ランとして(1)
「初雪ー」
「ん……なんだ? ラン」
ごはんできたよー、と寂れたホテルの一室でお互いの名前を呼び合った。
厨房は少し離れたところにあって、私はそこで料理を作る。作った料理は放置されているワゴンで私たちの部屋まで運ぶ……もう慣れてしまった作業で、日常と呼んでも差し支えない習慣だ。
「おう、今日のメシはなんだ?」
「ふっふー。今日は久々に和食だよー!」
ホテルの雰囲気もあって、私が作る料理は洋食が多い。初雪もどちらかといえば洋食の方が好きだ。
廃墟も同然で幽霊が出そう――というか、実際にゴーストが住んでいるんだけど――なホテルに、雰囲気も何もあったものではないのかもしれないけれど。
「和食……味噌汁とごはんか」
「なんでそんなにレパートリーが少ないのっ! ほら、いろいろあるでしょ! 肉じゃがとかお魚の煮付けとか味噌煮とか!」
「ランだって煮物ばっかりじゃないか」
ほんとだ、と思うとほかの料理を思い浮かべようとする。サバ煮、煮っ転がし……鯛のアラ煮? お母さんが手間暇をかける煮物にひかれているのは間違いないみたい。
そんな風に自分のことを再確認していると、くすりと初雪が笑っていることに気が付いた。
「あー! 初雪笑ってるーっ!」
「……笑ってねえよ」
ぶっきらぼうに――恥ずかしそうに――いうけれど、どう見ても照れ隠しにしか見えない。
「笑ってるよー!」
「笑ってねえって」
えー! と私が不満そうな声を上げたのもおかしかったらしくて、またちょっと笑った。そのことがうれしくて私も笑う。
「……っと、料理がさめちゃうね。ごはんにしよう、初雪」
「ああ」
私は急いで料理をテーブルに置くと、初雪と向かい合うようにテーブルに座った。
「いただきます」
「……いただきます」
範唱するのを少し恥ずかしそうにしながら、初雪も食事のあいさつをする。……うん、この前ジャイアント・スイングしたのが効いているみたいだ。よかったよかった。
食事の内容はサバの煮つけとほうれんそうのお浸し、白いご飯とじゃがいもと玉ねぎのお味噌汁。標準的な料理だと思う。
「そういえば、初雪」
「ん?」
「勉強、ちゃんとついていってる?」
食事中はその日の出来事を尋ねることが多い。ちゃんとどんなことを聞きたがるのかを伝えないと、初雪は話してくれないけれど。
私の方は話すこともないので、自然に聞く側になる。初雪も、私の世界がこの場所以外にないことを察して、ほとんど何も聞かない。
――優しい子だ。本心からそう思う。
「勉強は、大丈夫だよ。成績も悪くないし」
「そう、よかった!」
「っ……」
初雪が私の顔を見て息が詰まったような顔をした。
「? どうしたの?」
「いや……なんでもない」
「なんでもなくないでしょー?」
私は席を立つと、じりじりと初雪のそばに近寄っていく。その動きで初雪の表情が、さっと青ざめていく。
「……まて、ラン。何する気だ? 食事中だぞ?」
初雪も席を立とうとしたけれど、離れて無防備になるよりも椅子やテーブルを盾にする方がいいと踏んだのか、離れようとはしなかった。