二十一話 ルロニアの魔術師※
三人称フィルライン視点です。しばらくフィルライン視点が続きます。
ルロニア王国から儀式補佐の魔術師がやってきた。
一応、在中のルロニアの魔術師もいるのが、今回は過去に失敗したことのある新月の儀式を執り行うため、念を入れての応援だ。
やってくる魔術師は、ルロニアでもトップクラスの腕前らしい。幼馴染である魔術長官のパシェは目に見えて浮かれていた。友好の祭典で余興として『公開魔術対決』をしないか提案していたほどだ。
最も、その提案はルロニア側から却下されている。来る魔術師は公にされていない存在だというのがその理由である。
しかし、「非公開ならいいかな!?」と幼なじみは全く諦めていない。
なにか起こすんじゃないかとフィルラインを含めた全員で厳重に警戒している。
常識に欠けるパシェが魔術師の機嫌を損ねて儀式に影響があってはまずい、という判断から儀式の日程をずらして伝えられた。
幸いすでに陣の確認も済ませてあるため、パシェ一人いなくとも支障はないらしい。
通常の神経を持っていれば違和感を抱く日程だが魔術にしか興味を示さないパシェには気が付かれることなく、無事に今日という日を迎えた。
ハロルドが友好的な笑みを浮かべて、魔術師たちに指示を出すその人物に尋ねる。
「儀式は順調だろうか?」
「ええ。滞りなく」
補佐の魔術師、アーレンは国王を前に緊張した様子も見せず、振り返って答える。
アーレンは優れた魔術の腕前を顔合わせした僅かな間に証明した。儀式に関わる全員に暗闇でも見えるようにと≪夜目≫魔術をかけてみせたのだ。
人体にかける魔術はかなり高度である。
それをアーレンは「燭台を用意するのも手間ですし」の一言であっさりと行使した。もちろんそれだけではなく、腕前を見せるためでもあるのだろうが。
儀式魔術の最終確認するアーレンの姿を目で追う。ひとつひとつを指差し確認をしていくか細い腕は力があるとは思えない。だが身体運び、背後の隙のなさがその印象を否定する。
どうやら魔術の腕だけではなく剣術にも長けているという噂は本当だったようだ。容姿から受けるひ弱な印象と経験から感じ取れる実力の高さの齟齬はあまりに大きい。あえて隠しているのだろう。彼の実力を正確に読み取れているのかフィルラインにも分からない。
(一度、手合わせして確かめたいな)
儀式の準備を着々と進めている中、不意にバタバタと走る音が聞こえた。
同じ人物を想像したのかハロルドが顔をしかめる。
「新月の儀式するなら呼んでっていったのにー!!」
やはり、姿を現したのはもう一人の幼馴染であるパシェだ。ハロルドは心底疲れたようなため息をついた。柳眉が不愉快そうに歪められる。
「おい。パシェ、」
「うっは! なにこの儀式魔術っ凄い凄い凄いっ! 緻密過ぎる! 構成のバランスも美しいよ。綻びが全く 視えないっ!!」
絶対権力者たるハロルドの言葉を遮り、ぴょんぴょんと飛び跳ね、美しい、綺麗と、とにかく儀式魔術の賛辞を口にするパシェ。フィルラインは頭痛を覚え、頭を押さえた。
パシェの目は暗闇で薄く発光していた。魔眼持ちの特徴だ。
魔眼持ちは魔力の糸や、他人の魔力質が視ることができる。魔力が高いと自然と魔眼を持つことが出来るが、パシェはその魔眼持ちの中でも特に視ることに優れた才を持っている。
故に、魔術に拘りすぎる。
変人と名高いのは本人の気質の部分が大きいが、魔眼持ちであることもそれを助長させているのだろう。
「ねぇ、これ誰が作ったの!?」
「静かにしてください! ルロニアから来た儀式補佐の魔術師アーレン様ですよっ!」
「あ! やっぱり王国の魔術師だね!」
声を掛けられた魔術師は小声で怒鳴るという器用な真似をしたが、パシェがそんなことを気に留めるはずがない。比較的響く声で叫び、キョロキョロと辺りを見回した。そして、ある一点、アーレンを見つめて目を見開く。
硬直したのは一瞬。すぐさまアーレンに駆け寄った。
変人の行動にすっかり慣れた魔術師達は冷静だが、初対面のアーレンはどうだろう。
(動じそうにもないな)
この人物ならパシェが多少失礼な振る舞いをしても怒ることもないだろうと、顔合わせで言葉を交わし、ハロルドと共に安心したのだ。温厚という言葉で評するにはやや温度が足りないが、トップクラスの魔術師と聞いて心配していた気位の高さのようなものは全く感じられなかった。
「君がその!?」
「ええ。お初にお目に掛かります、ルロニア第七王子直下騎士団副団長、アーレンと申します。以後お見知りおきを」
予想通りパシェの勢いにも動じた様子を見せず、礼の姿勢をとった。……が、さりげなく一歩下がったのをフィルラインの目は捉えていた。
「私は、パシェ・ロンドス。ロードニス王立魔術塔の魔術長官だよ! 専門は魔術陣の構成! よろしくね」
「お会いでき光栄至極に存じます。お話しする機会を切望おりました」
「私のことを知ってるの?」
「ええ。ロンドス様は異彩を放つ魔眼持ちとルロニアでも聞こえが高く」
隣でハロルドが小さく、変人とも評判だろうなと呟いた。まったくもって同感なのでフィルラインも頷く。
「嬉しいなぁ。私も君のことはよく知っているよ。魔術の腕、魔力、そして剣の腕まで! 飛び抜けて優秀なんだってね! でも」
「……フィル」
不思議そうに続けられた語尾にとてつもなく嫌な予感がする。ハロルドの声でフィルラインはパシェに向かって走りだした。
「ひょろひょろで弱そ―――むぐっ!!」
その場の空気がピシッと固まる。
言い終わる前に口を押さえたが、言いたいことは分かってしまっただろう。
(なにやっているんだ。この馬鹿は)
内心で毒づいた。いっそのこと睡眠薬でも盛っておくべきだったのかもしれない。
アーレン自身が怒らずとも、周りの魔術師は聞いている。我が国の魔術師が愚弄されたと報告に上がり、今後のルロニアとの関係が悪くなる恐れがあるというのに。
「うちの長官が、すまない」
「お気遣いなく。己の体躯が騎士らしくない自覚もございます。医者からももう少し肉を付けるようにと苦言を呈されているのです」
女性には羨ましがられるのですが、と軽口と共にフィルラインの謝罪は手で制された。事実なので気にしていないという。不躾な言葉を掛けられたにも関わらず嫌味もない。
見え透いたお世辞で否定するのもかえって失礼な気がして、沈黙を返した。
「ねぇねぇ! アーレン殿の儀式魔術を見学させてもらってもいい!?」
身をよじってフィルラインの拘束から抜け出したパシェが早速食い付いた。全く反省していない様子に頬が引きつる。
「私は構いませんが……」
アーレンはちらりとハロルドを伺う。決定権は己にないことが分かっている思慮深い態度が好ましい。パシェの後だから余計につつましさが際立つ。
ハロルドは疲れたような表情に辛うじて笑みを浮かべた。
「貴殿が構わないのなら、見学させてやってくれ」
「やったぁ!」
パシェが大きく飛び跳ねる。同時に各地から溜息が洩れた。




