俺はもう春に至れなくていい(3)
初雪の弱音に、今もしランがいたらと思うと――苦いものが胸いっぱいに広がった。
――彼をあそこへ落したのは、ほかならぬ私なのだ。
そんな想像は、ゴーストとなったことへの未練に他ならない。
『……私たちと、彼は違う』
――私たちは、過去に抱いた憎悪と怨恨のために、大切な人たちと、人としての生を奪った者たちに、ゴーストとなってまで復讐を誓った。
……それは、過去への妄執だ。
多くの復讐がそうであるように――私たちに、『怒りを抱かせたものへ』その怒りを還す行為だ。
『……けれど』
そう。けれど、初雪は違う。
私たちのように、怒りのために――憎悪と怨恨のために――復讐をするのではない。
彼の復讐はもっと清純で、高潔で――そして愚かしい。
「……たでぇまぁ!」
ホテルに戻った初雪は、勝手に開く、寂れてなお豪奢な扉をくぐって明かりひとつない中へと入った。
『――おかえりなさい』
『――おかえりなさい』
『ゴーストチャイルド』
明かりひとつない空間から、ゴーストたちが彼を出迎える。
扉があいたのも、ゴーストたちのおかげだ。
『遅いおかえりでしたね』
「べつにいいだろぉ」
『お酒ですか。ゴーストチャイルド』
「酒なんて飲んでねぇよぉ……」
その言葉は酔った人間特有の、呂律の回らなさを存分に示していた。
それでも、彼がそういうならそれ以上ゴーストは何も言わない。
『そうですか』
『ならいいのです』
ゴーストたちにとって大切なのは、河野初雪ではなく、ゴーストチャイルド。
――ゴーストを率いて復讐を遂げる、ゴーストの王様だ。
彼がゴーストチャイルドとしてふさわしくある限り。
彼が復讐を望み続ける限り。
ゴーストは彼を王と崇める。