第四話
なんとか明細を集計し終えた冒険者ギルドの職員たちは、真っ青を通り越して、真っ白になった。
ギルドマスターの秘書が話していた通り、被害総額が軽く億を超えていたのである。これでは冒険者ギルドの経営が破綻してしまう。
あわてたギルドマスターが隠者に手紙を書き、何度か書簡での往復があった。
冒険者ギルドが何かとんでもないことをやらかしたらしいという噂は、街中に広がっていた。
「で、どうなったんですかー? 何もわからないんじゃ、冒険者の皆さんに説明するのも大変なんですからー」
説明を求める冒険者たちに囲まれかねないので、職員たちはギルドの一室で昼食をとるよう、ギルドマスターからお達しがあった。
それ以外には、進捗が知らされていない。
「お昼ご飯、たまには外の食堂で食べたいんですけどー。私のところまでは情報が下りてこないし、出るなってことは、きっと『説明できない』ってことですよねー」
冒険者たちの苦情を受けるのに疲れ切った受付嬢に、ギルドマスターの秘書はそっと目を伏せ、首を横に振った。
「私有地だなんて知らなかった、って言ったのよ。ギルドマスターが」
「まあ、そうですよねー」
「そしたら、『隠者の迷宮と呼ばれているのだから、私のものであることは、そちらも折り込み済みですよね?』だって」
「……うっ、確かにー」
受付嬢は休憩所のテーブルの上に突っ伏して、伸びをした。
「ギルドマスター、だいぶゴネたみたい。私から見ても無理筋なんじゃない? ってことも言って」
「……それ、火に油なんじゃないですかー?」
「ほんとそうよ。最後には、子供のケンカみたいになってたもの。『隠者の迷宮』の探索で、ケガをした人たちだっているんですよ! なーんて」
「うっわぁ。隠者さんからのお返事は?」
秘書は肩をすくめると、苦笑いして見せた。
「『大変胸が痛い話ですが、盗賊がケガをしたとして、その責任を私有地の所有者に問うことはできるでしょうか? できませんよね。勝手に入ったのはあなたたちです』だって」
「ド正論ー!」
「さらに『私はこの倉庫荒らしにより、精神的、財産的被害を受けています』──なんて言われたら、ギルドマスターは打つ手なしよね」
冒険者ギルドのマスターは、なんとかして被害をごまかそう、損害賠償を安く済ませようと画策したが、ことごとく失敗に終わった。
火に油を注ぎ、冒険者ギルドへの信頼を破壊し、話し合いにさえならないと呆れられる状態にまで至ってしまった。
「よく怒鳴り込んできませんね、隠者さん」
「あんまり外に出るのが好きじゃないんでしょう。隠者って言うくらいだし。何度かギルドマスターが直接対話を求めたらしいけど、断られたらしいわ」
「マジギレじゃないですかぁー」
「でも手紙の文面は比較的冷静よ、隠者さん」
「ひー! 一番怖いやつだー!」
テーブルに突っ伏したまま、受付嬢が頭を抱える。
「この前明細書送ったわよ。ものすごい量だったから、キリで穴あけて束ねるのが大変だった」
冒険者ギルドは調査が不十分であったことを認め、これまで『隠者の迷宮』に入った冒険者たちが出した被害の明細書を発行したらしい。
噂はたちまち街中に広がり、これまで英雄視され、名声を得てきた冒険者たちはバッシングを受けるようになってしまった。
ギルドが冒険者から苦情を受けるのは当然だろう。
「私も次の仕事探さないとなー」
「冒険者ギルドにいましたなんて言わない方がいいわよ。杜撰な仕事したんじゃないかって疑われて、次の仕事、見つからなくなるから」
「マジですかー!」
***
あれほどひっきりなしに冒険者が訪れていた『隠者の迷宮』も、今は静かだ。
隠者はゆっくりと階段を下りて、ごろごろと喉を鳴らして甘えてくる警備用使い魔の頭を撫でた。
「形見の品が返ってこないかもしれないのが、一番堪える」
隠者はため息を一つつくと、冒険者たちが荒らした石壁に手をかざした。
まるで植物が成長するように、欠けた石が増えて、石壁が修復された。
冒険者ギルドは財宝の流通経路を探って、なんとか取り戻そうとしている。そうでもしなければ、ギルドの経営が傾くのだろう。
「戻ってくるなら、うれしいけれどもね。期待はしない」
隠者はぽつりと呟いて、警備用使い魔におやつを食べさせると、冒険者たちに荒らされた思い出の品の数々に思いを馳せた。
薄暗い倉庫に、隠者の靴音がこつこつと響いた。
<おわり>




