ランとして(終)
「ふっふー。いわないとぉ……わかってるよね?」
「お、脅す気か……」
私の得意技のジャイアント・スイングの記憶がよみがえったのか、一層表情を硬くしながら初雪が後ずさる。
「……さぁ、どうして私の顔を見て、驚いたような顔をしたのかなー?」
「う、うぅ……言わない」
「とぉ!」
私は初雪にとびかかると、そのまま彼の足をもって空いたスペースまで引きずり出し、足のステップで回転を始めた。必殺、ジャイアント・スイング!!
「ぎゃああああああああ!!」
「ほ~ら、初雪~? 早く『言う』って言わないと、ひどいよ~?」
「すでにひどいんだがぁああああああ!!」
「ほ~らほらぁ~」
「ぎゃあああああ!! 言う! 言うからああああああああ!!」
その声を聴いて私はソファに初雪を投げつける。
「うげふっ!」
体中から空気を抜いたような奇妙な声を上げて初雪が倒れこむ。……まあ、もう慣れたけど。
「……それで? どうして初雪はさっきびっくりした表情したのかなぁ?」
「そ、それは……」
「むん」
じりじり一歩近づくと、初雪が焦点の定まらない目で最大限の恐怖を表現した。
「ら、ランが嬉しそうにしたから……」
「えっ?」
初雪の言葉に、私の足が止まって、思考に空白が生まれる。
それでも初雪は言葉をつづけた。
「俺のことなのにランがあんまりに嬉しそうにしてくれたから、驚いて……嬉しくて」
「ひゃ、ひゃわ~! 何言ってんのこの子は~!!」
私は初雪にとびかかるとその勢いのままにジャイアント・スイングをかけた。ぐ~るぐる~。
「うわああああああああ!! な、なんでぇええええええ! 言ったのにいいいいいい!!」
驚いた。嬉しかった。
初雪に嬉しいと思ってもらえたことが驚いた。
私が初雪のことを喜べたことが嬉しかった。
初雪と本当の家族みたいなこの時間が――嬉しかった。
「ぜぇ……ぜぇ……。料理、さめちゃったよ、ラン……」
「うぅ……ごめんね、初雪」
10分ぐらいして落ち着いた後、料理を温めなおして再び食事をする。今度は特におふざけはなしで。
「…………」
「? どうしたんだ、ラン?」
珍しく、食事中に初雪が私に声をかけてきた。その箸も止まっていて、私も初雪を見つめ返す。
「え?」
「なんだか、嬉しそうだ」
かぁ、と顔が熱くなった。この体がかりそめのものだから、私の心――魂が火照っているのだろう。
だから、一応自分でも理解しているのだ――嬉しいということを。
だけど私はとっさに否定してしまう。この喜びを享受していることを。
「そ、そんなことないもん!」
「ランは照れ屋だからな……」
「それどーいう意味っ?」
初雪にだけは言われたくない! そんな意味を込めた視線とともに声を投げかけるけど、伝わってないんだろうなあ。初雪、結構ドンカンだから。
多分、自分が照れ屋だってことにも気づいていないし。
「もう! ごはん食べるよ!」
「わかったよ」
それからは粛々と食事が進む。家族のように。
「…………」
ランとして初雪と一緒の生活を始めてから、もう何年もたっている。
初雪は初めから私を受け入れてくれた。自分で言うのもなんだけど、うさん臭かった私を、自分も一人だから嬉しいと受け入れてくれた。……それからもう何年もたっている。
もう私たちは家族と呼んでもいいのではないだろうか。そう思うと、嬉しさと同時に胸が痛む。
……私は、大切な家族をだまし続けているのだから。
都合により、明後日の投稿は4日後へと持ち越しとします。