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銀の薔薇に祈る  作者: 新田 葉月
お茶の時間
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第一話 謁見

 ここはロードニス後宮のとある一室。色素の落ち着いたカーテンに、品のよい調度品。自然の花を使った華美すぎない装飾が部屋の持ち主の性格をよく表している。

 その部屋で少女はふっと溜息をつき、本を閉じた。何かに耐えるように胸元の首飾りを握る。大陸でも滅多に見られない銀髪がさらりと流れた。

「……、」

 少女の口から吐息に似た言葉が零れ落ちる。控えめなノックが聞こえた。

「ああ、ごめんなさい。今行きます」

 ノックの音に本を置く。そして後宮入宮の挨拶するため少女、ティーリアは謁見の間に向かった。


 赤、黄色。贅をつくした煌びやかな廊下を早く、けれど優雅さには欠けない歩調で進む。

 今回、ロードニス国王の正妃を決める為、後宮が設けられた。

 だが、通常の後宮とは大きく異なる点がある。

 ここでは令嬢たちの自由な恋愛が許可されている。後宮に入るがそれは形だけ、婚姻を結んだわけではないとされる。変わった事例のように思われるが、この後宮は過去の比ではないほど、規模が大きいのだ。それほどの人数の令嬢が一度に結婚すれば他の貴族男児の相手が居なくなってしまう。だから特別に自由恋愛が許可された。後宮は王家主催の婚約者探しの場のようなものだと揶揄やゆされてもいる。

 その揶揄どおりなかなか後宮に訪れない王にそうそうに見切りを付けた令嬢が結婚相手を見つけ、もう十何人も去っている。居なくなった十何人の代わりとして今回ダウス子爵家に勅命が下り、ティーリアはここへ来た。


「ティーリア・ダウス様、こちらです」

(この名前にも随分慣れたな……)

 内心でひとりごちる。


 ティーリア・ダウスは偽りの名だ。本当の名は別にある。

 本来の名を隠さなくてはならない理由がティーリアにはあった。理由となった事件は数年たった今もなお心に影を落とす。

 痛み出した心臓を落ち着けるよう、そっと首飾りに触れる。 


「ティーリア様。緊張しておられるのですか?」

 侍女のセリスが意外そうな声を上げた。長い付き合いで首飾りに触れるのがティーリアの心が乱れたときだと知っているからだ。ティーリアは首を振った。

「緊張して無いといえば嘘になるけど。他の令嬢よりは随分してないよ」

 微笑んで続ける。

「だって、私は知っているんだから」

 勿論国王に会うのには緊張する。けれど他の令嬢よりはましだろう。彼女たちは、自分が国王のお眼鏡にかない、正妃もしくは国母になれるかという緊張もあるのだから。

 だが、ティーリアは知っている。自分が決してそういった存在になることは無いと。なぜなら国王――ハロルドには既にイレーネという想い人がいるからだ。


 イレーネ・ミラー。

 彼女は伯爵令嬢で身分的には問題ないが、王妃にするには色々としがらみの多い女性だ。そのしがらみのため、ハロルドはこんな形で後宮を設置したのだ。

 

 沈んだ意識を浮上させるように、謁見の間の扉が開く。ティーリアは優雅に腰を折った。

「お呼びに預かりまして、参上いたしました。ティーリア・ダウスと申します」

 玉座に座る、ハロルド・アイゼンハワー・ロードニス国王。赤髪のよく似合う色気の在る顔立ちだ。

 隣には大きな鎧を身にまとった人物が控えている。おそらく騎士団長のフィルライン・ロールデン公爵だろう。彼はどんなときでも鎧を外さないと有名だから。


「顔を上げてくれ。遠い地から呼びかけに応じてくれたこと、感謝する」

 あまり親しみのこもらない口調で王ハロルドがねぎらった。

「ご機嫌麗しく、陛下。いいえ、ロードニス国民として当然のことですわ」

 顔はあげるが見つめるのは不敬にあたる。ティーリアはハロルドの足元に視線を落とした。


「私からもお礼を言わせてほしい。ティーリア嬢。噂に聞いていたとおり美しい銀髪だ。光り輝く様子がよく君に似合っている」

 形式だけ、と匂わせるようなハロルドの挨拶にくらべ鎧をまとったフィルラインはやけに親しげだ。挨拶のため上げられた鎧からはフィルラインの端正な顔が少しだけ見える。

「ありがとうございます、ロールデン様」

 この相対する態度は令嬢がすでに想い人のいるハロルドに好意を向けないよう、また好意が他に流れやすいようする作戦だろう。

 分かってはいるが、過分な褒め言葉は居心地が悪い。

(早く、終わらないかな)

 ぼんやりとそう考えながらも、笑みは張り付けて当たり障りのなく応対した。




 結果として。謁見は、つつがなく、悪く言えば印象に残らずに終了した。

 印象に残る必要はないので、これでいい。


 ※※


 謁見から帰ったティーリアは、セリスの入れたお茶を飲みながら、また本を開いた。

 題材はこの国、いや、この大陸では知らないものはそういないだろう。ルロニア王国で起きた「悲嘆の薔薇姫」、レディア・ファンレーチェに起こった事件だ。


 大陸でもっとも力のあるルロニア王国で、三家しかない、公爵家ファンレーチェ。そこで起こった事件は悲劇という言葉では生ぬるいものだと誰もが言う。

 ファンレーチェ公爵家ではっきりと生きていると分かっているのは留学に行っており、事件の日にファンレーチェ邸に居なかった長男だけだ。それ以外は使用人も騎士もほぼ全てが殺された。

 「悲嘆の薔薇姫」と呼ばれるレディアは行方不明だ。事件の残忍性から死んでいるという認識が高い。


 だが、ティーリアは。

 ティーリア・ファンレーチェ(・・・・・・・)は姉は生きていると核心している。

 だって、レディアはティーリアと最後に約束したのだ。


 待っている、と。いつだってそばにいる、と。


 なかなか、レディアは戻ってきてはくれないけれど、大丈夫だ。だって、レディアは約束を破ったことなど一度もないのだから。


(いつまでも、待ってるよお姉ちゃん。だから、早く会いに来てね)

 伝わらない想いをただ心の中でそっと呟いた。

分かりにくかったので(^^)

 ロードニス 

めずらしく精霊術を主に使っている。土地の魔力含有量が豊富で魔石が多く取れる小国。ティーリアの今居る国。


 ルロニア 

 この大陸でもっとも力のある王国。優れた魔術師と強い騎士が多いが精霊は入りにくい。海が美しい。ティーリアの生まれ故郷。

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