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銀の薔薇に祈る  作者: 新田 葉月
お茶の時間
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第七話 二度目のお茶会

 冬の訪れを告げるような少し冷えた風がふく。枯れた葉がひらりと舞った。

前回、枝の折れた木は既にない。青年が言葉通りに注意をしてくれたため、安全の観点から撤去されたのだろう。他にもいくつが木が切られていた。


 青年はティーリアをみつめる。

 ティーリア、というか具体的にはティーリアが持っているお菓子を。

「少々お待ち下さいね」

 あまりにもお菓子を見つめる青年に苦笑しつつ、ティーリアはテーブルの用意をするため、裏に向かった。

 テーブルはこの前怪我した際にキシがなにやら複雑な魔術をかけて軽くしてくれたので力のないティーリアでも充分持てるようになった。


「……すごいな」

「――っ!?」


 すぐ近くから低音の男らしい声が聞こえてきた。軽く密着した身体から清涼感のある匂いがする。驚いて飛び上がった。

「すまない」

「い、え」

 自身を落ち着かせるため深く息を吐いた。情けなく声が震えていた。ティーリアはあまり男性が得意ではない。

「これは魔道具か?」

「はい」

 素直に頷く。

「素晴らしい効果だな。誰が?」

「……高位の精霊からいただきました」

 キシの存在は伏せておいたほうがいいととっさに判断してそう答える。

「そうか」

 納得してくれたのに安心してほっと息を吐いた。

「持つ」 

「いえ、大丈夫ですよ? 今は持てますから」

「だが、俺の方が適任だろう」

 反論する暇もなく軽々とテーブルを持ち上げる。テーブルだけでなく椅子も二つ持って青年はさっさと行ってしまった。

「あ、ありがとうございます」

 こういうときは謝罪より、お礼を言うほうがいいのだと侍女のセリスに教えてもらった。


 当たり前のように椅子を用意され座るように促された。で軽くお辞儀をしてから座る。ここは変に恐縮するより、素直に座ったほうがいいらしい。勿論これもセリスの教えだ。

「こちらをどうぞ。お好みの味になっているといいのですが……」

 ナッツパウダーを使って作ったクッキーを広げる。

「ど、毒は入ってないです」

「知っている」

 青年はパクリと一口でクッキーを食べた。ゆっくり咀嚼し、満足げに頷く。

「うまい」

「よかった……」

 青年の好みはナッツ系と柑橘系だったようなので、今回ティーリアはナッツ系を用意した。


「……名前」

 次もってくるのは何にしようと考えていて青年の言葉を聞き流してしまった。

「へ?」

「君の名前は?」

「あっ、私はティー、」

 ティーリアです。と素直に名乗ろうとして慌てて口を閉じた。危ない。ティーリアは一般的な名前ではない。名乗ったらここの後宮の令嬢だと素性がばれてしまう。

 ええっと……。

 適当な偽名を口にしようとするまえに青年が口を開いた。


「ティー……?」

「違いますっ!!」


 思わず、台詞を奪うように叫んだ。

 冷たい風が二人の間に吹く。

 きっと青年はティーリアが途中で名乗るのをやめてしまったのでティーという名前だと思って確認のため呟いたのだろう。誤解を生んだのはティーリア自身で青年は全く悪くない。

 だけど、ティーリアは誰か別の人にティーと呼ばれるのがたまらなく嫌だった。それは姉、レディアがつけてくれたティーリアの愛称だったから。


 “ティー”


 いつも、そう呼ぶのはレディアだ。

 レディアだけが、いい。


 泣きそうになって俯いた。雲が太陽を隠したせいで、より風が冷たくなる。薄着の肩が寒い。

「……も、申し訳、ありません。私の名前は、ティー……ティリーです。ティリーと、呼んで下さい」

「……ああ」

 切り捨てられても仕方のない振舞いだったが、青年は気にすることなく頷いてくれた。だが、会いたくても会えない優しいレディアの姿を思い出してどうしようもなく気分が落ち込む。

(約束……したのに。ずっと待ってるのに)

 震える手でぎゅっと首飾りを握り締め、やっと落ち着く。


「無礼な振る舞い。誠に申し訳ございませんでした」

 深く深く頭をさげる。

「……大丈夫なのか?」

「はい、大丈夫です」

 一旦落ち着けばもう、大丈夫だ。

 今はまだ会えなくてもちゃんと会えるから。勝手にもう会えないなんて思ってはいけない。絶対に会える。


「俺は、フィルラインだ」

「……え」


 その名を聞いて落ち込んだ気分が瞬時に吹き飛ぶ。

「も、もしかして、フィ、フィルライン・ロールデン様、ですか?」

「よく知っているな」

 ――もっとも彼のことなら、会ったことがなくとも皆知っているだろうが。


 フィルライン・ロールデン。彼は騎士団長にして、公爵家の跡取りだ。炎と上位精霊と契約をかわし、自身だけでも剣の腕に優れ実力はトップクラス。

 

 どうりで聞き覚えのある声だと思った。それは少し前に謁見の間で聞いた声だったのだから。だが、顔は……いつも鎧をつけているため知らなかった。それに、ティーリアの気を引くために美辞麗句を口にしていた謁見の時の様子とは全く違うのだから気づけなくても無理はない。


 目の前が真っ暗になる。

(どおりで、精霊達が姿現さないと……)

 精霊達は自由ではあるが、精霊界は上下関係がはっきりしている。自分より上の実力のものには絶対逆らわない。青年――フィルラインからでる精霊の気配を察して出てこなかったのだろう。ティーリアは上位精霊とも契約を交わしているが、彼らはほとんど姿を現さない。ティーリアの周りにいるのは大抵中位から下位の精霊だった。上位精霊には逆らえないのだ。

 今までの行いを思い出して気が遠くなりそうだった。

「あ、あぁぁぁの申し訳ありま――――」

 謝ろうと口を開いた時、ぽんっという音がして水精霊が姿を現した。


『姫様!』

「え?」


 下位の上に炎と相反する水の精霊だ。なぜ、その水精霊が姿を現せるのだろう。驚いているティーリアをさらに混乱させるように続いてたくさんの精霊が姿を現す。全く状況が理解できなかった。

「ど、どうしたの?」

『今日はー、みんなで集まってたんですー』

 水の中位精霊のユエが答えてくれた。

「あ、そうなんだ」

 姿を現さなかったのは炎の上位精霊に怯えてではなく、そういう理由だったらしい。

『ねぇ姫様、お菓子!』

「ここにあるけれど……」

 ティーリアは恐る恐るフィルラインに視線をやった。彼は公爵家の跡取りなのだ。ますます下手な振る舞いをしてはいけない。

「中位精霊が五体? すべて君に加護を?」

「は、はい」

 フィルラインは驚いたようにティーリアを見つめていた。その表情にティーリアも驚く。精霊遣いだいうことは初日にばれてしまっているのでそこまで驚かれるとは思っていなかった。

「君は……そんなに精霊から好かれているのか?」

『当たり前。彼女はお姫様ですもの』

 ティーリアの代わりに精霊が得意げに答えた。

「姫?」

『そう。姫』

 前々からなぜ姫と呼ばれたりするのか気になっていたがこの様子では教えてくれないようだ。フィルラインはティーリアにも疑問の視線を送ってくるが知らなかったので首を傾げた。


 そのあと続々とやってきた精霊の対応に追われながらフィルラインとの二度目のお茶会は幕を閉じた。


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