プロローグ
第一章は説明も多くなります。戦闘シーンも挟み、だれないように努力しますが、ご了承ください。
久しぶりに筆をとりました。稚拙な文ではございますが、お楽しみ頂けると幸いです。
今時、海外旅行に行こうなどと言う者はいるのだろうか。宇宙に上がりたいと思う者すら今はいないだろう。それほどに俺達日本人にとって非現実は身近な存在になった。つい三年前までソーシャルゲームが流行し、大人も子供も没頭していたものだが、今そんなものに時間を費やす者はいやしない。
三年前、日本政府から突如として発表された衝撃的ニュース。要約すれば『異世界へ渡る事が可能になった』という発表。全ての元凶はこれだ。更に国民を驚かせたのは十五歳以上の全ての国民に対して、異世界通行証を発行するという政府の対応だった。
現在一般人には五界位までの異世界が解放されている。界位というのは異世界を数える単位であり、五つの異世界に一般人が異世界通行書を提示して入界が可能という事だ。すでに新たに発見された異世界もあり、政府の調査完了後に一般人へと解放されるだろう。現在政府の発表によれば未だ異世界の知的生命体との遭遇はない。
ここで問題になってくるのは何故一般人を容易に異世界へと入界させるのか、という事だろう。理由は単純明快。国が躍起になって収集しているとある資源を確保する為だ。
各異世界には魔物が出没する。ファンタジー小説やゲームに出てくるまさにそれである。魔物達は体内にこちらの世界には存在しない鉱物を持っている。それが政府が血眼になって集めている資源――魔石である。
魔石は小さい物でも今までこちらの世界で使用していたあらゆる燃料資源よりも優れ、異世界と繋がる事によって人類が使用可能となった魔術を付与することができる魔術媒体としても有用だった。当然そんな優れたエネルギー資源を放っておく我々ではない。国民が集めてきた魔石を国が買い取り、国力を高める。国力=魔石保有量。資本主義社会は終わりを告げ、魔石主義社会に名を変えたといっても良いだろう。金持ちになりたければ、異世界へ潜れ。それが今の社会の常識だ。
とはいえ、魔物と対峙するのは危険が伴う。丸腰で魔物と対峙しろと言われれば、いくら金を積まれても御免だが、人類には魔物に対抗する秘策があった。それが魔術である。
人は刃や弓を捨て、より強力な武器である銃を手に取った。しかし三年前から人は銃を捨て、魔術の媒体となり易い刃や弓を再びその手に取った。人は魔術の行使により、身体能力を強化し、魔物に対抗する。
魔術により強化された身体は銃弾を避ける反射神経を備え、鉄をも両断する膂力が宿る。強者とは魔力総量が多く、魔術素養の高い者を指し示す言葉になった。
魔術研究の歴史が浅い人類が何故、魔物に対抗できるほど魔術を使いこなせたのか。それには携帯電話に内蔵されたアプリが深く関わっていた。
多くの国民に普及している携帯物といえば、携帯電話。ある科学者は異世界から採取した魔石を端末に内蔵し、魔道具とした。それまでうまくコントロール出来なかった魔力は、魔石内蔵携帯端末――通称グリモア内にインストールしてあるアプリを使うことで魔術式化され、指向性を持った魔力は魔術として発現させることが可能となった。
それだけではない。魔物を倒した際に魔石が魔物の体内から吐き出されると同時に魔物の身体は魔素という粒子に変わって消滅する。その魔素は人間の体内に吸引され、更なる魔力をもたらす。ゲームでいうところの経験値を得るに近い状況である。
グリモアでは吸引した魔素を数値化することは勿論、所有者の体内魔力状態――所謂ステータスを測定するアプリまで組み込まれている。最早、携帯端末グリモアは異世界で戦う者にとってなくてはならない存在となった。
***
第四界位は見渡す限りの砂漠。湿度が限りなく低く、最高気温六十度を超える灼熱の大地では身体の周囲を冷却魔術障壁で覆っていなければ、たちまち干からびてしまう。変性系の魔術素養を持たぬ者は立ち入ることすら許されない入界難度Cランクの異世界だ。
入界難度とは政府が魔物の強さや異界環境を元に設定した各異世界の危険度を示す指標だ。俺達異界探索者はその入界難度と己の力量を天秤にかけて各異世界へと潜る。当然ながら強い魔物は高純度の魔石を有しており、入界難度が高い異世界は危険に見合う対価を得られる。しかしそれには命が残っていれば、との注釈がつく。
変性系魔術とは魔力の性質を変化させる魔術を言い、冷却魔術障壁とはその変性魔術を用いて氷結属性を付与した魔力を纏うという術式だ。変性系の魔術素養が低くとも扱える低位の魔術である。
第四界位に潜って三日。大量の魔石を確保した俺は帰路についていた。
どこまでも続く地平線。グリモアの画面に写し出される異界境界線を指し示す方位磁針だけが頼りだった。
暮れることのない昼。大気を熱するのは一体何なのか、空に太陽は存在せず、澄みきった蒼だけが広がるばかりのここはやはり異世界なのだ。
踏み込んだ脚の下で砂が突如として隆起する。俺は灰色の外套を翻して、後方に跳躍した。
砂漠の地表から巨大な二本の牙が突き出し、俺の脚があった場所で交差する。地底に隠れながら頭上を通る獲物を捕食する魔物、デザートアント。多くの異界探索者がこいつのせいで脚ばかりか命を失った。
俺は油断なく構え、左右の腰に差していた鞘から短刀を抜き放つ。俺の戦闘スタイルは小太刀二刀流を用いた超接近戦。
脚に貯めた魔力を爆発させ、一気にデザートアントに肉薄する。降り下ろされる鉤爪を掻い潜って懐へ。すれ違い様に三太刀見舞って距離を取る。
手に痺れが残り、思わず短刀を握り直す。デザートアントを始めとする昆虫系魔物のほとんどは鉄壁の外殻で守られており、巨大な大剣などの重量級の武装を用いれば膂力次第で両断できようが、小柄な俺には小さな傷をつけるので精一杯だった。
しかし俺が短刀を振るった目的は両断することではない。斬撃を加える際に粘着性を持たせた魔力糸を付着させた。短刀からは三本の糸が伸びており、デザートアントの外殻に刻まれた小さな切り傷へと繋がっている。俺は魔術式を展開。魔力で描かれた術式は陣を描き、魔術が発動する。
電撃の性質をもたらされた魔力が魔力糸を伝い、デザートアントに流れ込み、体内を焼いた。しばらくもがき苦しんだ、人と同サイズの巨体を持つ昆虫は地に沈み、その身体を魔素へと変じて散らせた。
戦利品である魔石を回収し、俺は再び異界境界線へと歩を進める。
俺――鏑木橙亜が異界探索者になった理由はありふれたものだ。
三年前一般人に異世界が解放された時、高校一年生だった俺は初めは興味本位で異世界に潜り、元々ゲームやアニメが好きだった俺はすぐに異世界に魅了され高校を中退した。きっとただのゲームやアニメでは俺の欲求は満たし切れなくなっていたのだ。生死を賭けて戦う冒険譚。そんな冒険譚の主人公に俺はなりたかったのだ。
命を賭けた戦いとはいえ、第一界位程度ならば易々と死ぬ事はない。出現する魔物も小動物程度の雑魚ばかり。普通の人間は休日や仕事終わりにゲーム感覚で低界位へと潜り小遣い稼ぎをする。
第三界位以上の異世界に潜るのは、魔石売買で生計を立てる、俺達ディープダイバーと呼ばれる者達くらいだ。化物に殺され、異世界で生涯を終えるなんて正気の沙汰ではない。でも今の日本ではそんな酔狂な連中の数は決して少なくない。死への恐怖。生への欲求。まるでフィクションなこの異世界だけが俺達ディープダイバーにとってノンフィクション。リアルを感じさせてくれる場所だった。
***
空中に佇む虹の靄が中央に向かって渦を巻く。その不思議な空間が異界境界線だ。特殊な魔力磁場を発生させているらしく、グリモアの方位磁針アプリはその磁場を観測して方向を指し示す。
ひとたび靄を潜れば、そこは日本。腰には短刀、身体には革鎧とそれを覆う灰色の外套を纏っていた俺の着衣は異界境界線を潜ると同時に消失し、下着姿へと変わる。異世界用装備である魔装具は具現化系魔術で具現化した物であり、魔力濃度の薄い場所では形状を保っていられない。その為、異界境界線を潜った先の場所はどういう原理かはわからないが、男女で分かれている。非常に残念だ。
いつも通りの落胆を感じつつ、ロッカーにして保管してあった洋服を取り出し、身に着ける。
地球側の各異世界に繋がる異界境界線は各都道府県に建造された異界管理局内にある。異界管理局では魔石の換金や魔道具の販売、行方不明者の捜索依頼や、異世界にしか存在しない素材――マテリアルの採取依頼の受託等が行える。小説なんかに良く出てくる冒険者ギルドってやつだ。
異界管理局地下一階にある異界境界線区画を抜け、一階の総合受付区画へ。まるで隣にある役所と同じような内装をした施設。異世界に関わりのある場所とは信じられないくらいに事務的な雰囲気を漂わせ、殺風景だ。待合椅子では異界探索者達がテレビを見たり、雑談に耽っている。
俺は比較的空いている魔石の買取カウンターに並び、順番を待つ。ライトノベルの影響で受付嬢は若く美人なイメージがあるが、買取カウンターや依頼受託カウンターに立つのは普通のおばちゃんがほとんどで、若い女性職員はインフォメーションカウンターに就かされている事が多い。
俺の番が来たので、異世界通行書と魔石の入った腰袋をカウンターに置く。異世界通行書は異世界関連施設における身分証明書の役割を果たす。個人情報や取得魔石総量、依頼達成実績などが記録され、異界探索者レベルは上昇していく。一定の異界探索者レベルがなければ、入界難度が高い異世界への入界は許可されない仕組みだ。
「ご提示頂いた魔石の含有魔力総量は368/mでございます。本日の相場は1/m当たりの買取価格は298.1円ですが、よろしいですか?」
魔力の単位は/mで表わされる。相場は日々変動し、三日の稼ぎは109700円小捨点斬り捨て。高校中退で何の技術も知識も持たない俺が三日で稼ぎ出せる額としては多いと言えるだろう。命を賭けた対価として安いか高いかは人それぞれだろうが、俺は概ね満足している。ディープダイバーの中では相場が高騰した際に一気に大量の売りを入れる者もいるが、俺はそんな面倒な事はしない。買取承諾書にサインし、現金を受け取る。
俺の住む街の中心地に建造された異界管理局。外に出れば街は喧騒に包まれている。すでに陽が落ち、人工の明かりの灯る街並みを眺めつつ、俺は三日ぶりになる夜と街の雑踏を懐かしみつつ、自宅への帰路を歩いた。