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第三話

 冒険者ギルドはいつものように、活気に満ちていた。

 昨日『隠者の迷宮』に挑戦した戦士たちは、まだ疲労の色濃く残る身体を懸命に支えながら、ギルドの受付カウンターにどっかりと戦利品を置いた。


「換金お願いします」

「はいー。かしこまりましたー。確認のため、パーティメンバーのお名前と、挑まれたダンジョン名をここに記入してくださいー」


 間延びする受付嬢の声も、いつも通りだ。商人が「私がやりましょう」と羽根ペンを手にした。

 パーティメンバー全員の名前をさらさらと帳簿に書いていく商人に、女魔法使いが「よくスペルまで覚えてるねぇ」と感心する。


「戦闘では、あまりお役に立てませんからな。こういうところが、私の仕事です」

「手続き面倒くさいもんな。助かるよ。ありがとう」


 冒険者ギルドの受付嬢は記入された帳簿を見ると『隠者の迷宮 69』と背表紙に書かれた分厚いファイルを取り出した。

 ファイルの中には、これまで『隠者の迷宮』に参加した冒険者たちの報告書がある。

 毎日どんな冒険者がダンジョンに挑み、どんなモンスターと遭遇し、どんな戦いをし、どんな財宝を持ち帰ったかが詳細に記されている。地図測量士がいるパーティの報告では、さらにダンジョンの地図も含まれるから膨大な量だ。

 受付嬢はお決まりの仕事をこなすように、手際よく戦士たちの書類を見つけると、羽根ペンを構えた。


「挑まれたクエストは、『隠者の迷宮の強敵討伐』ですねー」

「クエスト未達です。いやー、強かった! 道中で倒したモンスターの魔石はこちらです」


 テーブルの上に置いた袋の口をゆるめると、宝石のついた装飾品と金貨、いくつかの魔石がごろっと転がり出た。


***


「査定をお待ちの冒険者の方ー」

「ちょ、ちょっとその査定、待って!」


 階段からあわてて飛び出してきたギルドマスターの秘書が、受付嬢の呼びかけを止めた。

 あまりの悲痛な声に、冒険者ギルドの中が、水を打ったように静まり返る。


「『隠者の迷宮』関連のクエスト、全部ストップしてください!」


 冒険者たちが、めいめいに困惑の声をあげる。なかには「どういうことだよ!」と荒っぽい声もある。


「『隠者の迷宮』の所有者から、手紙が届いたんです!」

「え……所有者?」

「はい! 『隠者の迷宮』は私有地である……と」


 ギルド内にいる冒険者たちは概ね、きょとんとしている。しかし一部の商人や学者たちは、何かを悟ったのか、一瞬で青ざめた。


「どういうことですか?」


 いつもは間延びした口調の受付嬢が声をひそめる。ギルドマスターの秘書は、そっと手紙を見せた。


 ──冒険者ギルド御中


 このたび、貴ギルドにて『隠者の迷宮』内の探索・強敵討伐等のクエストを実施されていると耳にしました。

『隠者の迷宮』は、私の所有する敷地内にある倉庫であり、私有地にあたります。

 財宝は私的財産であり、私の大切な思い出の品です。これらを勝手に持ち出す行為は、法により禁じられています。

 あなた方の行為は強盗に相当し、警備用使い魔の損害も甚大です。

 即時『隠者の迷宮』のクエスト一切を停止し、被害状況の確認・情報共有のために、明細を発行していただけますでしょうか。

 誠に勝手ながら、明細の発行期限は一ヶ月後とさせていただきます。

 お忙しいところ恐れ入りますが、ご対応のほど、よろしくお願い申し上げます。


 隠者──。


 隠者からの手紙を読んだ受付嬢は、こめかみに手を当てて唸った。クエスト依頼を出していたのは冒険者ギルドだが、矢面に立たされるのは受付だ。

 冒険者たちがざわついている。

 彼らに適切な説明をし、不満を受け止めなくてはならない。


***


 冒険者ギルドの扉に「休業中」の札がかかっている。前代未聞である。

 やってきた冒険者たちはギルドの前で困惑し、往来に立ち尽くした。なかの様子をそっと伺うと、ギルドの職員たちがあわただしく駆け回っているのがちらりと見えた。

 受付嬢がテーブルの上に『隠者の迷宮』のファイルを次々と乗せていく。

『隠者の迷宮』が発見されてから約六年、日々冒険者たちが挑み、その記録は69冊にのぼる。

 1冊にも、さまざまな冒険者たちの記録が詰まっている。

 モンスターの種類、討伐数、持ち帰った財宝の種類──ギルドの職員たちはそれらを別紙に書き写しているが、膨大な量だ。


「これー……賠償するとなったら、えげつない金額になりませんー?」

「軽く億超え」

「……ですよねぇー」


 約六年間の被害明細ともなると、当然一枚で済むものではない。何枚にも及ぶので、ギルドマスターから小計欄を作るようにお達しがあった。

 テーブルの上に、次々と明細が積み上げられていく。

 すでに眩暈がするような量だが、まだ明細の作成は終わっていない。そうして、明細の作成が終わっても、合計を出す作業が待ち構えている。

 受付嬢はやけになったのか、手元のそろばんをジャカジャカと振ってぼやいた。


「『隠者の迷宮』が私有地で、モンスターが警備用使い魔で、財宝が私財って……じゃあ冒険者はまるっきり盗賊になっちゃうじゃないですかー! 『隠者の迷宮』を舞台にした冒険記も出てますよね? あれも盗賊団の手記になっちゃうー! ギルドの記録にはないけど、多分建物の損壊なんかも含まれますよねー? 魔法ぶっぱなして壊れた壁とか柱とか……」

「でしょうねぇ……。建物の被害は隠者さんに調査してもらわないと。それより私が怖いのはここよ。『財宝は私的財産であり、私の大切な思い出の品です』──ここ。大切な思い出の品を、冒険者たちに盗まれて、勝手に売っぱらわれた訳でしょ? ……お金で解決するのこれ?」

「うーわー、ギルド潰れちゃうんじゃないですかー?」


 受付嬢とギルドマスターの秘書は二人そろって、深く深くため息をついた。


「これ終わったら、転職しようかなー」

「あなたにとっては、きっとそれがいいわ。冒険者に説明して矢面に立たされるの、受付のあなただもの」

「ですよー。割に合いませんー。こんな巨額の損害賠償が発生したらギルドの経営は火の車でしょうし、ボーナスなんて出るわけないですもんー」


 何度目かの深いため息をついて、受付嬢はそろばんを振り上げた。


「誰ですか、『隠者の迷宮』をダンジョン認定したのー! もうまるっきり調査ミスじゃないですかー!」

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