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銀の薔薇に祈る  作者: 新田 葉月
お茶の時間
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第十話 雨

 前後も分からないほどの大雨だ。吹き荒れる風がさらにその影響を強くする。

 ティーリアはバシャバシャと水を跳ねながらジグドの館へ急いでいた。ドッと降り出した大雨に外に置いてある画材道具が不安になったのだ。大きな傘を差し、それでも振り込んでくる雨は水の中位精霊ユエが水を弾いてくれる。

 確認が終わり、音を立てて一気に強くなった雨足に一旦ジグドの館に生える大木の下へ滑り込んだ。ここは葉を散らせた木が多い中まだ葉を茂らせている。


「す、ごい雨」

「ですねぇ」

 ユエが同意しながらわずかに濡れた髪の水分を一瞬で飛ばしてくれる。

「あらぁ? 姫様ー。木の後ろ人が居ますわぁ」

「へ?」

 ユエの声に振り向いたのとほぼ同時に木の陰から人が出てきた。

「……ティリー?」

「ロールデン様っ」

 互いに驚いた声を上げた。

「とりあえずこっちへ」

「あ、はい」

 手招きされ、フィルラインの方へ回る。こちらは風向きの関係上雨が降り込んでこないようだ。

「急に降り出しましたね」

「ああ」

 フィルラインはぽたぽたと茶色の髪から水を滴らせていた。

「どうぞ」

 すっとハンカチを差し出す。

「助かる。……君は、全く濡れていないんだな」

「精霊が助けてくれたので」

 ユエはいつの間にか消えてしまった。精霊は気まぐれだ。ティーリアが出る前には来てくれるだろう。

「ロールデン様は見回りですか?」

「いや、届け物を受け取りに。これさえなければそのまま走っていくんだが」

 フィルラインが手に持った箱を見せた。

「オルゴールだそうだ」

 確かに濡らさない方がいいだろう。

「ティリーは?」

「私は画材道具が心配になりまして。無事で良かったです」

 ふと、ティーリアはフィルラインがオルゴールの入った箱以外持っていないことに気がついた。

「傘はないのですか?」

「置いてきた。これを取るだけのつもりだったが、負傷した騎士がいてな」

 そう言えば、医務室あたりに人が集まっていたように思う。フィルラインは騎士団長なので顔を出してきたのだろう。

 

 雨は一向に止む気配がないどころか勢いを増していく。

 ちらりと見上げたフィルラインの様子に少し躊躇してから、傘を差し出した。

「あの、よろしければ、お使い下さい」

「いや。俺のことは気にせず早く帰った方がいい」

「けれど、お急ぎの用事があるのでは?」

 自覚が無いのかもしれないがフィルラインは苛立たしげに空を睨んでいた。短いつきあいだが彼が温厚な性格なのは知っている。急ぎの用があるのだと思ったのだ。

「いや、大した用ではない。オルゴールを届けるだけだ。ただ、早く届けないとハロルドが執務を放り出してやってくるかもしれないというだけだ」

「それは急ぎの用かと……」

 あっさりと言われた台詞に苦笑を零した。

「私のことはお気になさらず。急ぎの用は無いので雨が弱まるまで待っています。精霊もいますし」

「姫様ぁ? 雨は朝までずうっとこの調子ですよー?」

 唐突に舞い降りたユエが会話に入る。彼女は中位精霊の中でも高位の存在なので頭に直接響くような精霊語ではなく大陸語を話せる。

 ぱちりとまばたきを落とした。

「あ、朝まで?」

「そうなのですー」

 水精霊のユエにとってこの雨はとても嬉しい事のようで、機嫌がいい。珍しく炎の上位精霊と契約を結んでいるフィルラインの前にも姿を現した。

「なので、雨上がりを待つとー朝までずぅっとここにいることになりますが、構いませんのー?」

「駄目だ」

 答えたのはフィルラインだった。


 精霊は気に入ったものにしか姿を見せないが、契約を結んでいると他の精霊も見えやすくなる。フィルラインもそうなのだろう。彼にははじめからずっと精霊が見えていたから。自分が精霊を視る瞳を持っているせいで忘れがちだが精霊が見えると言うことは精霊と契約を交わしていることと同じなのだ。


 ユエはフィルラインの答えに満足げに頷く。

「ならぁ、二人で傘に入ってくださぁい。大きい傘ですし、入れますよね?」

「う、うん……けど」

 そっとフィルラインの方を伺う。あまり表情を変えない彼が険しい顔をしていた。


(あ、)

 ティーリアは、はっとして袖に隠していた短剣を差し出した。

「あ、あのっ、ご安心下さい! これ、お預けしておきます。もちろん、魔道具も外します! なので、攻撃はしませんし、出来ませんので……!」

 必死に主張すると呆れ混じりの視線を注がれた。

「どうしたらそんな発想が出てくる」

「違いましたか?」

「違う。君は……いいのか?」

「? はい、勿論です」

 一瞬何を示しているのか分からなかったが、許可を求めているのだと気づいた。


 傘を傾け、微笑む。

「オルゴール、きっと待っていると思います」

「……助かる」


 身長の高い方が、と傘はフィルラインが持ってくれた。ティーリアはオルゴールを大切に抱える。


「雷が鳴りそうですね」


 フィルラインとの距離が予想以上に近い。高鳴る心音を誤魔化すようにティーリアは意識を空に向けた。

「苦手なのか?」

「苦手、でもありますし、怖いです」

 ふわふわと浮く精霊を指で撫で「けれど」と続ける。


「嫌いでは、ありません」

「……何故ときいても?」

 思い出した記憶の懐かしさに目を細めた。


「雷になると、会いに来てくれる人がいたんです」


 雷が怖いといって以来、レディアは雷が鳴り出すとファンレーチェ邸からティーリアのいる屋敷へ魔術を使ってこっそり来てくれたのだ。

 知らず頬がゆるむ。

「あまり頻繁に会えないその人が来てくれるのがとても嬉しかったんです。なのでむしろ少し楽しみにもしていました」

「……怖いのが楽しみになるほど大切な人、か」

 大切。そんな言葉では足りない。レディアはティーリアの唯一だ。

 重い呟きは胸にしまってええ、と頷いた。

 

 王宮の裏口につき、やっと離れた距離にほっと息を付いた。

「有り難う」

「どういたしまして」

 抱えていたオルゴールを手渡す。雨と強風で傘だけではオルゴールを濡らしてしまっただろうが、ユエを筆頭にたくさんの水精霊達が力を貸してくれたので全く濡れていない。

「ハンカチも助かった。洗って返す」

「い、いえ! お気遣いなく」

 慌てて手を振るが律儀な性格の彼は「俺がそうしたい」と答えハンカチをポケットにしまった。


「では、私はこれで」

「ああ」

 もうすぐ後宮が忙しくなる時間で廊下にも人通りが多くなってしまう。ティーリアは早々に会話を切り上げ、傘を広げた。

「あっ」

 不意に吹いた風により傘が手から離れた。開いたままの傘は風に吹かれ、あっという間に遠くまで飛んでしまった。

「……ば、馬鹿だ」

 大した風では無かったのにどうして手を離してしまったのだろう。思わず呻く。

「執務室に行けば俺の傘があるが使うか?」

「い、いえ。大丈夫です。……ミヤナ、いる?」

 目を閉じて風の中位精霊であるミヤナに呼びかける。

『こちらに』

 間を置かず、緑色の髪を靡かせた美女が現れた。

「あのね、傘が、」

 口にしようとしてた言葉は途中で途切れる。……こちらにくる足音が聞こえた。身分を隠している都合上、精霊遣いだとバレて注目されては困る。察しの良いミヤナは即座に消えた。

「誰だ?」

 フィルラインが音の方角に振り向く。


 瞬間。


 不意に背後からティーリアの口を覆う様に手が伸びてきた。

「!!」

 抵抗する間もなく、強い力で柱の影に引きずり込まれる。

 腰と口に回っている恐怖を感じたのは一瞬。

「姫さん、静かに」

 聞き慣れた声に強ばっていた力を抜いた。

「ルト」

 ティーリアを柱に引きずり込んだのは闇の中位精霊ルトだ。ルトは闇精霊特有の暗色の髪と瞳を持っており、ロングコートに短いズボン、ブーツという少年らしい格好をしている。ティーリアに加護を与えたわけでないがよく話してくれる。


「どうしたの?」

 静かに、と言われたので小さく囁く。

「足音、王様の」

 短い返答にひやりとする。

 ハロルドに「ティリー」としての姿を見られるのは不味い。フィルラインは気が付かなかったが、王の教育を受けているハロルドはティーリアの正体を見破ってしまうかもしれない。それは困るのだ。


「フィル!」


 声が響く。ルトの言ったとおり降りてきたのはロードニス国王ハロルドだった。

「ハロルド……」

 本当に抜け出してきてしまったようだ。ハロルドはティーリア達後宮の令嬢には決して見せないような、朗らかな笑みを浮かべる。

「雨が降り出したからお前を迎えに来てやった。勿論オルゴールは濡れてないだろうな」

「安心しろ。ほら」

 フィルラインはハロルドに乱暴にオルゴールを押しつける。

「受け取ったら早く戻れ。宰相が困っている」

「別に少しくらい息抜きしても罰は当たらん」

 言葉とは裏腹にオルゴールが濡れてないのを確認し満足したハロルドはすぐに去った。


 

 足音が遠ざかる。やっと全身の力を抜いた。

「危なかったね。姫さん」

 ルトは肩をすくめた。

「う、うん」

 突然やってきた正体がバレるかもしれない危機に今更心臓がバクバクしてきた。


「ティリー?」

 フィルラインが訝しげにティーリアを呼ぶ。背を向けていた彼には突然消えたように映ったのだろう。すっと剣に手をやる。

「ロールデン様っ、私はここにおります」

 柱の影から顔を出した。

「なぜそこに?」

「……」

 ハロルドに見つかると困るのだとは言えず曖昧な笑みを浮かべた。


「まあ、いい。傘はどうす……あるな」

「えっ」

 気が付かない内に傘が先ほど隠れていた柱に立てかけてあった。ルトだろう。


 お礼を言おうと振り返るとルトは既に姿を消していた。

 ……ハロルドから隠してくれたお礼も、傘を持ってきてくれたお礼も言いそびれてしまった。フィルラインと会話しながら片隅でそう思った。


(夜、部屋に来てくれるといいんだけど)


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