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異界境界線  作者: 十二月
異界探索者
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合同探索~弐~

 大型犬程の体躯を持つ巨大な兎。頭頂部から伸びる一本角の先端は鋭利に尖っている。身体的特徴そのままにホーンラビットと呼ばれる魔物だ。

 視認するや否や根達が女性達に魔物から遠ざかるよう促す。魔物との初遭遇に女性陣は恐怖に表情を強張らせる。第一界位に生息する魔物の中でホーンラビットは最も弱い魔物とされているが俺は万が一に備え、外套の裏地に縫い付けてある投げナイフに手を添えた。


「まぁ見てろって」


 根建は腰に差した長剣を抜き放つ。金色の装飾が柄に施された両刃の西洋剣。それらしい構えからの一振り。ホーンラビットの身体は分断され、光の粒子となって消えた。女性陣から喝采を浴びる根建は満足気だ。

 魔物の体内に血液は流れておらず、切り裂いても血が飛び散るようなおぞましい光景が広がる事はない。血液の流れない傷ができるだけで、絶命すれば跡片もなく消滅する。それが女性でも安心して戦える理由でもあり、危機感を覚えさせず死者を出してしまう要因でもある。

 それから女性陣にも戦わせつつ、リザードマンの住処にむけて着々と道程を消化していく。俺と慶太はまだ一度も武器を抜いていない。慶太は活躍して女性の視線を集めたいなどと思っておらず、俺は俺が武器を抜く様な事態にならなければ良いと思っていた。しかし、その事態はすぐに訪れた。

 人を倍する巨体を持つ亜人魔物オーガ。第一界位で守護者を除けば最強に位置する魔物が現れた。個体数が少なく、エンカウントする確率の少ない魔物に運悪く遭遇してしまったのだ。

 遊び半分の合探。うるさく異世界の危険性を説いても、鬱陶しがられるだけだろうと考えていたのが、裏目に出た。オーガを視認するや否や女性陣は特攻した。これまで大した苦戦もせずにここまで来ていたので、魔物に対する恐怖心がまるでなかったのだ。

 俺がそれに気付いた時には女の子の一人にオーガの拳が直撃した時だった。初心者用異世界探索アプリに搭載されている防衛魔術が自動展開するが、オーガの剛腕は魔術結界を砕き、女の子が身に纏う鉄の鎧をひしゃげさせた。

 俺は身体強化魔術で強化した脚力でもって、オーガへと突貫した。

 左右の腰から短刀を抜き放ち、気を失った女の子に追撃を加えようと振りかぶっている腕を両断した。唸り声を上げて、俺を睨みつけるオーガに再接近。苦し紛れに振られた残った腕を掻い潜り、跳び上がると頭部に二本の短刀を突き立て、魔術式を展開。俺の両手から流れ出た電撃の性質を帯びた魔力は短刀を伝い、オーガの頭部に流れ込んで意識を刈り取った。

 立ったまま絶命したオーガが消え去り、俺は嘆息を吐き出した。他の者は倒れ伏した女の子へと駆け寄る。幸い大した怪我ではなかったので、慶太がすぐに治癒魔術を行使した。

 慶介は身体強化系魔術の素養が飛び抜けて高い。身体強化系魔術は己の身体能力向上以外にも他者を治癒する治癒魔術の素養も兼ねている。強靭な肉体と治癒力を持つ身体強化系魔術師が最強の異界探索者と呼ばれる事が多いのも当然だろう。

 怪我をした女の子――斎藤さいとうの怪我は大したことなく、すぐに完治した。根建から説教に近い説明が女性陣になされたが、華麗な治癒魔術を行使したイケメン異界探索者の慶太に女性陣一同は桃色の視線を向けるばかりで聞いてはいなかった。華麗だったはずの俺の戦闘技術は当然なかったことにされたが、別に気にしていない。


「引き返そうか」


 誰かが呟く。皆深刻な面持ちを湛えて、引き返すべきかこのまま目的地までいくべきかを話し合っている。斎藤の怪我が下手に完治してしまっているので、進むか退くか話が纏まらない。根建や俺を先頭に今後は気を付けて進めば大丈夫だろうという意見。対してまた同じように誰かが怪我を負ってしまったらどうするのだという意見。

 あぁでもない、こうでもないと話す皆を俺は辟易として見ていた。俺にとって異世界は危険な場所で当たり前なのだ。それをちょっと魔物に小突かれたからといって、痛いだの怖いだのと言い出すのは今更過ぎると感じてしまう。始めから来なければいいのだ。やはり俺の感覚はずれてしまっているのだろうか。

 結局そのまま引き返す事になった。俺も先に進みたかったわけでもないので、異論はない。自分から怪我をするような危険行為を行っておいて、少し擦りむいたからと救急病院に駆け込むような真似に苛立っているだけだ。



 ***



 その後地球に戻ると、異界監理局に程近い居酒屋で打ち上げと称した飲み会が開催された。俺はひたすらにジュースのように甘い酒ばかりを飲み続ける。

歳はまだ19になったばかり。本来なら酒の飲めない歳だ。とはいえ、最近の大学生で飲まない奴なんて稀で、皆飲み慣れているものだ。そんな周囲に比べて酒を飲み慣れていない俺にとって焼酎やビールは苦く臭いだけの飲み物だった。


「根建君って強いよね。尊敬だよ」


 根建にしなだれかかる櫻木は随分と酔っているのか、甘い声を更に蕩けさせている。根建も満更ではない様子で、押し付けられる櫻木の胸に鼻の下を伸ばしていた。探索中根建の魔装具デザインに対して陰口を叩いておきながら、平然と掌を返す櫻木に吐き気がする。

 女の子二人は慶介にすり寄り熱心に自分達の軽薄さを熱心にアピールしており、取り残された男は一人退屈げに酒を煽る。俺はというと――


「ってか、まじあり得ないんだけど。怪我するとか聞いてないし。超痛かったし、最悪。もう二度と異世界になんか行かない」


 酒によって絡んでくる斎藤の相手をさせられていた。

 魔物達もあんたみたいな奴に遊び半分で来られても迷惑だろう。と思っていても口には出せず、適当な相槌を返す。退屈な時間は時計ばかりが気になった。俺は苦痛を紛らわす為にひたすらに酒を煽った。

 世界が歪む。呂律が怪しくなり、トイレに行こうと立ち上がると足元がふらつく。慣れない酒は加減がわからず、気付かぬ内に随分と酔いが回ってしまっている。

 トイレに入り、ズボンを下げるや急激な吐き気に襲われ嘔吐した。胃の内容物を便器にぶちまけながら、早く帰って寝て、異世界に行きたいと思った。あの世界だけが俺にとっての現実なのだ。こんな退屈で薄汚れ、腐りきった世界は俺の居場所ではない。

 トイレを出ると斎藤が立っていた。別に女子トイレがあるというのに何故か男子トイレの前に立っている斎藤は女子トイレと男子トイレもわからないほどに酔っているのだろうか。


「斎藤さん。大丈夫?」


 声をかけると斎藤は両腕を俺の首に回して引き寄せてきた。突然の事に驚きながらも、全体重を預けて来る斎藤を咄嗟に抱き寄せる。突き飛ばしてしまうわけにもいかない。


「鏑木君、今日助けてくれたし、お礼にエッチさせてあげよっか? 二人で抜けちゃおうよ」


 耳元で囁く斎藤を俺は躊躇なく突き飛ばして、背中に斎藤の喚き散らす暴言を受けながら逃げるように店を出た。

 人混みを掻き分けながら家へと足早に進む。酔いの火照りはすっかりなくなり、気持ち悪さと悪寒が身体の芯を揺さぶった。

 貞操観念なき女共に、それを食い物にする男共。同年代の若い女は賞味期限の短い己を安売りし、若い男は排泄行為とばかりにそれを買い叩く。俺は異世界の魔物達なんかよりも余程それが怖い。潔癖なつもりはない。童貞というわけでもない。ただ嫌悪してしまうのだ。作り物のような人間達。二つに割ってみれば中身は空洞なのではないかとさえ思わせる空っぽで気味の悪い人間達を俺は心底嫌悪する。

 部屋に帰り、ベッドに身を投げ出せば、自分の息の荒さに気づく。頭は警鐘を鳴らすようにがんがんと傷み。胃はひたすらに上下運動を繰り返しているかのように感じられ、気持ちが悪い。いつしか内蔵を蝕む大量のアルコールは俺の意識を絡めとっていった。




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