焼けた花の匂いに魅せられて
小坂井綾――という少女がいる。
綾は弟を失っていた。
何かを失う――という過去において、私たちと似ている部分があると思う。
だから、なのだろうか。
彼女は『こちら側』に来る素質があったようだ。
「……採用します」
『え、ええ?』
受話器越しに彼女の驚く声がする。
当たり前だろう。
ほとんど会話も重ねないうちから、アルバイトを受け入れたのだ。
彼女はほかにバイト経験はないはずだが、それが普通でないことくらいはさかしい彼女でなくとも誰にだってわかる。
「マニュアルは、カウンター下の引き出しに入っています。ほとんどの作業は、こちらの通りにやれば対応できるでしょう。分からないことがあれば、こちらの番号にかけてください。ただし、昼間は応対できない可能性が高いです」
電話越しに困惑した彼女を放っておいて、わたしは受話器を切った。
「…………」
彼女は私のことは知らないけれど、私は彼女を知っていた。
正確には、目をつけていたうちの一人というところだ。
ゴーストと生者を兼ねるもの――彼女は宮棟から反魂香を買った内の一人で、初雪の学校の先輩だ。
それだけでも目をつけるに足る理由なのに、何の因果か彼女は自分が呼び出したゴーストを受け入れた。
それが、彼女を喫茶「カンテラ」のアルバイトとして採用した理由の最たるもの。
「これで、初雪はきっとあそこを見つけるでしょう……」
――ゴーストとゴーストは惹かれあう。
何も彼女である必要はないが、カンテラの従業員は「ゴースト」でなくてはいけない。
彼女がゴーストを受け入れた時点で、生者でありながらゴーストでもある。
――本当に、初雪に似ている。
初雪も、生者でありながらゴーストの望みを背負っている。
類は友を呼ぶ、という言葉にもあるように、ゴーストにつかれた人間(綾)はゴーストにつかれた人間(初雪)を誘うだろう。
すぐでなくてもいい。けれど、そう遠くないうちに。
……けれど、まだ『だろう』止まり。確実ではない。
「……舞台は着々と整いつつありますね」
私はそうつぶやくと、反魂香を焚いて幽体となった。
……より確実に、小坂井綾と初雪を接触させるには、私も小坂井綾に干渉するのが一番だった。
「……初雪」
ほんの些細なきっかけを用意すれば、あとはきっと、転がるだろう。
――ゴーストたちの楽園への道を。