表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

夢うつつつつ        :約1000文字

作者: 雉白書屋
掲載日:2026/03/23

 夜。とある家のリビング。一人の子供がカーペットにぺたりと座り込んで、うつらうつらと舟を漕いでいた。

 暖炉の中では薪が燃えている。時折、ばちりと乾いた音を立てて爆ぜ、小さな火の粉が跳ねた。そのたびに子供の体は反応し、ぴくっと背筋が伸びた。だが次の瞬間には、またゆらりゆらりと頭がゆっくり揺れ始めた。

 夫婦は食卓に並んで腰かけ、その様子を目を細めて眺めていた。


「ふふっ、そろそろかな」

「そうね」


 二人の囁き声は柔らかく、ぬるい。暖炉の熱と混ざり合い、部屋の空気をゆったりと満たしていた。その温もりが、子供の意識をさらに溶かしていく。


「さへ、ちあしつへさほぼう」

「やっろの」


 子供の口がかすかに動き、ふっと小さな笑みがこぼれた。


 ――なに言ってるのかわからないや……。


 音は聞こえているが、言葉として頭に入ってこない。思考はぼやけ、意識は夢の世界へ片足を踏み入れていた。


「みろろろあんにんうで、じちゅにほひしほうだ」

「ふふふ、ほうはまんひきなあわ」


「あ、こはこはふまみぐりははめだ」

「ああ、ほはく」


「ろうそうう、すあううらきろどおう」

「ええ、らもぢにふぁあ」


 言葉は次第に崩れ、意味を失い、ただの音の塊に変わっていくようだった。

 まぶたは重く閉じられ、首はぐらりと力を失う。頭は重力に引かれるように前へと傾き、ゆっくりと下がっていった。


「のいがじょのうじゃ」

「ええ、どいあその」


 椅子が引かれる、かすかな音がした。

 夫婦はゆっくりと立ち上がり、子供のもとへ歩み寄った。夫はしゃがみ込み、子供の体を両腕でそっと抱き上げる。子供の頭が夫の肩にこつりと当たった。妻はその小さな背中に手を添えた。

 そのときだった。


「まだ……」


 子供がかすれた声で呟いた。


「待って……誕生日……まで……起きてるの……」


 夫婦は顔を見合わせ、くすりと笑った。


「もう食べる時間だよ」

「おとなしくなさい」


「……え?」


「もう眠る時間だよ」

「おやすみなさい」


「うん……」


 聞き間違いかな――ぼんやりと思いながら、子供の意識はゆっくりと沈んでいった。


 トン、トン、トン――。


 体が揺れる。

 抱えられたまま、ゆらりゆられて、階段を下りていく。


 トン、トン、トン、トン、トン、トン、トン、トン、トン――。


 やけに段数が多い。

 こんなに長い階段があったかな……。そうぼんやりと思うも、目を開けられない。心のどこかで、きっと夢だからだと自分を納得させていた。

 やがて、下りる感覚がふっと途切れた。


 トン、トン、トン、トン、トン、トン、トン――。


 また音がし始めた。かすかな振動が体を伝う。

 そのとき不意に、台所に立つ母親の姿が頭に浮かんだ。

 夕焼けの光が窓から差し込み、キッチンを橙色に染めている。母親は包丁を握り、まな板の上で何かを刻んでいる。

 漂ってくる出汁の香り。低く唸るような音を立てて回る換気扇。ふと手を止め、ちらりとこちらを見て微笑む母の顔。すべてが懐かしい。

 子供はゆっくりと微笑んだ。


 直後、意識はぷつりと途絶えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ