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銀の薔薇に祈る  作者: 新田 葉月
お茶の時間
20/37

第十九話 新月の儀式3

全体の誤字の訂正、六話の内容訂正(ストーリーに影響はありません)、ティーリア→フィルラインの呼び方を修正しました。


前回二話投稿、投稿タイミングに若干の誤差がありましたので読み飛ばしにご注意ください。


 突然訪れた暗闇に遠のきかけた意識はぐっと身体を持ち上げられた事により強引に引き戻された。

 フィルラインに抱えられている、そう認識した瞬間。彼はそのままベランダから飛び降りた。ひゅうっと風を切る音。夜の闇が近づく。


「っ!?」


 驚いた、なんて言葉ではあまりにも可愛らしすぎる。心臓が止まるかと思った。

 とん、とさほど衝撃はなく地面に付いた。一拍遅れで訪れる浮遊感。


「大丈夫か」

「……」


 問いに答えを返すことも出来ない。フィルラインは腕の中で震える存在に気が付いたのか、素早く燭台に火を灯した。

 すまなかった、と謝るフィルラインにふるふると首を振る。

 そのわずかな振動で首飾りが胸を滑った。ティーリアにとっては精神安定剤である首飾り存在を感じて少し気分が落ち着いた。あるいは、耳元で聞こえる一定のテンポの心臓の音と、身を包む体温のせいかもしれない。


「……なにが、起こったのですか」


 いたずら好きな精霊ならともかく、フィルラインは理由もなくこんなことをする人ではない。何か異変を察知したから隠れるため飛び降りたのだろう。たしか、彼が動く前、視界の端を明るいものがぎった気がする。

 後宮の令嬢を害そうとする侵入者? 結界を無視できるほどの力を持つ精霊? それとも、何か別の……


「ああ。巡回の騎士が来たようだった」

「は……? 騎士、ですか?」

「ああ。君が悲鳴を上げなくてよかった」


 悲鳴は察して上げなかったのではなく、恐怖のあまり声が出なかっただけだ。


「騎士の方でしたら隠れる理由がないのでは?」

「俺は構わないが。逢い引きの現場と思われては君の名誉に関わるだろう?」


(……こんな恐怖を味わうくらいなら、誤解された方が何倍も良かったです……)

 フィルラインが気にしないのであればティーリアだって構わない。妬まれるかもしれないが、すでに後宮内での立ち位置は良くない。それに誤解は解けばいいのだ。

 そう言いたかったが、フィルラインの目は真剣であったし、さすがに不敬だろう。善意からの行動を非難するのも躊躇われた。

 フィルラインの感覚は少しズレている。ティーリアは苦笑いを浮かべた。


「お気遣い下さりありがとうございます」

「いや。咄嗟とはいえ驚かせたな」


 危険はないのならもう抱えられる必要はないだろう、そう判断して首に回していた腕を解く。

 冷静になるとこの体勢は心臓に悪い。細身のキシと違い、がっしりとした体格だからだろうか。キシにされる分には何も思わないのにフィルライン相手だと気恥ずかしい。


「……あの、お、下ろしていただけますか?」

「やめておいた方がいい。汚れるし、怪我をするかもしれない」

「え? ……あっ」


 端的すぎる言葉。足の事を言っているのだと認識するのに数秒かかった。

 ベットに寝転んで、靴も脱いでいる時に灯りが消えた。靴を探す余裕もなく出てきてしまったのでティーリアは今素足だった。薄い夜着のまま、素足。あまりにも情けない姿だ。

 ……気を、使わせてしまった。

 恐怖で引いていた熱が羞恥により頬に上っていくのを感じる。


「もっ、申し訳ありません……重ね重ね……!」

「くくっ」


 フィルラインが楽しそうな笑い声をあげた。

 驚いて顔を上げる。が化粧していないことに気がつきあわてて俯いた。


「な、なにかおかしな点がありましたか?」

「いや、すまない。最近よく会う娘もよく謝っていたなと思ったんだ」


 意外だ。ティーリアの他にもそんなにフィルラインに迷惑をかける人がいるのか。

(……て、もしかして わたし(ティリー)の事?)

 恐らくそうだろう。他にフィルライン相手に粗相をするような人なんて居ないはずだ。ますます申し訳ない気持ちがつのる。


「君もその娘も同じ謝り方をする」

「……ええと、どういう点が似ているとお思いになられたのでしょうか?」


 そもそも謝罪の方法にそう違いがあるのだろうか。

 フィルラインは顎に手を当てて考え込んだ。


「そうだな。媚びるような謝り方をしないという所だ」


 これは……褒められてると受け取るべきなのだろうか。

 どう反応して良いか分からなかったので、とりあえず首を傾げた。


「あと、大したことでもないのにすぐに謝る」


 それは違う。ティーリアは苦笑をこぼした。


「騎士団長様が寛容ですので、そう感じるだけかと思います」

「そうか?」

「そうですわ」


 力強く頷く。フィルラインの中では大したことではないのかもしれないがティーリアにとっては一大事ばかりだ。


「……巡回の騎士も行ったな。行くか」

「はい」


 そう言った所で、あれ、と気が付く。さっきは流してしまったが、

(もしかして、部屋までこの体勢続くの?)

 耐えられないと思った。


「き、騎士団長様。わたくしの足の事はお気になさらず。お、下ろしていただきたいです……!」

「さっき謝罪は了承ではなかったのか?」


 こんなことを了承するはずがない。勢いよく首を振る。


「しかし、そのままでは」

「汚れているのは今更ですし、後宮に怪我をするようなものが落ちているはずもございません。ですので問題はありません」

「分かった。だが外は何が落ちているか分からない。中までは我慢してくれ」

「……ご迷惑をおかけします」


 我慢するのはフィルラインの方だ。申し訳なくて身を縮めた。

 せめて少しでも運びやすくなるよう首に手を回した。少しだけ、暗くて良かったと思ってしまう。赤く染まった頬を見られることはないだろうから。


 廊下に入るとフィルラインはゆっくりと下ろしてくれた。再び感謝と謝罪を告げる。

 昼間には人で賑わう廊下が今はしんと静まっていて、まるで世界にティーリアとフィルラインしかいないような錯覚に陥る。

 やや先を行くフィルラインが足を止めた。手で制されたティーリアも立ち止まる。


「巡回だ」


 そっと囁くような声。手を引かれて、角に隠れる。灯りを持った巡回の騎士が近くを通るのを息を詰めて待つ。

(こうして隠れていると、小さい頃お姉ちゃんと星を見る為に抜け出したことを思い出すなぁ)

 ティーリアがたててしまった小さな音を誤魔化す為にレディアが魔術をつかって窓を開けたり、小さな体躯を生かして壷の裏に隠れたりしてなんとか屋上まで抜け出すことが出来た。

 あの光景は今でも目に焼き付いている。

 共に見た星空は息を飲むほど美しかった。暗闇に散りばめられた銀の光。暗いからこそ映えるのだとレディアが教えてくれた。

 その後、レディア付きの護衛騎士が来て、少しのハプニングはあったけれど小さなお茶会を開いた。

 ティーリアの胸を温め続ける姉との記憶。

 懐かしい。レディアも、覚えているだろうか。


 フィルラインの高い察知能力のおかげで、巡回の騎士を無事やり過ごす事が出来た。後はまっすぐ進むだけでティーリアの部屋だ。


「バレなかった事は幸いだが、巡回体制を見直す必要がありそうだ」


 柳眉を歪ませ、苦々しげに言うフィルライン。その台詞で改めて彼が騎士団長だと実感する。


「団長様だからこそ可能だったのではありませんか? 巡回のタイミング、場所も把握している事ですし、気配にも敏くていらっしゃいますし」

「巡回のタイミングや場所は情報が漏れたらそれまでだ。俺程度の察知能力を持った人間は数多くいる。後宮に居る君たちが安全に暮らせるように努めるのが俺たちの使命だ。妥協は出来ない」

「それは心強いですね」


 真面目な台詞が頼もしく、ありがたい。彼のような職務に忠実な騎士達が守っていてくれるから、後宮の一応の平和は保たれている。

(さすがに派閥間の諍いはあるけれど)

 キシが自分以外の侵入者は今までいないと言っていたくらいだ。彼が言うのだから確かな情報だ。

 後宮の設置されたのは決して最近ではない。今まで侵入者を許さなかったのはフィルライン率いる騎士達の相当の努力があったからだ。


「それに後宮には人間用の結界がある。精霊と女性には反応しないが、ハロルドや俺たち巡回の騎士以外は弾くようになっている」

「まあ、そうなのですか? 存じ上げませんでした」


 けれど、部外者たるキシが入り込めるのだから綻びはあるのだろう。

 言うつもりはない。自分勝手だと分かっているが、結界が見直されてキシに来てもらえなくなるのは寂しいから。

 それに、彼以外が侵入できるとも思えなかった。入り込めるのはキシが相当の実力者だからだろう。ティーリアは精霊を含め、今まで彼以上に強く、魔術の扱いに長けている者を知らない。

 話している内に部屋まで辿り着いた。 


「お送り下さりありがとうございました。燭台、明日お返しいたしますわ。ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした」

「事前に通達しなかったこちら側にも非はある。そう気にするな」


 フィルラインは安心させようとしているのか笑みらしきものを浮かべる。

 はい、と答えて緩んだ頬を見られないように深く頭を下げた。例え、ティーリアがどんな格好をしていても、どんな身分でも変わらずフィルラインは優しい。

 満たされた気分を自分の発言で壊したくなくて口を噤んだ。


「……もう夜も深まったな。早く寝るといい」

「はい」

「では。君の夢に精霊神の訪れがありますように」


 王都の貴族特有の言い回しに、首を傾げてしまいそうになる。

(そっか。忘れそうになるけど、フィルライン様は公爵なんだよね……)

 彼は決して驕らず、自然体で接してくれるので時折頭から抜けてしまいそうになるがティーリア、ましてや女中のティリーとは本来関わりがあるはずもない大貴族なのだ。

 今は眠りについて姿を表さない精霊神。それを信仰するのは基本的に王都の貴族のみだ。

 ふいにフィルラインが、遠い存在のように感じた。

(ティリーとして話してるときはあんまり身分差感じないのに)

 ティリーと接するときの方が余程身分差があるというのに、おかしな話だ。そのことに寂しさを感じつつ、同様の別れの挨拶を口にする。

 扉を閉めようとしたとき、「ああ、そうだ」とフィルラインから声がかかった。


「ティーリア・ダウス嬢。君はもっと食べた方がいい。あまりにも軽すぎる」

「……っう」


 その台詞で自分がフィルラインに抱えられたという事実を改めて突きつけられ、一気に熱がこもる。


「そ、そ、その」 

「……よく、食べろ」


 深く響く声で真剣に言うフィルラインにつられてティーリアも神妙に返した。


「はい……」


 その返答にフィルラインは満足げに頷く。

 動揺するティーリアを背にし、去っていってしまった。


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