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銀の薔薇に祈る  作者: 新田 葉月
お茶の時間
25/37

side ハロルド

一人称ハロルド視点です。

 心配そうにこちらをみつめるフィルラインに背をむけ、俺――ハロルドはアーレンと歩き出した。

 こつこつと夜の静かな空気に靴の音だけが響く。


「そういえば、アーレン殿は出自が平民だときいたが、どういった経緯で魔術を?」


 隣のアーレンに適当な話題を振った。

 感じたという魔力の事を詳しく聞いて粗を探したいのは山々だが、一人でこいつと腹の探り合いをしても、逆にこちら側の情報が漏れそうだ。

 

「陛下のお耳に入れるような話では」

「アーレン殿が構わないのなら、聞かせてくれ。魔術大国、ルロニアでも桁違いの腕前だろう? ぜひ我が国でも参考にさせていただきたいものだ」


 ロードニスには精霊術もあるため魔術はそれほど発達していない。

 アーレンのペースに持ち込ませないための話題に過ぎないが、なにか良い魔術の訓練方法でもあれば聞きたいという気持ちも嘘ではない。

 本当に聞いていて気分の良い話ではないのですが、再度前置きしてアーレンは語りだした。


「物心付いてから、人体実験を主とする組織に捕らえられたのです。そこでは“実験体”になるか、魔術の磨き、実験体を”使う”立場になるかの二択しか用意されていませんでした」


 想像していた以上に重い話に息をのむ。


「私は、死ぬわけにはいかなかった。ですから後者を選びました。今の腕があるのは特別な訓練をしていたわけでも、上達に効率の良いコツがあったわけでもありません。出来なければ死のみだと、極限状態まで追い込まれて死に物狂いで鍛えたからです」

「……不躾だったな、辛い話をさせてすまない」

「お気になさらず。孤児出の魔術師の中には稀にある話ですよ」


 平然と言う。壮絶な話をしているのに怒りや悲しみのようなものは滲んでいない。終わったこと、と切り離しているのだろう。あるいは切り離さなければ耐えられないのか。

 その気持ちは、理解できる。


「今仕えている殿下とは組織を出た後、とある事件で関わりまして、それから懇意にさせていただいています」

「そうなのか。しかし、こう言うのもなんだが彼に仕えるのも大変だろう……」

「ええ」


 力強い肯定だった。ここにきて初めて彼の感情をみた気がする。

 それもそうか。彼の王子、クラウディオとは学園で一時同じ時間を過ごした仲だが……なんというか強烈だ。パシェとはまた違った大変さがある。

 クラウディオに仕えるのが大変なのは彼の責任ではない部分もあるが、大抵は奴の女好きと性格のせいだ。俺も何度迷惑を掛けられたことか。

 

「クラウディオは厄介な呪いに掛かったそうだが、体調の方は大丈夫なのか?」

「ああ、陛下はご存知でしたね。体調に影響があるかどうかは今の時点では如何ともし難いのですが。……最近は本人も開き直って楽しんでいるご様子ですよ」

「あいつが? 楽しめるのか?」

「ええ、迷惑な方向性で」


 その後は共通の知り合いである王子の話――ほぼ愚痴のようになってしまった――をしているとアーレンの寝室まで着いた。


「では。アーレン殿、ここで。……くれぐれも我が騎士達を動かさないように祈っている」

「ええ、陛下の意に背くことなどいたしません」 


 去り際ににっこりと笑みを浮かべさりげなく釘を刺しておく。同種の笑みを浮かべたアーレンの部屋から立ち去るため、くるりと踵を返した。


「あぁ、陛下。ひとつお尋ねしたいのですが」


 後ろから掛けられた声に何故か肌があわだった。


「―――なぜ、真っ先に後宮を気になさったのですか?」


 全身から嫌な汗が噴き出る。

 別れ際の息を抜いた瞬間を逃さず、アーレンはするりと内側に踏み込んできた。


「……何故、とは? 何か、おかしいだろうか? わざわざ聞くほどのことだとは思えないが」


 幸い、背を向けていた。動揺は悟られていないはずだ。

 失いたくない。もう泣かせたくないんだ。

 ―――ならば、笑え。

 守りたいのなら弱みともなる寵姫の存在を悟らせるな。

 ギリギリの所で笑みを浮かべた俺はゆっくりと振り返った。


「確かに本宮にも続く道だから先に気にするべきかもしれないが、後宮がもっとも近かったから当然だろう。名家の令嬢を預かっているのだから慎重にもなる」

「……気にしすぎたようです。申し訳ありませんでした」

「いや、別に構わない」


 安堵から大きく息をつきたいのをこらえる。


「それでは。良い夢を」

「ああ。アーレン殿の夢に精霊神の訪れがあらんことを」


 アーレンは平民出身とは思えないほど洗練された動作で優雅に一礼して扉を閉めた。




 俺はゆったりといつも通りのペースで廊下を歩く。

 ダンッ! いくつか角を曲がり完全にアーレンから離れた所で壁に拳を打ちつけた。


「クソッ!」


 完全にしてやられた。去り際、話終えた後などが一番警戒心が薄れやすい。分かっていたはずだ。俺とてよく使う手口。なのに、引っかかった。

 恐怖と激しい後悔に襲われる。もし……もし、感づかれていたら、イレーネになにかあったら、いったいどう償えばいい?

 後悔が胸を押し潰す。

 俺はイレーネを悲しませることしかできないのか……? 俺と関わらないほうが彼女は幸せになれるんじゃないか? ああ、それでも俺は―――諦め、切れないんだ。

 再度手を打ちつけた所でふと人の気配を感じて振り返る。


「あら、ハロルド?」

「イレーネ……?」


 今、会いたいと切望したイレーネがそこにいた。

 こんなに都合が良いことなんてあるわけがない。幻覚か。嗤ってしまう。どこまで俺はこいつに頼ろうとしているんだ。


「ちょっ! 血が出てるじゃないの! 何してるのよ!!」


 つかつかと近付いてきたイレーネに背中をバシッと叩かれた。……痛い。


「変な顔してないで、医務室に行くわよ」

「……本物なのか?」

「なによ。偽物がいるのかしら?」


 そのあきれたような声。その切り返し。

 本物のイレーネだ。腰にギュッと手を回して力一杯抱き締める。


「っなにして……――どうしたの?」


 突然で驚いた素振りを見せたがすぐに心配そうに受け止めてくれた。あぁ、俺はいつでもこの優しさに救われるんだ。


「すまない……もう少し、このままで」


 温かい。イレーネはちゃんとここにいる。

 おずおずと回された腕がぽんぽんと背中を叩いた。


 いつまでも抱き締めていたい衝動を抑え、ゆっくりと体を離す。夜着にガウンを羽織っただけの格好のイレーネをこれ以上出歩かせるわけにはいかない。風邪を引いてしまう。

 

「すまなかった」

「別にいいわ。それより医務室にいきましょう」

「いや、いい。医務室はすぐそこだから一人で大丈夫だ」

「今更すぎる遠慮ね」

「……すまん」

「素直に謝られると逆に不気味に感じるわ。いいからさっさと行くわよ」

「お、おい!」

「あんたが医務室で治療を受けるのを見ないと私が安心して眠れないのよ」


 先をいくイレーネの顔は見えない。

 ……ったく。卑怯だろ。




「そういえば、イレーネ。どうしてここにいるんだ?」


 後宮から本宮にはよっぽどの用事がないと入ることが出来ないのだが。おまけに夜に一人で出歩くなんて。


「……あら? そういえば来てないわね」


 イレーネは振り返って不思議そうな顔をする。

 来ていない? 誰かと来たのか、俺の許可を得ずに? 

 俺の許可無しでここにイレーネを連れてくる権限を持っているのは……パシェか、フィルラインしか思い浮かばんが。もしくは誰か別の……。イレーネに害を加えようとしている奴か?

 嫌な予感に首を振った。パシェは倒れていたのでない。とすると。


「フィルラインか?」

「フィルライン……? あぁ。あの仏頂面? 違うわ。ええとなんだったかしら」

「誰かわからないのに付いてたのか?」


 ……警戒心が足りなさ過ぎる。怒りを込めて見つめるとイレーネは片眉をあげた。


「仕方ないでしょ。呼び出されたんだから。それにあんたの知り合いよ」

「誰だ」

「だから思い出せないっていっているでしょう」


 医務室にはすぐ着いた。何故か既に明かりがついている。不審に思ってイレーネを後ろにし、扉を開ける。

 そこにいたのは―――


「ああ、この人よ。私を呼び出したの」

「パシェ? お前さっき倒れてたよな?」

「二人ともよく来たね」


 振り返ったパシェはニヤニヤと笑っていた。イレーネに向き直ると軽く手を上げる。


「はーい、イレーネ。急に呼び出してごめんね。ハロルドが荒れていたからさー」

「なんで陛下が荒れていたら私を呼び出すのかしら?」


 おい、馴れ馴れしくイレーネと呼ぶな。ミラー嬢で十分だろう。

 きょとんとした表情のイレーネにパシェは一層ニヤニヤとする。


「だってそれは、」

「パシェ。俺の質問に答えろ。そしてその気味の悪い顔をやめろ」

「やだ。ハロルドってば。私が興奮のあまり倒れたって本気で思ったのー?」


 そんなわけないじゃーん、ケタケタと笑うパシェ。とことん腹の立つ奴だな。


「後で詳しく話を聞かせろ。さっさと手の治療をしてくれ」

「はいはーい。まずは消毒ね」


 手際よく消毒をし、治癒の呪文を唱えると手が温かくなる。


「……凄い」


 イレーネが横からキラキラした目でそれを見つめる。魔術が珍しいのか? 見たいというのなら俺もいつでも見せてやるが。

 傷が目立たなくなるとパシェは治癒をかけるのをやめた。


「自然治癒に任せた方がいいからここまでねー」

「あぁ」


 もう痛みもない。白粉を塗れば、アーレンにも気が付かれないだろう。


「じゃあ。私はいくわね」

「送っていく」

「じゃあねー。ハロルドさっさと送っていって」


 ゆるゆると手を振って、俺を追い出すパシェの顔は変わらずにやにやした笑みがうかんでいた。

 パシェを睨みつけてから手を差し出す。イレーネはその手をまじまじと見つめた。


「……なんだ」

「いえ、エスコートしてくれるのね」


 闇の中、イレーネが面白そうに笑った。俺も少しだけ微笑み返す。

 普段だとつい嫌味を言うような偉そうな口調になってしまうが、それもない。新月でお互いの顔がよく見えないからだろうか。心なしイレーネも穏やかな顔をしているように見える。

 いい雰囲気だ。今なら素直になれる気がした。載せられただけの手を握る。


「……イレーネ」

「なに?」


 イレーネを真っ直ぐ見つめて口を開く。


「俺は、」

「あっハロルド。送り狼は駄目だよ」

「するか!!」


 角からひょっこり顔を出したパシェに邪魔された。

 こいつ……!



主人公が全く出てこなくてすみません。

あと二話ほどで登場します。

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