限り十八年の人生で彼氏を作った事もない純粋さ。きっと最初に付き合う相手を結婚する相手と時代錯誤な価値観を持っているのだろう。

 昨晩見た斎藤の餓えた雌の顔がフラッシュバックした。あんなビッチとは大違いな妹。大学に進学しても絶対にあんな風になってほしくない。

 大切に思いながらも俺は燈奈が苦手だった。真っ直ぐで燈奈の言う事はいつも正しい。けれどその正しさが人を傷つける事もある。俺は昔から事ある毎に一歳年下の妹と比べられ、傷ついてきた。だから嫌味な言い返し方しかできない。


「優秀な妹君と違って俺は出来損ないだからな。命懸けて、身体はって漸く人様と同等になれるのさ」

「またそんな言い方して」


 BGM代わりに流していたニュースに異世界の話題が飛び込み、俺の意識は流れた。

 第二界位の異界境界線封鎖事故。俺は驚愕の声と共に思わず、前のめりになる。机に置いてあったコップが倒れるが、意識は完全にニュースに釘付けだった。

 第二界位に入った異界探索者が昨夜九時から誰一人戻って来ず、不審に思った政府調査員が調べたところ、異世界側から地球に繋がる異界境界線に異常が起こり、入界する事は可能だが、戻っては来れないのだという。これまで一度としてなかった異常事態に第二界位に取り残された異界探索者の安否が心配されている。という内容。


「うそ……だろ」

「今朝からこのニュースで持ちきりだよ。だからお兄ちゃんにはもう異世界には――」


 俺のグリモアから着信音が鳴り、燈奈の言葉を遮った。発信者不明の非通知着信。怪訝に思いながらも、俺は通話ボタンをタッチした。


『鏑木橙亜様の携帯電話でよろしいですか?』

「はい。そうですが」

『私、異界管理局の坂刷さかずりと申します。急なご連絡を差し上げ、誠に申し訳ございません』


 異界管理局から電話をもらうのはこれが初めての事だ。異界管理局から依頼を受ける際、インターネット受付を利用して依頼を受託する事もあるが、必要事項は登録メールアドレスにメールが送られてくるのが常だった。

 電話の相手が異界管理局と聞けば燈奈がまたうるさい。燈奈の目が気になった、俺はベランダに出る。


『第二界位異界境界線封鎖事件はもうご存知でしょうか?』

「はい。今ニュースで見ました」

『これは秘匿事項なのですが、今回の事故は第二界位の守護者が異界境界線近辺に出現した事で、異世界側の異界境界線が破壊され引き起こされました』


 俺は言葉を失う。坂刷の語った話はとてもではないが信じられない。これまで各異世界の守護者が生息域を出た事例はない。数十人規模でないと討伐不可能な守護者が異界境界線付近に出現したとなれば、その被害は甚大だろう。異界境界線付近で狩りを行う者達はまだその異世界に入界して間もない者が多く、とてもではないが守護者に太刀打ちできる実力を有する者はいない。次の界位に入界可能な実力を得て初めて、守護者討伐に名を連ねる事が出来る。入界難度は守護者と相対する事を想定して設定されているわけではないのだ。


『ここからが本題なのですが、現在レベル4以上の異界探索者様に異界管理局からの緊急依頼を出しております。鏑木様にはその依頼を受託して頂きたいのです』


 ここまでの会話の内容から緊急依頼内容は容易に想像がつく。第二界位の守護者討伐と第二界位に取り残された異界探索者の救出と保護。守護者が暴れ回っているのならば、事件から十七時間経過している事から取り残されている異界探索者達の安否は絶望的だが、生き残っている者も少なからずいるだろう。

 それにしてもよりにもよって第二界位の守護者の暴走とは厄介だ。他の界位守護者であれば、強敵とはいえ、低レベル探索者でも束になってかかれば勝算はあるのだが、第二界位の守護者だけ話は別だ。

 第二界位は草木一本生える事のない地表を岩石で埋め尽くされた荒野。そこに棲む主たる守護者は岩石の巨人、ゴーレム。鉄壁の外皮を傷つけようと思えば、相当の魔術習熟度が必要となる。

 過去に組まれたゴーレム討伐隊はレベル3以上の冒険者八十七名で十二時間にも及ぶ死闘だったと聞く。第二界位を主戦場とするレベル2以下の異界探索者程度では爪の先程の傷もつけられないだろう。たまたま居合わせたであろうレベル3以上の探索者もそう数が多いとは思えない。大勢いたとしたならばこんな大事件には発展してはいないだろう。

 何人集まるかもわからない緊急の守護者討伐隊。勝率の計算などできようはずもない。報酬に関しては異界管理局からの依頼なのだから、心配はいらないだろう。

 最も問題なのは討伐に成功したとして、本当に地球に帰って来られるかどうか。破壊された異界境界線の修復までかかる時間。修復できる技術を異界管理局が有しているか否か。修復できるからこその作戦なのだろうが、こちらは何もわからない。判断する情報が少なすぎるのだ。


「わかりました。受託します」

『それでは本日の十九時までに準備を整え、異界管理局までお越し下さい。お待ちしております』


 それでも俺は受託する。心が躍るのだ。突如暴走した第二界位の守護者。破壊されてしまった異界境界線。取り残された人々。まるで小説に描かれている冒険譚そのものの展開に俺は心の昂りを抑えられない。

 いかれているのかもしれない。事実イカれているのだろう。しかしイカれていなければディープダイバーとは呼べない。

 俺はベランダから部屋に戻ると、抵抗する妹を無理矢理家から追い出し、ゴーレム討伐に向けてのグリモア調整に入った。



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