彼の愛
「誰かを愛さないと私は立っていられないの」
幼馴染は言う。
彼女はいつも誰かを好きになって、わが身をボロボロにする。
何もかもを捨てて愛するのは愚かなことだ。何度そう忠告しても彼女は誰かを愛することで自分を傷つける。
「今度は誰に恋した」
幼馴染はひどいありさまだった。彼女はまた誰かに恋に落ちたことを一目で、その有り様から悟った。
「可哀そうな方なの。誰からも愛されず不遇な人生を送ってきて、誰にも必要されていないと思っているの」
「そうか」
彼女はほんとうに愚かだ。薄幸な者を愛し、彼らを幸せに導き、その代償に自らを不幸に陥れる。
その循環を理解しているのか、していないのか、何度も同じことを繰り返す。それが彼女だ。
「治療をしてやる。来い」
全身から血を流し、疲労困憊している彼女の手を引く。
彼女は一応の手当てをしたようで、傷から血は止まっていた。包帯から滲む血は真っ赤な鮮血から少し赤黒く、変色しかけている。だからこそ、見た目よりも深刻な傷を思わせ、痛々しさが増す。
「お前は何で自分を傷つけることが好きなのかね」
思わずため息をつく。そして、懺悔するかのように、毎度自分を探しに来る傷ついた彼女の行動に呆れる。
「誰かに必要とされたいの」
力のこもった瞳で彼女は言った。そういう彼女の言葉は弱々しい他の言葉と違い、熱がこもっていて、脆い彼女の狂気を感じさせる。
「そうか」
気の聞いた言葉をかけることはできずに彼女の言葉を聞く。
これは時おり彼女に投げかけてしまう下らない問いだ。そして、毎回、彼女は誰かへの依存を吐露する。
答えを分かっているのに聞く自分は彼女と同じ学習しない愚か者だ。
「ありがとう」
すべての傷の手当てが終われば彼女は礼を言い、部屋から立ち去って行った。
今回の彼女の恋の相手は、忘れられた皇子だったらしい。
彼は先代の皇帝とその皇帝の姉との間にもうけられた禁忌の子どもであったので、城の奥深くに厳重に閉じ込められていた。
毎度、毎度、彼女の不幸な男を探す能力は目を見張るものがある。
皇子は彼女に仕えていた侍女と結ばれるために、国を出奔したらしい。
最近の城の騒がしさは、彼からの王位の簒奪を恐れた第一皇子が色々と画策したために起こっていたと小耳に挟んだ。
幼馴染を傷つけたものは第一皇子の一派ということは心に留めておこう。いくら幼馴染が阿呆者でも傷つけていいということにはならない。
彼女は彼女なりに必死なのだから、仕返すことはしない彼女の代わりに微力ながら天誅を与えてやるのが、腐れ縁である幼馴染みであってもいいだろう。
そんなことがあってから、数日後、幼馴染は生死の境をさまよっていた。
しかし、彼女は異常な生命力を持ち、いくら死にかけようとも本当に死ぬことはなかった。
彼女はこれまでにも何回も死にかけた。始めのうちは、心配もしたが、何度も死にかけたという報告を聞くうちに、彼女は死なないということを確信してしまった。それほどまでに彼女は強い体を持っているのだろう。数えるのも片手の指の回数を越えた頃からやめた。
それらの幾度もの経験から二、三日すれば、目覚めることは分かっていたから、時間をつくって彼女のそばに控えておく。
数日すると、案の定、彼女は目覚めた。
茫然自失といったていで、話しかけても返事はなかった。
しばらくすると、彼女の瞳からとめどなく涙が溢れてきて、嗚咽を上げだした。弱々しく震える彼女は哀れだった。
彼女が泣く理由は分からない。ただ痛みによる生理的な涙なのか、尽くした皇子に捨てられたことを悲しむ涙なのか、そのどちらもの涙なのか。
(その姿があまりに哀れなので、いつまでも彼女のそばにいようと思った。)