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銀の薔薇に祈る  作者: 新田 葉月
お茶の時間
13/37

第十二話 大嫌いな王家*

一人称イレーネ視点です。

 私は王家が嫌い。息がつまりそうなほどに。



 がしゃん。

 金属の、重々しい、けれど人の人生を終わらせるにはあまりにも軽すぎる音。それはお父様の手に手錠がかけられた音だった。



“願っているだけでは事態は好転しないんだよ。行動に移すことが大切なんだ”


 その言葉が口癖のお父様は誰にでも優しく、常に誰かの為を考えて生きているような人だった。私はお父様の事を心から尊敬していた。お父様ほど素晴らしい人はいないと信じていた。彼の娘であることを誇りに感じていた。

 私は、幸せだったわ。


 けれど。お父様の手に手錠がかけられたその日私の幸福は音をたてて崩れた。

 罪状は「国家資産横領及び王太子暗殺未遂」

 来ていた縁談が全て取り消された。友人だったはずの人たちが冷たい目で私を罪人の娘となじった。私たちは身を隠すように暮らさなくてはならなくなった。お父様のいないせいで生活が困窮していく。

 それでも最初は信じていた。お父様は無実なのだからきっと王家は気が付いてくれると。だって、あんなに国の為、民の為に心骨を注いでいたお父様が信頼されていないなんて嘘だもの。

 怖がる弟を大丈夫よと励まし泣く母を慰めた。騎士団長として真面目に清く生きていたお父様。だから、大丈夫。その人柄を知る国王陛下なら気が付いて下さるわ。


 そう、信じていたのに。


 寒い夜、ミラー邸に届けられたのはお父様釈放の知らせではなく、お父様が自殺したという知らせだった。



 お父様は信じて仕えてきたのに、王家はお父様を信じなかった。その裏切りに絶望して、お父様は自殺してしまった。ああ忌々しい。王家なんて嫌い。大嫌い。

 後宮(こんな所)来たくなかった。けれど、私は―――


 ※


「イレーネ・ミラー。こんな夜遅くにすまない」


 女の中では少し高いほうの私とでも明確な差のあるすらっとした身長。燃え立つような赤い髪。無駄に整った顔の中心には鳶色の瞳が輝いている。


 これが、ロードニスの現国王、ハロルド……。

  お父様を裁いた国王。

 ―――つまり、敵。

 私は殊更にっこりとほほえんでみせる。

「いえ。こんな月の明るい夜ですから陛下がくる時間を間違ってしまったとしても仕方ないでしょう」

 こんな遅い時間に迷惑よ、という嫌みに優秀な「国王陛下」は一瞬顔を引きつらせたけれど、よっぽど演技の上手いよう。すぐに親しげに私の手をとりそっと唇を落とした。

「確かに月は輝いているがそれ以上に私の目には貴方が輝いているように見えるよ」

 胸が焼けるような甘い台詞。美形の、しかも王がこんな台詞を吐けばだまされるとでも思ったのかしら? 軽く笑う。

「まあ、ありがとうございます。私、顔は父に似ていると言われますの。きっと父のお陰ですわ」

「……そうか」

 わざと、お父様の名前を出す。これにはさすがの「国王陛下」も言葉を無くした。

 

―――私は、忘れないわ。あなたたち王家に裏切られた日のことを。


 あくまで笑顔を保つ。笑顔のまま、睨みつけるように。

「陛下? 父を認めていただけたみたいで、私嬉しいですわ」

 王家なんて、国王なんて……吐き気がするわ。



「ったく。嫌味がきついな」

 侍女が扉を閉めた途端、ハロルドは態度を豹変させた。

 穏やかな笑みを消し、一番上まで留めていたボタンを無造作にはずす。高圧的に足を組むと溜息を落とした。

「侍女たちが顔を真っ青にしたのに気がついたか?」

「さぁ。何のこと? 彼女達は「国王陛下」があんまりにも嘘っぽい笑顔を浮かべるから怖かったんでしょう」

 あちらが態度を変えたのにあわせて私もストレートに嫌味を言う。

 別に不敬罪になっても構わない。私がお飾りとは言え貴族である以上はあまり厳しくは罰せられない。

「くくっ「国王おれ」にそこまで言うか?」

「「国王陛下あんた」だからよ」

 お父様を裏切った王族だからよ。

 侮蔑をこめて冷ややかに告げるとハロルドは一転して真面目な表情をした。

 鳶色の意志の強そうな瞳が私を捉える。


「……父上のこと、本当にすまなかった」


 気がついたら思いっきりひっぱたいていた。

「本当にすまなかった? っふざけないで……!」

 感情の乗りすぎた声がかすれる。煮え立ちそうなほどの苛立ちに、ぎりりとハロルド睨みつけた。


「本当にそう思ってるなら正式に間違ってたって発表しなさいよ! あんた達が間違いを認めないせいでお父様の名誉は汚されたままだわっ! お父様の直接的な死因は自殺だけど、あんた達が殺したのも同じよっ。口先だけの謝罪なんていらないっ! いくら謝罪されたってお父様は、もう……!」


 涙が零れそうになって歯を食いしばって飛び出した。驚いた顔をした近衛を振り切ってあてもなく走る。

 

 

 ああ、目眩がする。

 あの日、お父様が冤罪をかけられて、自殺を図って亡くなって、どれだけ悲しかったか、どれだけ王家に絶望したか。 なのに「本当にすまなかった」?

 許せない。許せない。許せない……! 私たち家族の怒りはそんなもので消えるようなちっぽけなものじゃない。


 外に出て必死に駆けて、駆けて。見つけた茂みの中に身を隠した。

「……っ」

 零れ落ちそうな涙を拭う。噛みしめた唇から血の味がした。


「大丈夫ですか……?」

 

 不意に、心配げな声が掛けられた。


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