夢うつつつつ :約1000文字
夜。とある家のリビング。一人の子供がカーペットにぺたりと座り込んで、うつらうつらと舟を漕いでいた。
暖炉の中では薪が燃えている。時折、ばちりと乾いた音を立てて爆ぜ、小さな火の粉が跳ねた。そのたびに子供の体は反応し、ぴくっと背筋が伸びた。だが次の瞬間には、またゆらりゆらりと頭がゆっくり揺れ始めた。
夫婦は食卓に並んで腰かけ、その様子を目を細めて眺めていた。
「ふふっ、そろそろかな」
「そうね」
二人の囁き声は柔らかく、ぬるい。暖炉の熱と混ざり合い、部屋の空気をゆったりと満たしていた。その温もりが、子供の意識をさらに溶かしていく。
「さへ、ちあしつへさほぼう」
「やっろの」
子供の口がかすかに動き、ふっと小さな笑みがこぼれた。
――なに言ってるのかわからないや……。
音は聞こえているが、言葉として頭に入ってこない。思考はぼやけ、意識は夢の世界へ片足を踏み入れていた。
「みろろろあんにんうで、じちゅにほひしほうだ」
「ふふふ、ほうはまんひきなあわ」
「あ、こはこはふまみぐりははめだ」
「ああ、ほはく」
「ろうそうう、すあううらきろどおう」
「ええ、らもぢにふぁあ」
言葉は次第に崩れ、意味を失い、ただの音の塊に変わっていくようだった。
まぶたは重く閉じられ、首はぐらりと力を失う。頭は重力に引かれるように前へと傾き、ゆっくりと下がっていった。
「のいがじょのうじゃ」
「ええ、どいあその」
椅子が引かれる、かすかな音がした。
夫婦はゆっくりと立ち上がり、子供のもとへ歩み寄った。夫はしゃがみ込み、子供の体を両腕でそっと抱き上げる。子供の頭が夫の肩にこつりと当たった。妻はその小さな背中に手を添えた。
そのときだった。
「まだ……」
子供がかすれた声で呟いた。
「待って……誕生日……まで……起きてるの……」
夫婦は顔を見合わせ、くすりと笑った。
「もう食べる時間だよ」
「おとなしくなさい」
「……え?」
「もう眠る時間だよ」
「おやすみなさい」
「うん……」
聞き間違いかな――ぼんやりと思いながら、子供の意識はゆっくりと沈んでいった。
トン、トン、トン――。
体が揺れる。
抱えられたまま、ゆらりゆられて、階段を下りていく。
トン、トン、トン、トン、トン、トン、トン、トン、トン――。
やけに段数が多い。
こんなに長い階段があったかな……。そうぼんやりと思うも、目を開けられない。心のどこかで、きっと夢だからだと自分を納得させていた。
やがて、下りる感覚がふっと途切れた。
トン、トン、トン、トン、トン、トン、トン――。
また音がし始めた。かすかな振動が体を伝う。
そのとき不意に、台所に立つ母親の姿が頭に浮かんだ。
夕焼けの光が窓から差し込み、キッチンを橙色に染めている。母親は包丁を握り、まな板の上で何かを刻んでいる。
漂ってくる出汁の香り。低く唸るような音を立てて回る換気扇。ふと手を止め、ちらりとこちらを見て微笑む母の顔。すべてが懐かしい。
子供はゆっくりと微笑んだ。
直後、意識はぷつりと途絶えた。




