だまし討ち(3)
小坂井綾が体育館へと姿を消す。
『…………』
入れ替わるように初雪が闇の中から現れた。
『良かった』
体育館の中では、小坂井綾と中にいる初雪の友人たち、それにコノハサクヤが対峙し続けていたが、それは今私には関係ない。
きっと、初雪を止めようと必死な彼らを、初雪を救おうと身命を賭す彼女が、心身でしのぎを削っているだろうけれど、今私には関係ない。
明日に控えた復讐のために、闇から逃れた初雪の前に、2人の少女が立っていた。
「初雪」
「先輩っ」
女子生徒2人に向け、初雪が暴力ではなく、言葉を返す。
「希……あずま」
それだけで、彼女たちは初雪にとって大切だと――こんな非常時でも、無視できないような存在であると――言うことが分かった。
東雲希と、あずま夜。
「先輩……ごめんなさい。こんな騙すようなことをして……玉樹先輩をだしにして……」
こぼすように呟かれた名前に、あずまが初雪に語りかける。
かつて反魂香を用いていた――どこか影を抱えていた――秋のような華やかさと寂寥感を抱えた、後輩少女が声を上げる。
「でも、聞かせてほしいんです。何があったのか。先輩が何に苦しんできたのか。そうしたら、みんなで考えることができるんじゃないんですか!?」
「…………」
『無駄です』
それは、何も知らないからこその言葉だ。けれど、仮にすべてを知っていても、初雪は止まらない。
無言の初雪に、今度は希が声をかける。
進路指導委員の委員長。男の友情にあこがれる変わった少女。
「そ、そうだぜ。親友じゃないか」
「……?」
何を言い出すんだという初雪に、まとまりきらない言葉を語る。
「俺は、安易にそういってきたけど……この冬に、初雪と過ごして、そうありたいって、心の底から思ったんだ」
まるでずっと前からの友人のように、この冬に初めて会った彼に、胸に抱える想いを伝える。
「あつくるしくて、友情とか、いろいろ求めて……うざい顔されて。けど、俺なりに頑張ったつもりだった。それで……いつからか、反論しなくなって、嬉しかった」
夏の日差しのようにまっすぐに差す熱意を抱く、兄とは違い頭の弱い下級生。
頭が弱いからこそ、想いはつつまれることなく、まっすぐに届けられる。
「……別に、俺は」
「親友、じゃないか……。初雪。信じてほしい。俺達を」
「…………」
黙り込む初雪に、あずまもさらに言い募る。
「先輩!」
……けれど。
『それも、無駄です。無意味、です』
「…………。どけ」
「あうっ」
押しのけたあずまがよろめいた。その姿に、近くにいた白咲ヤンキースの1人が声を上げる。
「河野。お前っ」
どこか初雪を尊敬する目で見ていた彼は、初雪のこの行動に気を立てた。
「先輩!」
押しのけられたあずまも、声を上げた。
それらもすべて、今の初雪の――ゴーストチャイルドの――前では、雪原に燃える1本のマッチの火のようなものだ。すぐに消える。
「気安く呼ぶなよ。クソガキども」
「あ……」
『…………』