第二十五話 神木※
三人称フィルライン視点です。
「なるほど。水の陣にこの式を入れることで、望月の式の不足部分を補っているのですね」
「さっすがアーレン殿! そのとおり! そこオリジナルなんだよねぇ」
「オリジナルなのですか? 胡蝶式に朝霧を付与しているのだと思っていたのですが」
「へっへっへ。じ、つ、はここに炎の陣が隠れているんだよねぇ。朝霧を入れると水の性質が強くなって、炎が打ち消されちゃうの」
「あっ、本当ですね。すごい、式と式を組み合わせて自然に魔術陣作っている。これは、北の隠し魔術の応用ですか?」
「知ってるの!? 面白いよね! あれは絵を使ってるけど、術式の組み合わせでも出来ないかなぁと思ってさぁ。研究してたらいくつか出来たんだよね」
「あっさりと仰いますが、これは革命と言っても差し支えない発想ですよ!?」
隣でついていけない会話を繰り広げる二人に視線を向ける。
二日前はあれほど不気味に感じたアーレンだが、やはり魔術師。魔術のことについては、目を輝かせて力説している。
「いやあ、まさか君が北の隠し魔術まで知ってるとは! こんなに話が合うなんてね!! 私のことはパシェって呼んで。敬称とか堅苦しいのもいらないよ」
「光栄です、パシェ。私もこんな新知識を体感出来、嬉しいです。どうぞ私のこともレンと」
「うん! よろしくー。レン!」
どこまでが演技なのかフィルラインには全く分からない。パシェのことだ。魔術で頭がいっぱいで、警戒対象ということを忘れてはいないだろうか。
そのままの興奮具合で話していたが、アーレンがふと足をとめた。ジグドの館や後宮へとつながる道への分岐点だ。
「どうした?」
「この道を通っても構いませんか?」
判断しかね、隣の幼馴染みを見つめる。
「ん? うん。いいよ」
あまりにもあっさりと許可を出すので、勿論考えているんだろうな、とつい念押すように見つめてしまう。
アーレンはすぐに歩き始めた。
儀式から戻る際居た場所で足を止め、目を閉じる。しばらくすると目を開き、また歩き始める。それを何度か繰り返している内にとうとう後宮一歩手前までたどり着いてしまった。
ここで振り切って後宮へ行く気なのではないか。
フィルラインは警戒して剣に手をかけた。だが、警戒を余所にアーレンが曲がったのは逆の角だった。ジグドの館へ行く道だ。
「ここです。儀式の際、一瞬魔力を感じたのは」
ハロルドから情報を引き出すための罠だと思っていたがどうやら真実でもあったらしい。彼はジグドの館に添うように生えている大木に近づく。
「この木には何か言い伝えなどがありますか?」
「ううん。かなり長く生えている木だから神木指定はされてるけど」
「神木ですか……。長い生で土地の魔力を蓄えたのか? ……失礼」
アーレンの伸ばした手が木に触れた。刹那、空気がピリッと泡立つ。
ーーーーまずい。
そう感じたのは、これまでの経験によるものではなく、本能的な直感だ。とっさに後方へ飛ぶ。
「下がれっ!」
同時に、鋭い声でアーレンが叫んだ。
ゴォン!
空気を震わす重量感のある音。その瞬間、前にいたアーレンが凄まじい勢いで吹き飛ばされた。
「なっ!」
「うわぁっ!!」
遅れて、フィルラインとパシェにも衝撃波が来る。手を交差させ防御するがそれでは衝撃を殺しきれない。
「っパシェ!」
あっさりと吹き飛ばされるパシェの手を、掴んで引き倒した。
パシェは魔術の代償とでもいうほど運動神経がない。このままでは受け身も取れず怪我をする、そう考えるより早く手は伸びており、そのまま覆いかぶさるように庇う。
四肢が地面についているのも関わらず、その場に留まることができなかった。衝撃をまともに受けた背がびりびりと震えている。
「嘘……。そう言えば確かに、昔魔力を感じたことがあった。気のせいじゃなかった?」
目を見開き、倒れこんだまま放心気味に呟く。フィルラインは即座に立ち上がり、土煙にまみれた服を叩いた。
真横からすっと、白い手袋に包まれた手が差し出される。
「……申し訳ありません。迂闊でした。お二人ともお怪我は?」
「いや、ない。私たちより飛ばされていたが無事か?」
「ええ。自ら飛びましたので」
手の主はアーレンだ。近くでもろに衝撃波を受けたため、自分達より後ろに居たはずだがいつの間にか横に立っていた。
パシェが手を借りて立ち上がる。
「レン、なにをしたの?」
「私の魔力を注いでみただけです。まさかこんなに跳ね返されるなんて……。これ、本当にただの神木なんですか?」
「なるほどね……。組み込まれた人為的なものじゃなかったし」
「神木でこのような性質を帯びているのものは聞いたことがありませんね。パシェは?」
「私もないよ。これは、なんなんだ……?」
引きつった笑みを浮かべ、木に近づく。
魔術知識がなく、さっぱり状況を理解していないフィルラインを置いて二人は話を進めていく。
「今度から儀式の際にはここに充分気を付けないと下手したら国土が消えますね」
「そう、だね。むしろ今までならなかったのが奇跡だ」
「……先程のアレはなんだったか分かったのか?」
「ええ」
ちらりとパシェに視線を送るが、自分の世界入り込んだようで神木に近づきブツブツと呟いている。彼も自分が説明するしかないと悟ったらしく口を開いた。
「まず私は神木判定のため魔力を打ち込みました。神木指定されている木は魔力を受け流して土地の力へ転換させるんですが……。この木はそのかわりに倍以上の魔力を全体から放ったんです」
その説明に先程の力を思い出して冷や汗が流れた。あんな力が儀式中に解き放たれれば、王宮くらいは軽く消えるだろう。
「パシェ、今はどうですか?」
「微かな魔力はみえるけどさっき感じた膨大な魔力があるとは思えない」
地面についている跡が後退した距離を表している。大木から離れていたフィルライン達でさえ四メートル近く後退させられた。
「魔力の質は光でしたね。ただ単純に力を跳ね返しただけで敵意や悪意は感じませんでした」
「うん。こんな力を秘めていたなんて……。これは魔術塔で話し合わなきゃ。レンも来てくれる?」
「勿論です。お力になれるかは分かりませんが」
二人は言葉を交わすとさっと魔術塔へ動き出した。
「俺はハロルドに報告してくる」
「うん。けどそこまで深刻じゃないよ。今は儀式魔術の時に張る結界を増やさなきゃいけないってだけ。後から調査もしなきゃいけないけどね」
その言葉に安堵してハロルドに報告へ向かう。
パシェの言葉のお蔭か不思議なほど不安はなかった。