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【短編】悪役令嬢と言われたからには、期待通り破滅させてあげましょう

「アイラ・ヴァリス! おまえとの婚約を破棄する!」

 学園の教室で突然婚約破棄と言い出したヒルト王国の王太子エリアスに、アイラは盛大な溜息をついた。


「おまえがカタリーナに嫌がらせをしていたことは全部知っている!」

「階段から突き落とすなんてひどいわ」

 かすり傷ひとつない状態で、階段から落ちたと言い張る彼女も彼女だが、それを普通に信じるこの男もどうかしている。

 

「今すぐこの婚約破き同意書にサインしろ!」

 バーンと突き出された紙はエリアスの手書きだろうか?

 どうやら婚約破棄の「棄」が書けなかったようだ。

 『婚約破き同意書』と書かれた残念な書類にアイラは迷うことなくサインした。


「同意日の年月日を追加しても?」

「あ、あぁ」

「偽造したり破ることができないよう、保護魔法をかけても?」

「許可してやる」

 アイラはいとも簡単に保護魔法を付与する。

 これでこの公文書をなかったことにはできない。

 アイラは俯きながら、こっそり口の端を上げた。

 

「ねぇ、エリアス。アイラを国外に追放して~」

 品のない大きく開いた制服の胸元にたわわな胸がギュムッと寄ると、元婚約者の鼻の下が伸びる。

 

「アイラ! おまえは国外に追放だ!」

「アイラの家族も連帯責任で国外追放して~」

 仕返しされるかもしれないから怖いと上目遣いでエリアスを見上げるカタリーナを、エリアスは大丈夫だよと優しく抱きしめた。

 

「家族全員、さっさとこの国から出て行け!」

 たかが男爵令嬢のカタリーナに言われるがまま、この国の宰相である父まで国外追放にしてしまうなんて馬鹿なの?

 いや、破棄すら書けない馬鹿なのだけれど。

 

「王太子殿下のご命令に従います」

 アイラは魔法で婚約破き同意書を複製すると、原本をエリアスに手渡す。

 そして今、ここでの会話をすべて録音したイヤリングと、婚約破き同意書の複製を魔法で父のもとへ転送した。


「あはっ。やったわ! 悪役令嬢を追い出したわ!」

「これからは安全だよ、カタリーナ」

「大好きエリアス!」

 教室だというのにイチャイチャが止まらない王太子たちを見ながらクラスメイトは青ざめる。

 マズくないかとざわつくクラスメイトを横目に、アイラは鞄に荷物をしまった。


「お幸せに」

 制服のスカートを少しだけ持ち上げお手本のようなお辞儀をするアイラを、友人たちが泣きそうな顔で見つめている。

 だが、国外追放になった者と話をしてはいけない。

 彼女たちが巻き込まれないように、アイラは誰にも声をかけることなく教室を出た。


 カタリーナが言った「悪役令嬢」とは、最近流行っているロマンス小説に出てくる悪女のことだろう。

 話の大筋は、王子の婚約者だった悪役令嬢が、彼が想いを寄せる令嬢に悪質な嫌がらせを行うというもの。

 そもそも婚約者がいる分際で、他に想いを寄せる令嬢がいる王子がダメ男だと思ったが、最後に真実の愛を貫いたと大絶賛された小説だ。


 小説でも理解できないと思ったが、実際に自分が巻き込まれるとは。

 アイラは肩をすくめながら馬車に乗り込み、タウンハウスへと戻った。


    ◇


 王太子の婚約破き同意書の複製、会話が録音された魔道具のイヤリング、ヴァリス領の独立宣言書、ヴァリス公爵の宰相職 辞職届、ヴァリス公爵令嬢アイラの王宮魔術師 辞職届を並べたテーブルを、国王はバンッと叩いた。

 

「馬鹿だ、馬鹿だとは思っていたが、これほど馬鹿とは」

 国内で最も能力と財力と権力があるヴァリス家を敵に回した愚息エリアスを国王は睨みつける。

 だが、能天気なエリアスは堂々と自分の主張を始めた。


「俺は真実の愛に気が付いたんです!」

 カタリーナ・ユハナ男爵令嬢こそ、王太子妃にふさわしい美貌と知性の持ち主だとエリアスは熱く語る。

 同時に氷の人形のようにいつも冷静で表情も変えないつまらない女とは婚約破棄してやったと、まるで武勇伝かのようにエリアスは語り始めた。


「アイラに謝罪し、再び婚約者になってもらうまで帰って来るな!」

「は? 冗談だろ? 俺はカタリーナと結婚を」

「アイラと結婚できないなら、おまえは廃嫡だ!」

 廃嫡手続きの書類すら今は作る者がいない状況だと気づいた国王は、エリアスに今すぐ謝罪に行けと命じる。

 

 エリアスは納得いかないという顔をしながら、渋々頷いた。


「宰相! 今すぐアイラを呼べ! ……っと、宰相?」

「馬鹿か。おまえが国外追放にしただろう」

 いつもいる場所には見慣れた宰相どころか誰もいない。


「……アイラの家なんて知らないな」

 どこで会えるんだ? と首を傾げる愚息に、国王の怒りはピークに。


「ヴァリスにとっとと行け!」

 国王の声に肩がビクッと反応してしまったエリアスは、急いで部屋から逃げる。


「……別に行かなくてもいいよな」

 息子は自分だけだから本当に廃嫡になることなどないだろう。

 エリアスは愛するカタリーナとお茶をしようと、王宮を抜け出すことに決めた。


    ◇


 アイラはヒルト王国全体を守っていた魔法を解除し、ヴァリス王国になった元領地だけを守ることにした。


「お父様、ヴァリス王国だけに加護を付与しましたよ」

「ありがとう、アイラ」

 アイラがヒルト王国の王子妃に選ばれた理由。

 それは桁外れに膨大な魔力のせいだった。

 たったひとりで国全体を守ることができるアイラが他国に奪われないように、強引に王命で結ばれた婚姻だったが、馬鹿な王太子が自分から破棄するとは。


「王太子が馬鹿でよかった」

「加護がなくなると、ヒルト王国は地形上、土砂崩れが起きそうですね」

「魔術師団が何とかするだろう」

 自然には逆らえないと肩をすくめながら、父は家令を独立国の宰相に任命する。

 騎士団長や料理長はすぐに任命できたが、その他の大臣は一旦保留とし、自分たちでやろうということになった。

 

「独立計画を水面下で進めていたが、こうも簡単に実現するとは」

「お父様の準備のおかげで、婚約破棄と同時に独立できてよかったです」

 さすが私のお父様とアイラは笑う。

 

「アイラは何をしたい?」

「私は悪役令嬢らしいので……」

 アイラは口元に手を当てながら、うーんと悩んだ。


「まずはヒルト王国だけ、すべての商品を出荷停止しましょう」

 茶葉も絹もサファイアもすべてだとアイラは笑う。


「どうしても欲しければ手数料を上乗せして他国経由で買えばいいから問題ないな」

 すぐにやろうと父は王国内の商業ギルドに通達文を送った。


「あとは私が開発した魔道具の使用料を無料から10%に変更し、この国の収入にします」

 これだけでひと財産築けるくらいの収入にはなるはずだ。

 これは王国を維持するための人件費や設備費に充てたい。


「次は?」

「絹のドレスを作るとか?」

 高価な絹でドレスを作れるのは王妃くらいだ。

 でも小さな国だが王女になったのだから、作ってもいいだろう。

 

「耳の早い帝国が建国祭の招待状を送って来たからちょうどいい」

 父は真っ黒の封筒をアイラに見せる。


「来月末だ」

「魔法で縫製すれば十分間に合うわ」

 悪役令嬢っぽく真っ赤なドレスにするか、いっそ真っ黒なドレスにするか。

 色も魔法であとからつければいいので、アイラはまずはデザインから考えることにした。


「お父様、絹の生産所を見に行ってもいい?」

「あぁ。一応王女だからあまりお転婆はするなよ」

 言われた傍からアイラは走って部屋を出て行く。


 ずっと監視が付き、自由がなかった生活とはもうおさらばだ。

 もう感情を表に出してはいけませんなんて怒られることも、この服を着なさいと言われることも、走ってはいけないと言われることもない。


「婚約破棄万歳!」

 アイラは魔法で街娘に変装すると、足取り軽く街へと出かけた。

 

    ◇


 ここヴァリス王国となった元ヴァリス領は父の政策のおかげで災害に強く、さらにサファイアという鉱物資源のおかげで税金もない住みやすい場所だ。

 活気あふれるこの街がアイラは大好きだった。


「わ! おいしそう」

「ラストだよ。久しぶりに入荷したんだ」

 アイラが見つけたのは串に刺されたシカ肉。

 香ばしい匂いがたまらない。


「おじさん、これを――」

「それをくれ」

 ほぼ同時のタイミングでシカ肉を取られたアイラは、隣の黒い服の男性を見上げた。


「待って、それ私が買おうと」

「俺の方が早かった」

「そんなことないわ!」

 ね、おじさんと店主に声をかけると、オロオロと焦ったおじさんは「二人で決めてくれ!」と丸投げする。


 男性はアイラを上から下まで眺めると、シカ肉を指差した。


「この街の子だろう? これを譲ってくれ。食べたことがないんだ」

「私だってないわ」

 さっきおじさんはこのシカ肉を「久しぶり」だと言った。

 次はいつ食べられるかわからないから、ここは譲れない!


「この金で譲ってくれ」

「お金なんていらないわ。王女だもの」

 街娘の姿で王女だと口走ってしまったアイラは、ハッと口元を押さえた。


「この国の王女は、こんな串焼きひとつに執着するのか」

「食べたことがないのよ」

「では半分ずつでどうだ?」

 アイラの答えを聞く前に、男性はおじさんから串焼きを購入してしまう。


「最初の一口は王女サマに譲ってやる」

 芳ばしいスモーキーな香りの串焼きを目の前に出されたアイラは、あ~んの状態は恥ずかしかったが、シカ肉を食べたいという欲求にあっさりと負けた。


「おいしい!」

「適度な弾力と噛み応えは悪くない」

「想像よりもジューシーだわ」

 あっという間に串だけに。


 そういえば、この人。私が食べやすいように真ん中の肉も串の先端に移動させてくれていた。

 半分だけれど分けてくれたし。

 真っ黒な服で背も高くて威圧感があって不愛想だけれど、悪い人ではないのかも?


「見ず知らずの男に、王女だと不用意に身分を明かすのは不用心だ」

 男性は串をゴミ箱にポイッと放ると、気をつけろよと笑いながら去っていく。


 せっかく見直したのに!

 アイラはおじさんに「おいしかった」と伝えると、また街を散策することにした。


    ◇


 ヴァリス王国独立から二週間。

 たった二週間で、ヒルト王国は物流の混乱と財政の悪化が表面化していた。


「陛下、茶葉が手に入りません」

「サファイアも……」

「陛下! 大雨で土砂崩れが」

「アイラ様がいないので大臣たちが救援物資がわからないと……」

「絹織物が手に入らないと、裁縫師たちが抗議のデモを始めています!」

「陛下、貴族たちが……」

 国王は連日続く悪い報告に頭を抱えた。


 今まで王太子妃ということを理由に、アイラに本来王太子のエリアスが行うべきだった公務をすべてやらせていた。

 それだけではない。魔術師団が行うはずだった国の加護も、大臣たちが計画すべき政策も、他国との貿易交渉もすべてアイラに任せっきりだった。

 そのツケがこれだ。


「エリアスはまだアイラに謝罪に行っていないのか!」

「それが……エリアス殿下はカタリーナ嬢とピクニックに……」

 まだ新しい宰相が決まっていないため、内政補佐官が言葉を濁す。


「廃嫡だ! もういい! 廃嫡書類を作れ!」

「書類を作成できる者がおりません……」

 優秀な官僚たちも次々とヴァリス王国に移住し、ヒルト王国の行政機能は麻痺状態。

 アイラ様がいたときは、書類一枚で解決していた土砂崩れの問題が、大臣たちでは対応できない。

 我々ではどうにもできないと内政補佐官は唇を噛み締めながら国王に頭を下げた。


 国王は内政補佐官に紙とペンを用意させると、サラサラと手書きする。


「これをエリアスに持たせ、ヴァリス王国を攻めさせろ」

「宣戦布告書……!」

 これはマズいですと止める内政補佐官を無視し、国王は立ち上がる。


「ヴァリス王国を征服し、アイラを連れ戻せ!」

 国王の突然の宣戦布告に、その場にいた者たちはこの国は終わったと絶望した。


   ◇


「お父様、ヒルト王国が国境に騎士団を配置しているようですよ」

 アイラは優雅に紅茶を飲みながら、執務中の父に雑談のように話し始めた。


「第一騎士団長も第二騎士団長も魔術師団長も、ヒルト王国から我が国に移住済みだが?」

 誰が指揮をとるのだと父は肩をすくめる。


「エリアス王太子殿下が指揮官のようです」

 アイラは魔法で鳥の目を借り、国境を覗く。

 山脈に守られた天然の要塞であるヴァリス王国に侵入するためには限られた道しかない。

 エリアス率いるヒルト王国の騎士団が、山道で野宿の準備をする姿を、アイラは上空から眺めた。

 

 アイラの魔力はたったひとりで国全体に加護を付与できるほど強力だが、実はそれだけではない。

 火・水・風・土の四大魔法はもちろん、動物の目を借りたり、ドレスの縫製、色付けなど材料さえあれば具現化できる能力まである。

 これは限られた者にしか明かされていないが、アイラの秘密を知る第一騎士団長・第二騎士団長・魔術師団長は、真っ先にこの国に移住するほど驚異の能力だ。


「お帰りいただきましょうか」

 アイラは、紅茶の隣に置かれたピッチャーの水を眺めながら、悪役令嬢らしく優雅で残忍に笑った。

 


 山道だというのにふかふかのクッションを置いた座り心地の良い椅子に腰かけたエリアスは、大きなあくびをした。


「あぁ~。カタリーナに会いたい」

 突然父にこの紙を持ってヴァリス王国へ行けと命令されたから今日で3日目。

 やっと国境までたどり着いた。


「もう帰りたい」

「エリアス殿下、霧が濃くなってきましたのでテントの中に」

 3日前に騎士団長に任命したばかりの騎士に声をかけられたエリアスは、面倒だなぁと立ち上がった。


 あっという間に山脈全体が濃い霧に包まれ、視界が悪くなる。

 もうテントがどこかも見えないほど濃くなった霧にエリアスは動揺した。


「なんだ、この霧は!」

 突然霧の中に愛するカタリーナの姿が見える。


「カタリーナ!」

「エリアス様、助けて! アイラに捕まってしまったわ!」

「今すぐ助けに行くぞ!」

 エリアスは霧の中のカタリーナに精いっぱい手を伸ばす。

 だが、どんなに手を伸ばしてもカタリーナに触れることはできなかった。


「くそぉ。悪役令嬢め! 俺たちの真実の愛の力を――」

 見せてやると張り切って走り出したエリアスは、突然目の前に現れた岩に目を見開いた。

 だが、時すでに遅し。

 止まることもできないエリアスは思いっきり岩に頭突きをすると、その場にバタンと倒れた。


「山積み金貨!」

「うわ、うまそう」

「会いたかったよ、マイハニー」

「欲しかったロングソード!」

 アイラの膨大な魔力が作り出した幻惑魔法は、騎士たちの願望を表示し岩へと誘導する。


 たった5分の間に壊滅したエリアス率いるヒルト王国騎士団に、アイラはニヤッと笑った。


「完了です」

「早かったな」

「死者はいませんのでご安心を」

 アイラは再び優雅に紅茶を飲む。

 

「真実の愛ってそんなにすごいのかしら?」

 アイラは真っ先に幻惑魔法に引っかかったエリアスを思い出しながら、大好きな絞り出しクッキーに手を伸ばした。


   ◇


 ヴァリス王国で生産された最高級の絹を用い、魔法で縫製した白から真紅に変わるオフショルダードレスを身に纏ったアイラは、シンプルなダイヤモンドのネックレスとイヤリングを身に着け、エスター帝国の建国祭へと向かった。

 今日は我が国ができてから初めて出席する公式な夜会。

 父にエスコートされながらアイラは豪華な会場に足を踏み入れた。


「ヴァリス王国の王女が、これほど美しいとは」

「元ヒルト王国の王太子の愚行で婚約破棄され、独立したとか」

 周囲の囁きがアイラの耳にしっかり届く。

 

「思ったより噂の的ですね」

 国内の夜会にエリアスと出席することがあったが、他国の夜会はすべて国王陛下が出席されていたため、ヒルト王国と隣接していない王国の関係者と顔を会わせるのはこれが初めて。

 もちろん本日の主催である帝国の関係者もだ。

 

「本当に王女サマが串焼きを求めて王宮を抜け出すとはな」

 突然後ろから聞こえた声に驚いたが、アイラはゆっくりと優雅に振り返った。

 

 黒い軍服のような衣装を完璧に着こなした彼の胸元には、エスター帝国の五芒星の紋章。

 ということは。

 アイラはドレスのスカートをつまみ、最上級の淑女の礼をした。

 父もアイラと共に頭を下げる。


「ラインハルト・エスターだ。ようこそ、串焼き王女様」

 笑いながら自己紹介するラインハルトに、父は串焼き? と反応した。


「アイラ・ヴァリスと申します。先日は串焼きをごちそうさまでした」

 本当なら私が一本食べるはずだったけれどね。


「串焼きのために私と争った情熱的な街娘が、この夜会で最も美しいドレスの王女だとは」

 ラインハルトはアイラの指先にキスをすると、グイッと引き寄せる。

 耳元で「我が妃に」と囁かれたアイラは目を見開いた。


「理由をおうかがいしても?」

「冷徹な皇太子と悪役令嬢。最恐の組み合わせではないか?」

 確かに言葉だけなら最恐の組み合わせだけど。


「串焼きひとつに情熱を注ぐ王女に興味が湧いた。おまえとなら自由を謳歌できそうだと」

 私がお忍びで街にいたように、この人も帝国を抜け出しヴァリス王国に偵察にきていた。

 つまり、一緒に宮殿を抜け出す仲間が欲しいってことね。

 

「恩恵は?」

「通常は国を守ってやると言えば済むのだが……」

 アイラはひとりで国を守れるほどの魔力を持つ。

 そんな恩恵は何の価値もない。

 できたばかりの国だが、もともと豊かな土地。資源も食料も何も困っていない。


「元婚約者の国をヴァリス王国にしてやろう」

「その気になれば自分でできますよ?」

 すでにヒルト王国は崩壊の危機だ。

 わざわざ帝国が手を出す必要もない。


「確かに。だが、元婚約者よりも地位が高い男と結婚することで、おまえの完全勝利になるのではないか?」

「それは女として。という意味ですか?」

「あぁ。美しさは認めるが、今は『愚かな男に婚約破棄された悪役令嬢』だ」

 肩書を『帝国の皇太子の婚約者』に変える気はないかと提案されたアイラは、失礼ながらもラインハルトをジッと見てしまった。

 

 顔は整っていて悪くない。

 むしろ、エリアスなんかよりもずっと男らしくて好みだ。

 背も高い。筋肉もあり、剣が似合いそう。


「串焼きはつきますか?」

「求婚の証にシカを狩ってきてやる」

 変な証に笑ってしまったアイラは、ようやく父の方を振り返った。


「お父様。私、彼と結婚します」

 シカ肉が付くんですと訳が分からない決め手に父は溜息をつく。

 言い出したら聞かない娘の決定を受け入れた父は、ラインハルトに「よろしくお願いします」と頭を下げた。


「では早速行くか」

 腕を組み、会場を冷徹な皇太子と悪役令嬢が歩いて行く。

 圧倒的な美しさとラインハルト皇太子との親密なアイラは、一瞬で会場の視線を釘付けにした。

 

「イケメン……!」

 今日も大きく胸元が開いた品のないドレスのカタリーナは、ラインハルトの姿に目を見開く。

 

「待ってくれ、カタリーナ」

 エリアスを置き去りにし、ラインハルトに駆け寄ってしまったカタリーナをエリアスは慌てて追いかけた。

 

「あの! 私とダンスを」

 カタリーナは、自慢の胸を強調するように体を乗り出す。

 強引に腕を掴もうとしたカタリーナをラインハルトは払いのけた。


「……どこの国の者だ?」

 不敬だとラインハルトは眉間に皺を寄せる。


「ヒルト王国、王太子殿下の婚約者ですわ」

 アイラがラインハルトに報告すると、カタリーナはようやくアイラの存在に気づいたようだった。


「アイラ?」

「カタリーナ! ……え? アイラ?」

 追いついたエリアスもアイラに気づき、足が止まる。

 ヒルト王国では、氷の人形とまで言われたアイラの薔薇のように美しい姿に、エリアスは「嘘だろ」と呟いた。


「あちらがヒルト王国の王太子、エリアス殿下です」

「ほう。あれが私の婚約者を愚弄した馬鹿な男か」

 ラインハルトの『婚約者』という発言に、カタリーナが喰らいつく。


「私の方がアイラよりも美貌と知性が」

 カタリーナは自慢の胸を強調する。


「知性?」

 ラインハルトはカタリーナに呆れながら、アイラを抱き寄せた。


「私の婚約者アイラに近づくことは二度と許さぬ。そして崩壊寸前のヒルト王国の民を守るため、只今よりヒルト王国を帝国の管理下に置くことにする」

「……そ、そんな」

「え? どういうこと?」

 真っ青な顔で震えるエリアスとは裏腹に、まったく何もわかっていないカタリーナにアイラは解説する。


「もうエリアスは王太子じゃないってことよ」

 アイラの言葉に、カタリーナは目を見開いた。


「え? じゃあ、もう価値がないじゃない!」

「……カタリーナ? 真実の愛は……?」

「はぁ? 馬鹿じゃないの?」

 さようならとカタリーナは逃げて行く。


 その場に取り残されたエリアスは「そんな……」とへたり込んだ。


「こんなところにいたのか、エリアス。ちゃんとアイラに……これはこれは皇太子殿下。本日はお招きいただき……」

 ラインハルトは挨拶途中のヒルト国王の言葉を手で遮る。

 ラインハルトの腕にぴったりとくっついたアイラを見たヒルト国王は顔面蒼白になった。


「前ヒルト国王か?」

「はい、そうです」

 ラインハルトに聞かれたアイラはにっこりと微笑む。


「あ、アイラ。その、すまなかった。またエリアスの婚約者として……」

 ヒルト国王はへたり込んだエリアスの肩をボンボン叩きながら、こいつをよろしくと言い出す。


「前ヒルト国王様。私、串焼きが食べたいので、ラインハルト皇太子殿下と結婚することにしました」

 ごめんあそばせと真っ赤な口元を引き上げたアイラに、ヒルト国王は言葉を失った。


「え? それでは我が国は……」

「大丈夫です。たった今、帝国の管理下になりましたから」

 心配ありませんよとアイラは微笑む。


「……そんな」

「元ヒルト国の管理は、ヴァリス国王に一任する」

 ラインハルトに指名された父は、「拝命します」と頭を下げた。


 もう歩く気力もない前ヒルト国王とエリアスは、衛兵に支えられながら会場から連れ出される。

 逃げたカタリーナも会場内で見つかり、すぐに追い出された。


「さて、邪魔者は片付いた。一曲お相手願えますか?」

 リードしてくれるラインハルトとのダンスは踊りやすく、こんなに楽しいダンスは初めてだった。


 ダンスの途中で上機嫌になったアイラは、足で魔法を展開する。

 ピンクの花びらが舞うダンスフロアをラインハルトは笑った。


「悪役令嬢じゃないのか」

「自分で名乗ったわけではありませんよ?」

 勝手にイメージをつけられただけだとアイラは肩をすくめる。


「では今後は串焼き令嬢で」

「もう少しマシな名前でお願いします」

 帝国の皇太子にも臆することなく言い返すアイラをラインハルトは「気に入った」と笑う。


 なぜか変な人に好かれてしまったが、おいしい串焼きがまた食べられるならいいかと、アイラは二曲目のダンスを軽やかに踊りながら微笑んだ。


    END

多くの作品の中から見つけてくださってありがとうございます!

いつも応援いただいてる皆様、本当にありがとうございます。

ご都合主義なお話ですが、スカッとしていただけるとうれしいです♪

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― 新着の感想 ―
うん百年後の歴史書にはよくわからん解釈されてそうw
国を一人か二人で全て運営していたのかと思えるほどに無能しかいないのって不自然すぎるから、そういう呪いをかけられてるんでしょうね。 元から滅ぶべき国だったんでしょう。 結界にしたってたかが数年だったでし…
鹿肉美味しいからねぇ(ㆁωㆁ*)肉に釣られて将来王妃と言う大変な仕事が待ってるって凄く高い鹿肉だなぁ(;・∀・)
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