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銀の薔薇に祈る  作者: 新田 葉月
お茶の時間
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第六話 二人きりのお茶会

 日差しが眩しく、木々を照らす。白を基調とした王宮の建物の反射が眩しい。


 ティーリアがジグドの館に向かうとそこには既に先客がいた。

 この前の青年だ。太陽を背に立っているので色素の薄い髪が透け、一瞬金髪にも見える。

(本当に太陽がよく似合う……)

 ふと昔、レディアが月は太陽の傍では輝けないといっていたことを思い出した。姉はこの銀髪にちなんでよくティーリアのことを月に例えて賛辞してくれていた。


 ――ティーは月みたい。闇を照らしてくれる優しい月


 レディアが使うときはこんなふうに褒め言葉だったからそのときは本当の月を指していったのだろう。

 ティーリアが即座にたち去ろうとすると青年がつかつかと近づいてきた。気がつかない内に立ち去るつもりだったが、気がついていたらしい。

 ティーリアは優雅に見えるように意識して頭を下げる。

「申し訳ありません。ここをお使いになるようでしたら、すぐに立ち去ります」

 低音の響くような声で「いや」と短い返答が返ってきた。


「君を待っていた」


 続いた台詞があまりにも予想外で飲み込めず、ぱちぱちと瞬きを落とす。青年本人には特別な事を言っているつもりはないのだろう。甘いと捉えられそうな言葉なのに表情は変わらない。

「何日おきにここに?」

「と、十日おきです」

「十日か……」

 青年は考え込むように目を伏せた。

「あの、何か御用でしたか?」

「今日はないのか?」

 なにがだろう? 首を傾げると感情の読みとりにくい濃い緑色の瞳に確かな色が映る。

「……菓子だ」

 ああ。だから。待っていた、なのだろう。

 ようやく納得した。そういえばこの青年は甘いものが好きな様子だった。もしかして気に入ってもらえたのだろうか。それは、とても嬉しい。

 だが、

「ございます。ですが……。今日は包んでいなくて」

「……そうか」

 表情は変わらないが声に落胆したような色が滲む。先ほどの台詞から察するにあれからずっと通って待っていてくれたのかもしれない。そう考えると妙に罪悪感のようなものを感じる。

「……よ、よろしければこちらでお召し上がりになりますか?」

「あぁ、そっちの方が助かる」

 即答だった。本当にお菓子が好きらしい。漏れそうになる笑みをこらえる。

「では少々お待ちください」



 ざくざくと落ち葉を踏みしめ、裏手へ回る。この時間はティーリアのいた方面より日が当たらず、少し暗い。

 いつもはキシが出してくれるテーブルに手をかけるが、かなり重く持ち上がりすらしなかった。

(軽そうに持ってたのに……、キシは相当力持ちなのね)

 よく考えてみればキシはティーリアを余裕で担げるし大男を軽々と投げ飛ばしていた。思い起こせばそう、彼は精霊からも人外と呼ばれているのだった。

 今度は、重いということを念頭に置いて力を入れる。

 だが、僅かに持ち上がった途端。膝に思った以上の負担がかかり、バランスを崩し倒れこんでしまう。

「いた……」

 テーブルとともに倒れこんでしまったせいで、スカートの端が挟まってしまった。座っている状態ではなかなか力が入らず、テーブルを持ち上げられない。

(早くしないと、貴族の方を待たせてしまうわ)

 たしか、キシにもらった魔道具の中に風の魔術が組み込まれたものがあったはずだ。それを使ってテーブルを吹き飛ばそう。

「ええと、ポケットに……」

 ぱきりと、いう音と共にふいに、ティーリアの上に影がに落ちた。ぱっと顔を上げる。


「……え?」

 ――――幼子の胴ほどの太さもあろうかという大きな枝が、ティーリア目がけて落ちてきていた。


 逃げなくてはという意志とは反対に、スカートが引っかかって身体は動かない。あの大きさなら怪我、もし打ち所が悪ければ――――。

(助けて、お姉ちゃんっ)

 心の中で思わず呼びかける。もはや為す術もなく、やってくるだろう痛みに耐えティーリアは腕を交差させ、目をぎゅっと閉じた。


 しかし、いつまでたっても痛みは一向にやってこなかった。

 カン! と鋭い音が響く。目をあけると先ほどの青年が剣の鞘で枝を弾き飛ばしていた。


「……大丈夫か?」


 いつの間に来たのだろう。その問いに驚きながらも何とか頷く。すこし足を擦りむいてしまったが些細なことだ。ティーリアが頷いたのを確認すると青年はさっとテーブルを持ち上げ運んでいってしまった。体つきから力がありそうだと思っていたがさすが、軽々と運んでいく。慌てて立ち上がり椅子を運んだ。頭をさげる。


「も、申し訳ございませんっ! ありがとうございました」

「君のせいではない。枝の内部が腐っていたようだ。整備が行き届いてなかったのだろう。注意しておく。……それより早く菓子を」

「は、はいっ」

 かばんからお菓子を取り出し並べる。じっとお菓子を見つめているが青年は一向に手を出さない。

「あの、毒は入れてません」

「知っている……座らないのか?」

「え?」

 ティーリアはみんなで一緒に食事をしていたが、普通、貴族は女中と食事の席を一緒にしない。つくづく型破りな人だと自分を完全に棚に上げてティーリアは思う。

「足。怪我してるのに座らないのは辛いだろう。座れ」

 軽く擦りむいただけなので全く平気だったが椅子をもってきて引いてくれたのでこわごわ座る。

「ありがとうございます」

「治癒は使えなくてな……すまない」

「い、いえ! たいした怪我ではありませんし」

 そういえば、とティーリアは辺りを見回す。キシが来ていないのに精霊たちの姿が見えない。そんなティーリアの様子に気付き青年が答える。

「聞いていないのか? 今日は儀式があるから精霊避けの結界を張っているんだ」

「そうなのですか」

 知らなかった。所詮ティーリアはたかが側室候補なので重大なこと以外聞かされないのだろう。


「……うまいな」

「あ、ありがとうございます」

 青年はお菓子を口に入れ頷いた。本当にお菓子が好きなようでおいしそうに食べてくれる。

「あの、次もいらっしゃいますか?」

「……いいのか?」

 喜んで食べてくれるのならティーリアもとても嬉しいので頷く。

「でしたらもうすこし好みを聞かせてください。次は好みに合ったのをお持ちします」

「本当か。ありがたい」


 青年の好みをきいて好きそうなお菓子を考える。好みに合ったものを持ってきたらもっと喜んでくれるだろうか。十日後が楽しみだ。

 ―――



 青年が立ち去った後ティーリアは早速絵を描き始めた。

「よし」

 自分でも満足のいく仕上がりに頬を緩めるとすぐ上から「穏やかで素敵な絵ですね」と声がかかった。

 この声は、キシだ。

「あれ? いつから来ていたの? 声をかけてくれたら良かったのに」

「いえ、絵も終盤でしたし、真剣なご様子でしたので躊躇われて。ですが全く気づかれないのですね」

 キシがくすくすと笑った。

「水」

「あっ」

 そういえば途中から水を足した記憶がない。水彩画でこまめに変えなくてはいけないのに。キシが変えていてくれたのだろう。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 笑いを収めてキシは訝しげな表情をした。

「ところで、誰か来たのですか?」

「……う、うん。友達が」

 なんとなく青年の存在を言うのは躊躇われた。

(よく考えれば二人きりだったし、はしたないって思われたくないんだもん)

 キシはそんなティーリアの様子に気付いているのかいないのか悲しそうに頭を下げた。

「テーブル。ご自分で出されたのですか……。遅れて申し訳ございません」

 キシはそういってしゃがむとティーリアの膝に触れる。

「__」

 澄んだ声で呪文が唱えられる。ふわりとキシの指先が光り、膝が温かい光で包まれた。光が消えると傷が綺麗に治っている。痛みも完全にない。


「私、キシの治癒魔術使う姿が凄く好きだよ。キラキラしていて綺麗」

「だからといって怪我はしないでくださいね?」

「それは分かってます!」

 それほど子供ではないと怒って、そっぽを向いた。

「ふふっ、ごめんなさいティーリア様、これで機嫌を直してください」

 キシが手を振ると、きらきらとした氷の塊が出来た。そしてもう一度手を振ると、可愛らしい花の形になる。

「わぁ……綺麗!」

「機嫌を直していただけましたか?」

「うん!」

 元気よく頷いてからくすくすと笑われ、こんなところが子供のように扱われる原因なのかと思った。




青年がティーリアを助ける場面をテーブルが倒れてくる、から枝が降ってくるに変更しました。

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