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銀の薔薇に祈る  作者: 新田 葉月
お茶の時間
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第十六話 違い

 あのあと一度帰ったイレーネはきちんとハロルドと話してきたらしい。後日ティーリアの元を訪れてくれた。

『まだ事情は話せないけれどハロルドはお父様を信じているのですって』

 そういって笑ったイレーネの顔はとても晴れやかだった。

 後宮の解体も案外早いかもしれないとひっそりと思ったが、イレーネは続けて「でも、あいつは人間としては好きになれないわね。っていうか、女の平手くらい避けなさいよね! そのせいでなんか変な罪悪感があるのよ!」と吠えていたので、やはりまだ先のようだ。

 この前まで早く後宮を出たかったはずなのに妙にそれにほっとする。

 そんな自分に小さなささくれのような引っかかりを感じた。




 いつも通り、先に来ていたフィルラインに挨拶を交わし、お茶の席に着いた。今日は薄茶色の半生菓子と、さくさくに焼き上げたリーフパイが並んでいる。フィルラインはきらきらした瞳でそれに手を伸ばそうとするが、何かを思い出した様で手を引っ込め、立ち上がる。

 

「これを……」

 

 近くの大木の陰からカートを押してきた。カートの上にはお茶と二つのカップが乗っている。

「いつも俺が貰ってばかりだから茶くらいは用意しようと思ったんだ」

 そう言えば、お茶を入れてこようと思っていたのに暫く忘れていた。

「気がつかなくて申し訳ありま―――ありがとうございます」

「あぁ」

 謝ろうとすると不服そうに顔をしかめたので謝罪から感謝へと切り替えると満足そうに頷いた。お茶を入れようとするが、ややその手つきは拙い。

「あ、それは私が……」

「すまん。慣れていないものでな」

(王家の血を継ぐ名家、ロールデン公爵家の長男のロールデン様が給仕に慣れていたら問題だと思う……)

 自身も大陸で最も力のある大国ルロニアに三家しかない公爵家、ファンレーチェの娘であり、単純な権力ではフィルラインより上であるのだが、そんなことはすっかり忘れ、ティーリアは呑気にフィルラインにつっこみを入れた。

 

 不器用な仕草で茶を注ごうとしているフィルラインからティーポットを受け取ると、カップに注ぐ。

 フィルラインはお茶を受け取ると早速、お菓子に手を伸ばした。

 薄茶色の半生菓子を口に含むと目を開く。

「……うまい。初めて食べる味だ」

「そうなのですか? それはルロニアの南部でよく食べられているものです。今日は蜂蜜と新鮮なミルクを頂いたのでそれを煮詰めて、ナッツを入れて固めました」

 今日、調理場に行くと蜂蜜とミルクをたくさん貰ったので予定を変更して作ったのだ。余ったミルクと蜂蜜はすぐ横に置いてある。

 言われてみれば確かにロードニスではあまり見ないお菓子かもしれない。


 ふむ、と頷いたフィルラインはお茶を飲んで眉をしかめた。ティーリアは苦笑を零す。

「お待たせして申し訳ありませんでした」

 良い茶葉なのだと思う。だが、時間の立ってしまったお茶は適正の温度よりやや低く、その上茶葉が出てしまい、渋みの強い濃い味になってしまっていた。

「いや。……ああ、あの時か」

 首を傾げると、国王のハロルドがここに来たいと言い出したのを説得していたと説明してくれた。ティーリアは僅かに顔をしかめる。

 フィルラインと ティーリア(・・・・・)はあまり関わりはないが、ハロルドとは違う。

 バレてしまう可能性は極力潰したい。 バレてしまえばこういう風にフィルラインと会うことは出来なくなってしまうから。

「えっと、出来れば他の方には……」

「大丈夫だ。連れてくるつもりはない。これは秘密のお茶会だろう?」


 フィルラインが口の端をあげて笑う。その様子は無邪気なのにどこか色気があるような気がする。

(うわぁ……)

 胸を押さえて呻きそうになる。美形はこういう仕草が妙に似合っていて、心臓に悪い。赤くなった頬を見られないように俯くと、余った蜂蜜とミルクが目に入った。

 

「そうだ、ロールデン様。ミルクティーにしませんか?」

「ミルクティー? 構わない飲んだ事がないな」

 蜂蜜とミルクを入れてフィルラインに差し出すと興味深そうに匂いをかいでから口に含んだ。

「ふむ。うまい」

 満足げに頷いたフィルラインは菓子に手を伸ばす。

(キシの紅茶はいつだって温かかったけど、あれも魔術だったのかも)

 やはりキシはティーリアの気がつかないくらい細かい所でもティーリアに気遣ってくれていたようだ。

 

 ティーリアも手を伸ばしてさくさくのリーフパイを口に運ぶ。

「そういえばハロルド様はなぜここに来たがったのですか? ハロルド様もお菓子がお好きなのですか?」

 イレーネの話ではあまり好まないといっていた気がするのだ。

「……」

「あ。あの、ロールデン様。私なにか粗相でもいたしましたか?」

 無言で眉を寄せたフィルラインになにかまずいことでもしたのか慌てて聞く。

「いや、そういうわけでは……ん?」

 フィルラインは不思議そうに顎に手を当てた。

「ハロルドは菓子は好きではないが……ああ」

 答えて一人納得したように頷く。

「ハロルド様と呼ぶんだな」

「? え、ええ。すみません。ロールデン様からお話を聞く内につい……。陛下とお呼びした方が良いですね」

 よく話すフィルラインもイレーネもハロルドと呼ぶから移ってしまった。危ない。

「その方がいい。……ティリー、俺の名はフィルラインだ」

 言葉の意図が分からず首を傾げる。

「ええ、存じておりますよ。フィルライン・ロールデン様、ですよね」

「フィルラインと」

 ぴくりとも表情を動かさずに言われた。フィルラインはじっと頬杖をついてこちらをみつめる。


「……えっと、フィルライン様」

 頬に熱が籠もるのが自分でも分かった。

「……ああ。今後はそれで」

 表情を緩め頷くフィルラインの涼やかな美貌にはそんな色など乗っていなく、ますます居たたまれない。

「そ、れは、良かったです」


 名前を呼んだとき、恥ずかしさと同時に胸に広がったくすぐったい気持ちは、ティーリア・ダウス、ティリーともに偽名を名乗っている罪悪感からだろうか。


「ティリーは」

「は、はいっ」

 気持ちを持て余している最中に話しかけられて驚いて勢いよく返事をしてしまう。

「亡霊が怖くないのか?」

 そういえばここには亡霊が出るという噂があったのだ。ここでの時間はあまりにも穏やかでつい忘れてしまった。

 亡霊と言われると昔、出会ったモノを思い出す。あのときはレディアと二番目の兄がティーリアを守ってくれた。


「亡霊は怖いです」

「では、なぜここに来たんだ?」

「ええっと、始めは亡霊が出るなんて知らなくて使っていたんです。後から知ったのですが……」


 なぜ、怖くなかったのかといえば。

 それはキシが亡霊はいないと言ってくれたからだろう。そして、その上でいても守ると言ってくれたから。

 だが、キシの名前は出すことは出来ない。彼はティーリアにとっては信頼出来る人だが、客観的にみるとかなり怪しい。

 レディアは嘘をつくコツは嘘を嘘だと思わないこと、そして真実も混ぜる事だと言っていた。

 だから、ティーリアの言える真実を口にする。

「知った時にはもうこの場所がとても好きになっていて……。便利ですし、精霊たちがいますし、大丈夫かなぁと思いまして」

「随分と、楽観的だな」

 呆れたような眼差しを注がれる。

「けれど、私ここに居続けて正解だったと思うんです。だって、こうしてロールデン様とお話する事ができましたし」

 フィルラインはいつも目をみて話してくれる。ティーリアはまっすぐにこちらを見つめるその瞳をのぞき込むようにふわりと笑った。

 作ったお菓子をおいしいと言ってもらえるとすごく嬉しいし、力になる。精霊たちは味に好みがなく何でも美味しいといって食べてくれるが、やはりあった方が創意工夫などが楽しめる。

「……あー」

 溜め息をはいたフィルラインは大きな手で顔を覆い隠した。

「ロールデン様?」

「フィルラインだ」

 素早い訂正にまだ慣れないなぁと顔を仰ぐ。

「フィル、ライン様? どうかいたしましたか?」

「いや、なんでもない。厄介だと思っただけだ」

 これ以上説明をする気はないようだ。フィルラインは自己完結してお茶を飲む。



「そういえば……フィル、ライン様はなぜあのときここにいらっしゃったのですか?」

「……」

 ティーリアからしてみれば、会話のつなぎのようなものだったが、その時明確にフィルラインの纏う空気が堅くなった。

「あ……っ。ごめんなさい。私、立ち入ったことを」

「いや、気にするな」

 その表情は。


「俺は……亡霊にあってみたいと、思っただけだ」


 だけ、と言うにはあまりにも苦しげだ。

 流石に会ったことはないだろうがフィルラインも亡霊の恐ろしさなどは知っているはずなのに、それでも会いたいと思う事情があったのだろうか。

 ティーリアと同じで亡霊でもいいから会いたいと思う誰かがフィルラインにも居るのだろうか。

 伏せられた瞳に一瞬浮かんだ危うさが以前の自分と似ていて思わずフィルラインの手を取った。


「……ティリー?」

「時々、思います。私も、会いたいと」


 レディアは行方不明なだけ、まだ死んでいない。いつかはきっと会えると信じている。

 けれど、あの日から二度と会えなくなってしまった穏やかな父と優しい母そして、少し意地悪な二番目の兄。一緒に過ごした温かい使用人達。

 まだ、話したいことがある。見せてあげたいものがある。

 せめて、一目でも会えたら、一言だけでも告げられたらと思ったことは数え切れない。

 けれど、


「そちら側に行っては駄目です……」

 

 死んでしまった人の事をいつまでも思いすぎると魂が引きずられてしまう。

 身を切られるように悲しいけれど、生者と死者は違うのだ。


「生きているんです、私たちは」


 一瞬だけ手が強く握られて、離された。

「……心配をかけた。大丈夫だ」

 その緑色の瞳からはすでに危うさは消えていた。ほっとしてティーリアも手を離す。


 吹いた風が、紅茶の濃厚な匂いを漂わせた。


「大丈夫だ。連れてくるつもりはない。これは秘密のお茶会だろう?」

訳「連れてくれば俺の取り分が減る」

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