Cheese8~のんびり屋 優~
チーズ同好会――それはわたしが通っている高校の先輩が勝手につくったであろう同好会。そんな謎の同好会には絶対入らないと心に決めて学校を飛び出した。友達の玲に誘われて行ったコーヒーカフェで逃げてきたはずの薄井先輩と遭遇。わたしは脅されて強制的且つ強引に同好会メンバーの一員として参加する破目になってしまった。
薄井「さてと、Cheese同好会の初日はこのカフェでコーヒーでもすすりながら始めるとしよう!」
華「先輩っ!! それどころじゃありません! 野高先輩が倒れたままです!?」
薄井「おぉ、そうだった! 優、平気か~?」
薄井先輩の呼びかけに、野高先輩は床に倒れたままゆっくりと手を上げた。
野高「大丈夫じゃないよ……。俺がチーズ嫌いだって知ってるよね!?」
華「チーズが嫌い!? あんなに美味しいのになぁ」
薄井「コイツは味覚オンチだ。気にするな」
野高「悪かったな。チーズが食えなくて」
側に立っていた山さんが横たわる野高先輩に近づき、後ろからポンポンと軽く肩を叩いた。
山田「ところで野高く~ん? 今日こそバイト出てくれるんだろうねぇ?」
野高「――はい。今日は出ます」
華「野高先輩、ここでバイトしてるんですか!?」
野高「うん。でもどうしても部活に出たくてサボってたんだけどね」
薄井「写真撮るだけなのに部活と気取るお前が憎いっっ!!」
野高「なんで? 写真撮るだけで俺を憎む意味がわからない」
突然、玲が手を上げて一歩前に踏み出した。
玲「あーのー!! しつもーんっ」
薄井「誰だ? 君は!?」
玲「こっちとしてはあなた達が誰と聞きたいんですけど?」
華「あっ、あのね!? こっちにいるのが美化委員会の委員長さんで濃……薄井先輩」
薄井「香水先輩とは誰のことだい? 花子」
華「それからー、床で倒れてる人が同じく美化委員会の野高先輩」
野高「よろしく……」
薄井「こら、花子! 無視をするな! 無視を!!」
玲「委員会の先輩か。美化委員会って変わった人が多いのね」
野高「変わってるのはそこの人だけだよ」
薄井「こらぁぁ!! メダカのくせに僕をけなすとは何事だっ!?」
床に横たわっていた野高先輩がゆっくりと立ち上がった。
野高「さてと、制服じゃバイト出来ないから着替えてこようかな。えぇーっと、立川さんと――」
野高先輩は玲の顔を見つめ、首を傾げた。
玲「……伊藤です」
野高「伊藤さん。うん、覚えた。2人ともゆっくりしていってね」
そういい残すと、野高先輩はカウンターより先にある奥の部屋へと着替えに行ってしまった。先輩がいなくなったところで玲がポツリと呟いた。
玲「なんかあの人、モテそうね」
華「え!?」
薄井「あんな奴より僕のほうがモテるに決まっている! 常識だ」
山田「なんでそこで妙な意地を張るかねぇ? モテないだろ? 金髪くん」
薄井「おっさんに言われる筋合いはない!」
玲「プッ、おっさん?」
山田「オッサン!? 俺はまだ大学生だっ!」
ガチャリと扉を開く音が聞こえて、制服の白いYシャツに黒いエプロンを身に着けた野高先輩がカウンターに出てきた。
野高「自称大学生……ですよね?」
山田「何か文句でもおありで?」
野高「いいえ」
薄井「優! 喉が渇いた! コーヒーを頼むぞ」
野高「はいはい」
華(わたしも野高先輩にコーヒーを入れてもらいたいなぁ)
山田「立川さん、カプチーノでも飲む?」
華「あっ、はい……」
玲「華にだけ入れるんですか~? 山さん」
山田「あれれ? 玲ちゃんヤキモチ?」
玲は少し間をおいてからため息にも似た息を深く吐くと、にっこりと笑いながら山さんを見て言った。
玲「ありえません」
山田「……」
その間、野高先輩は薄井先輩が注文をしたコーヒーを用意し、カップをテーブルの上へと置いた。
野高「はい、コーヒー」
薄井「ああ、悪いね」
薄井先輩はコーヒーカップを近くに引き寄せたかと思うと、砂糖、そしてシロップを大量にコーヒーに流し入れていた。
山田「ねぇ、それ甘くしすぎじゃない?」
野高「みてるだけでお腹痛いよ……」
薄井「苦いのは嫌いなんだよ」
山田「ま、いいや。はいよ~、お2人さんのカプチーノできあがり!」
目の前に差し出されたカプチーノにわたしは思わず手を合わせて喜んだ。
華「わぁ! ありがとうございます!」
玲「どうも! 山さん!」
野高「――あ」
野高先輩は何かに吸い寄せられるかのように店の外へと出て行ってしまった。
山田「って、おい! 野高! 仕事中だぞ?」
薄井「気にするな。いつものことだ」
玲「う~ん! やっぱここのコーヒーは最高♪ ねっ? 華!」
華「……」
玲「華?」
お店の窓から野高先輩の姿を見た。空を見上げ、ポケットからカメラを取り出し、先輩は夕日を撮影していた。
野高「今日も綺麗な夕焼けだな」
薄井「時々ああやってぼぉ~っと夕焼けの空を撮ってるんだ。まったく、メダカの行動は理解不能だね」
華「……」
わたしは先輩の姿に目を奪われてしまった。
山田「立川さん、カプチーノどう?」
華「はい。おいしいです」
山田「そう? よかった」
華「……」
夕焼けをみつめる野高先輩の後ろ姿がなんだかとてもかっこよくみえて、心が暖かくなりました。
~のんびり屋 優~ 完