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第二話

 石積みの壁に囲まれて、戦士は「クソッ」と毒づいた。せまい場所では剣を振るいにくい。

 魔法使いはぜえぜえと肩で息をしている。魔力が尽きかけていた。


「どいて」


 戦士がその声に半歩下がると、弓兵の放った矢がモンスターに命中した。しかし倒れるまでには至らない。

 モンスターの属性が、冒険者たちの攻撃と同じ属性になっている。この『隠者の迷宮』の性質だ。


「戦いにくいんだよ……なっ!」


 戦士は剣を水平に構えると、モンスターに突き入れた。赤い血が石壁に飛び散って、ようやくモンスターが倒れた。


「ケガは?」

「さっき太ももに食らった。回復薬ある?」


 戦士は返り血をぬぐいながら、忘れていた痛みに顔をしかめた。皮膚が裂けて、どろりとした血の中に脂がにじんでいる。

 回復薬を飲むと、あっという間に傷がふさがった。


「回復薬、もうあまりないですね……。帰り道でもモンスターに遭遇する可能性を考えると、そろそろ引き上げた方がいいかと」


 ごそごそとリュックを探って落胆する商人に、戦士は振り返って声を荒げた。


「ウソだろ!? ここで帰ったらクエストクリアできないじゃねぇか! 二階層の強敵まで、あと少しだぜ?」

「……次のモンスターと戦ったら戻ろう」


 戦闘の直後で高揚している戦士をよそに、弓兵がモンスターから矢を抜きながら応えた。矢尻が抜けた。

 ナイフで手早くモンスターの皮膚を切って矢尻を取り出しながら、弓兵は腰にぶら下げていたワイヤーを巻きつけた。

 矢を修理する。そうしなくては、矢がすぐに尽きてしまう。

 モンスターの身体がふっと消えて、あとに魔石が残った。モンスターの身体ごと矢尻が消えてしまっては、矢の修理もできない。

 魔石を見て、商人が眼鏡を掛け直しながらいそいそとやってくる。魔石を手に取って鑑定している。


「現段階でも、収支的には問題なさそうですが……」

「ここまできたんだ。クエストクリア、目指そうぜ」


 こつこつと足音が反響している。石壁の切れ目を曲がると、急に開けた場所に出た。広間だ。神殿のような柱が何本も建っていた。


「強敵のお出ましかぁ!?」


 猛る戦士の声に、ばさばさと翼の音が聞こえてくる。大きな影が飛来して、着地する。ワイバーンだ。


「行くぞ!」


 剣を構えた戦士が先陣を切って飛び込む。前足の爪を盾でいなして一撃を喰らわせ、飛び退く。

 後ろで魔法使いが詠唱をはじめている。それを守るように弓兵が前に立ちふさがり、矢を放つ。

 ワイバーンが大きく翼を動かす。真っ向から風圧を喰らった矢は、推進力を失ってワイバーンの足元に転がった。


「相性が悪い!」


 弓兵が唇を噛む横で、商人があわあわと石を拾って投げる。魔法使いの頭上には球体状の水が現れていた。


「いっけー!」


 魔法使いが腕を前に伸ばすと、水は急に姿を変えて槍状に飛び出していく。加速した水がワイバーンの翼に穴を開けた。

 長い首をくねらせて咆哮するワイバーンに、戦士が飛びかかる。

 戦士の一撃は、ワイバーンに深手を負わせるはずだった。

 ワイバーンが口を開ける。戦士を水流が襲った。盾で防ぎながら後退するが、防ぎきれない。足元にまとわりつく水が、戦士の動きを鈍らせている。


「くっそ……!」

「同じ属性に反転したんだ……もう魔力残ってないよ……」

「なるほど、これは強敵だ。……撤退しよう」


 弓兵の冷静な声に、戦士は悔しそうに顔を歪めた。


「しんがりは俺がやる! 商人と魔法使いは先に撤退しろ!」


 怒りに燃えるワイバーンの鳴き声に背中を押されるように、商人と魔法使いは広間から逃げ出す。


「翼の片方に穴が空いたんだ。今なら弓矢も届くか?」


 弓兵が即座に矢を放つ。今度こそ届くかと思われた矢は、ワイバーンの目の前にできた水の壁に阻まれた。


「くそ」

「俺たちも撤退だ! 行くぞ!」


 戦士に肩を叩かれて、弓兵はワイバーンに背を向けて走り出した。


***


 来た道を戻る冒険者たちは、足取りも重く、言葉少なだった。


「それでも、採算はとれてますから」


 戦闘にあまり向かない商人が場を盛り上げようと明るい声を出すが、戦士は黙り込んでいる。

 弓兵は言葉を続けようとした商人の肩に手を置いて、そっと首を横に振った。


「あたしたち、どこかで『隠者の迷宮』に慣れを感じてたのかもしれないね」

「慣れは危険だ。次来るときは、魔力回復薬も多めに持ってこよう」


 弓兵と魔法使いの会話を聞きながら、とぼとぼと前を歩いていた戦士が顔を上げる。


「出口だ!」


 石壁に囲まれたダンジョンから出たところで、冒険者たちはようやく安堵から笑みを浮かべた。


「『隠者の迷宮』のお宝、換金するかー!」

「儲かっちゃうね!」


 疲労をにじませながらも笑い声をあげた魔法使いに、パーティメンバーたちは顔を見合わせた。

 彼らの横顔は、夕陽の色に染まっていた。

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