前編
「君との婚約は破棄とさせてもらうよ」
婚約者である五つ年上の彼ディーマッツがそんなことを告げてきたのは、なんてことのない平凡な日であった。
「で、君の妹さんと――つまり、リリさんと、婚約し直すんだ」
「え……」
私の名前はアリーナ。
リリというのは私の妹の名前だ。
彼女は長い金髪とくりくりした目を持っていて可憐な雰囲気をまとっているけれど、実は性格にかなり大きな問題がある。というのも、非常にわがままなのである。
両親が可愛いからと甘やかして育てたせいで彼女は見た目だけの少々残念な女の子に育ってしまった。
「リリ、って……またどうして急に」
「実はリリさんとは前から関わっていたんだ」
「関わって?」
「ああ。半年ほど前から悩み相談を受けていて。お姉さんのことについて」
「私のことについて……?」
困惑する私を見て彼は愉快そうに笑った。
「君、妹さんに嫌がらせをしていたそうじゃないか」
「何かの間違いです」
「自覚がないのかな? だとしたらなおさら悪質なやつだね。……今さら言い逃れしようと思っても無駄だよ、こちらはすべて知っているから」
さすがに意味不明すぎたので「嫌がらせとはどういったものなのですか? あまりにも心当たりがありません」と言ってみたところ、彼は呆れたように乾いた笑い声をこぼした後に「リリさんが大事にしていたドレスを破った、とか、ね」と発する。そして「リリさんが小さい頃から可愛がっていたぬいぐるみを勝手に捨てた、とか」と続け、さらには「彼女の大好きな紅茶の茶葉をすべて燃やした、とかも聞いているよ」と述べる。
……そのすべてが実際にはなかった出来事だった。
リリは嘘をついているのだ。実際には起こっていないことを平気で彼に言っている。恐らくだが、彼の傍にいたいがために嘘をたくさん並べ私を悪女に仕立て上げていた、ということなのだろう。
「それらの話はすべて嘘です」
「は?」
「実際に起こった出来事ではありません」
はっきり言っておいたけれど。
「君! リリさんを疑っているのか!? リリさんを嘘つきに仕立て上げようとしたって無駄だ! そんな嘘には騙されない!」
信じてはもらえなくて。
「そんなことまで言い出すとは最低な女性だね。悪女の中の悪女だ。……ああ良かった、騙されたまま結婚してしまわなくて」
冷たい視線を向けられる。
「ではな。さらばだ悪女。……あとは天罰が下るのを待てばいい」
こうしてディーマッツとの関係は終わってしまったのだった。
◆
私は実家に居づらくなり、近所の同性の友人の家に住ませてもらうことになった。
一方で妹リリはディーマッツとすぐに婚約。
華やかな道へと歩み出す――かと思われたが、現実はそんなに甘いものではなかった。
天罰が下ったのは私ではなく彼らの方だったのだ。
婚約してから二週間ほどが経った頃、リリにディーマッツ以外の男がいたことが判明。それによって二人は大喧嘩に。
リリははじめこそ「あくまで本気なのはディーマッツ」と言っていたようだが、攻撃的なディーマッツに不快感を覚えるようになると「貴方は多数いるうちの一人、嫌なら終わりにしましょう」と言い出し、それによって二人の喧嘩はさらにヒートアップ。
しまいにリリはディーマッツのもとから逃げ出したが、ディーマッツはそれを許さず、リリを追い掛け回して。やがてリリの居場所を突き止めると、彼女を何度も殴ったうえ「逃げられると思うな」と威圧的な大声を出した。その時のディーマッツは明らかに冷静でなく、リリを捕まえる、ただ一つそのことしか考えられないような状態となっていた。




