第四話 キシとのお茶会2
今日もティーリアは絵を描きに行く。
今日はとても天気が良いので色を塗るのが楽しそうだ。高揚した気分で弾む足取りでいつもの場所に行く。
「楽しそうですね。ティーリア様」
「ひゃあっ!」
唐突にキシが現れたのでびっくりして画板を落としてしまった。絵を描くものとしてはあるまじき失態だ。地面につく前にそれをキシが受け止める。
「き、キシ」
「ああ、驚かせてしまいましたか?」
「大丈夫だけど、びっくりしたよ……」
「ごめんなさい」
くすりとキシがわらった。
キシは常に穏やかな笑みを浮かべているが、こういう風に笑うことはあまりない。
「もう来てるなんて思わなかった。早かったね」
「ええ。早くティーリア様に会いたくて」
思わずドキッとしてしまった自分に慌てて言い聞かせる。
(勘違いしちゃ駄目。キシのこういう言動にはきっと意味があるんだから)
今までだってそうだった。
キシのこういう言動をそのまま受け止めてはいけない。本人に深い意味はなく思ったことをそのまま口にしているだけなのだから。
キシは天然のタラシである。
きっとティーリアの知らないところで何人かの女性も餌食となっているだろう。断言できる。
(キシって鋭いくせに恋愛感情には疎いからなぁ)
分かっているが、真顔で命にかえてもあなたのことを守りますなど言われるとどきりとしてしまう。そして本当にティーリアの危機に駆けつけてくれるのだから尚更だ。嬉しいが時折困ってしまう。
「ティーリア様。これを」
やはり、ティーリアに渡すものがあったから早く会いたかったといったのだ。
分かっていた。分かっていた。
「これは……」
さし出されたのは茶色のかつらだった。
「ティーリア様の髪については何とかしなくてはと前々から思っていたんです」
キシは得意そうな声で言う。ティーリアの髪の心配をして探してきてくれたのだろう。
(嬉しい……)
髪を大切にする大陸でこんなに長いかつらに出会うのはかなり難しい。しかもこのかつらはさらさらしていてとても指通りがいい。嬉しくなって思わずキシに飛びついた。
「ありがとう」
キシは危なげなくティーリア受け止め、頭を撫でてくれた。
「喜んでいただけたのなら何よりです」
ですが、と続ける。苦笑しながら。
「抱きつくのはどうかと」
「~~~っ!」
慌てて離れた。顔が真っ赤になっているのが自分でもわかる。
「ご、ごめんねっ」
「いえ。嬉しかったです」
キシは笑って答える。これは、嬉しかったの前に「喜んでるのが伝わってきて」などか入るのだ。勘違いしてはいけない。
「今日は生菓子も作ってきたの」
恥ずかしさを紛らわせるために、話題を変える。
生菓子ときいてキシの瞳が心なしか輝いた。キシは焼き菓子より生菓子が好きだ。
「今日のお茶はローズティーですよ」
キシがお茶をいれるとふわっとローズの匂いがした。今日のティーリアのお菓子も薔薇を浮かべたゼリーだったのでちょうどいい。
彼はお茶を入れるのがとても上手だ。
キシはなんでも得意な気がする。というか思い起こす限りでは欠点が見当たらない。髪も結える。裁縫も上手い。料理も美味しい。魔術も剣術も体術も人並み以上にできる。精霊には好かれているし……。
それに引き換え自分は……と考えてすこし憂鬱になった。ティーリアが人並み以上に出来ることはせいぜいお菓子作りと絵を描くこと、そして少し他の女性よりは剣が扱えることぐらいだ。
(でも、お姉ちゃんがほめてくれたからそれで充分……)
目を瞑って思い出す。レディアは常にティーリアの支えだった。何も出来ないティーリアに本当に優しくしてくれたのだ。
―――ティーから見える世界はこんなにも鮮やかで素敵なんだね……。
―――私焼き菓子はあまり好きじゃないんだけど、ティーのは別。これ食べると生きててよかったって思うくらい。
(……ふふっ。お姉ちゃんって大袈裟なんだから)
ティーリアは小さく笑みをこぼした。
「あのー、ティーリア様? 戻ってきて下さい」
キシにひらひらと手をふられて、はっとする。
「百面相でしたよ?」
「わざわざ言わなくてもいいのに」
涙目で訴えるとキシは楽しそうにわらった。反対にティーリアは頬を膨らませる。
「意地悪する人にはお菓子あげないからね」
「怒っていてもティーリア様は可愛らしいですね」
さらり、と。驚くほど自然に言うものだから怒る気も失せる。
キシの行動のせいでティーリアはかなり鈍感になってしまったのですが、本人達はまったく気付いていません。キシはキシでティーリアの事を鈍感だなぁと思っています。